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私達の冒険譚  作者: 喜求
2/20

2話:目覚め

 

挿絵(By みてみん)


 長い、とても長い間寝ていた気がする。


 そうと思えるほどに思考は鈍重で、それでも最後の記憶は鮮明だった。


「そうだ、確かそのまま...っ沙織!明!」


 勢いよく起き上がり二人は無事かと周囲を見渡そうとして、手元に違和感を感じた。

 柔らかく幼き日を思い起こさせるその感触は、土だった。


「土...? というよりここは....どこ?」


 そこで初めて視界に意識を向ける。

 まだ鈍い、けどだいぶ鮮明になった世界は緑色の大地を映し出す。


 次に鼻。吹き抜ける風によて運ばれてくる土の匂いはここが海からほど遠い場所であることを知らせてくれる。

 上半身だけ起こした姿勢のまま軽く首を回せば、ここは草原の中にぽつんと立つ木の影にいるようだった。


「なんで、いやそれよりも二人は...」


 驚きがまだ引かぬものの、二人の親友を探すために立ち上がれば意外とすぐに見つかった。

 同じ木の陰に赤毛を短く切りそろえた、自分より身長の高い青年。

 そこからさらに横に視線を動かせばもう一人。茶髪のポニーテールのあどけない顔をした女の子。


 高校指定の黄緑ジャージパーカーに身を包むその姿は間違いなく親友達だ。二人ともまだ寝ているようだが五体満足で無事のようだ。

 その事実にほっと息を吐く。ここがどんな場所であれ二人がいるなら心強い。


「二人とも起きて」


 軽く体を揺さぶってやれば声にもならぬ呻きをあげ目を覚ます。


「美花...? ふぇ? ここどこ」


 眼をこすりながら沙織が先に起き上がり、続いて明もきょろきょろしながら上体を起こす。


「俺たち...フェリーに乗ってたよな?」


 状況を呑み込めなかった明が訪ねてくる。


「そのはずだけど...」


 何もわからない。


「なんか、すごい体がだるい」


 立ち上がった沙織が重そうに腕を動かしストレッチを始める。

 それを横目に改めて周囲を見渡してみる。

 遠くには山脈がありそこに向かい伸びる街道? らしき道が見える。


 少なくともその山脈に見覚えはなかった。もともと旅行で向かっていた島にあんな高い山があるとは聞いていない。


「あの後何があったかわからないけど、三人とも気を失って目が覚めたんなら普通病院か海岸だよな」


 なぜ自分たちは陸地にいるのか。


「だよね、けど服装はジャージのままだし怪我もない」


 自分の体を確認しても寝すぎたような怠さがあるだけで他に異常は見られない。

 着の身着のまま、バックに仕舞ってた携帯機器もない。


「荷物もなにもない...もしかして結構まずい状況だったりする?」


 だんだんと、薄ら寒い恐怖のような物が湧いてくる。

 今自分たちは何も持っていない。食料や水、道具の一つだってだ。


「お、落ち着こう。こういう時はとにかく深呼吸だ」


 それもそうだと深く息を吸い、吐く。


 すって、はいて。すって、はいて。


 二、三回もすればパニックになりかけていた心情もひとまず落ち着いてくる。


「よし、大体調子戻ったかな」


 すると、無言で体を動かしていた沙織が腰に手をあて満足げにこちらに向き直る。


「とにかく、ここでグダグダしても仕方ないし動こう?」


 動揺とかないんですか?

 けどそれが正しそうだ。


「そ、うだね。あそこに道っぽいのがあるからそこを歩こう。人の住んでるとこまで出られるかも」


 踏み慣らされただけのそれを指さし、歩き出す。

 幸いおなかが空いているわけでもなければのども乾いていない。しばらくは歩けるだろう。


 太陽は頂点から少し傾いている。


 たぶん昼過ぎ?


「お、いい感じの棒発見。グラディウスと名付けよう」


 明が程よくまっすぐで握りやすい太さの聖剣"いい感じの棒"をゲットした。


「ちょ、私もそれ欲しい」


「自分で見つけてこその聖剣だぞ」


「わかってる。どっかにないかな」


 ぜひとも欲しい。しかし他にしっくり来そうな物は見当たらない。

 そも木と呼べるものはさっきのものが一本だけで、遠くに見える森以外は荒れた草地だ。


「棒もいいけどちゃんと前見て、結構石とか危ないよ?」


 沙織が先頭を歩きながら警告する。

 わかってる、そこはちゃんと注意するけどそれより大事な物があるんだ。


 近くにはないと踏んで少し見る場所を遠くにする。もちろん足元に気をつけながら。



 そしてなんか、見えた。



「あれは...」


「お、聖剣見つけたか?」


 違う。


「いや、なんか耳のようなものが...」


 あの茶色い耳らしきものは、動物だろう。大きさでいえば腰ぐらいまでの大きさか?

