目覚め
今回から