 草でよく見えないが、一瞬鼻のようなものも見えた。


「あれ、もしかしてイノシシ?」


 それを知識に当てはめるなら、イノシシだった。

 気づいているのかそうでないのか、それはこちらに向かっており草地の切れ目からその全貌が露になる。

 自分の知るイノシシよりも大きな牙を持つそいつは下に向けていた鼻を上げこちらを見た。


 猟師の父がこういう時は刺激せずゆっくりと下がれと言っていたのを思い出す。


「ゆっくり距離を取ろう」

「イノシシ? にしては牙大きくない?」


 沙織は小さく疑問を口にする。

 横にいる明は聖剣グラディウスを下に向けたまま握り直している。

 変に立ち向かおうとしなくてよかった。普通のイノシシ相手でも死人がでるのだ、私達で勝てる保証などない。


 じりじりと下がる私達を見たイノシシは、シューという声を出した。


 たしか威嚇音だったか、もしかするとこいつは気性が荒いかも知れない。


「ねえ美花...まずいんじゃ」

「このまま下がっていけば何もしてこない.....はず」

「なにも頼りにならない情報だな...っうお!」


 明が、石につまずいた。

 バランスを崩し、その驚きで持っていた聖剣が手を離れ宙を舞う。


 きれいな弧を描き聖剣がイノシシと私達の間に落ちるのと、明が尻もちをつくのはほぼ同時だった。


 そして私がその事実を認識しヤバいと思うのとイノシシが走り出すのがほぼ同時。


 私が明を起こそうとしたときには、イノシシはもうそぐそこまで来ており。


「下がって!」


 沙織が間に入って。

 その牙が体に到達する瞬間。


「「障翳」」


 イノシシの体が逸れた。

 速度の乗ったそこそこの質量のある巨体が、曲がったわけではなく直線に動きながら横にそらされたのだ。


 わけもわからず沙織を見れば、彼女も同じようで眼をパチクリさせていた。


 イノシシはこちらに振り返り、その頭を少し横に向けたところで飛び跳ね慌てた様子で逃げ去っていった。


「危ないところじゃったな」


 状況が呑み込めず放心しているとやけにダンディな声がかけられる。


「あ、ありがとうございます」


 反射気味に声のしたほうへ感謝をするが、見当たらない。


「ここじゃ」


 再度した声に改めて視線を向けると、緑色の鳥がいた。

 大きさと、その尾羽の長さからクジャクのように見える。


「鳥?」


 未だ起き上がれずにいる明がそう零すと喋るクジャクが怒気を露にした。


「鳥ではあらぬ、大精霊じゃ」


「かわいい!」


 軽く翼を広げたクジャクもどき。そこに1も2もなく飛びつく沙織。

 さっきから理解できる状況が乏しいなと半ば達観の境地に達し始めている私を置いて沙織は一人テンションが高くなっている。


 もみくちゃにされるクジャクもどきを眺めながら明を起こし、顔を見合わせる。


「何か理解できることある?」

「な、何も」

「だよねー」


 今できることはといえば、楽しそうな沙織を二人で見ていることだけである。



「や、やめろお! はなせえい!」


 クジャクもどきが抵抗を試みるもかわいいスイッチが入った沙織を止められそうもない。


「ねえねえなんで喋れるの!? どっから声出してるのそれ!?」


 クジャクもどきは翼を器用に使って沙織の手から逃れようとするも、運動神経抜群で体裁きの器用さでは他の追随を許さなかった彼女の手からは逃げられない。


「ちょ、そこは...や、やめ.....」


 沙織はどうやら弱いところを見つけたようで、重点的に首を攻め始めていた。


「あぁ.....」


 しばらくして、私たちの目の前にはぐったりと力尽きた鳥が出来上がった。


「うん、満足!」


 沙織はご満悦。いい笑顔である。

 よく喋る鳥をああも上機嫌に撫でられるものだ。


「ご、ゴホン。なかなかやるではないか娘。やはり儂の見立ては間違っておらぬようじゃな」


 威厳ありそうな口調だが先のと比べるとその格に陰りが見える。

 ともあれ、すぐさま復活したクジャクもどきは身震いして羽を整えた。


「お主、契約をせぬか」



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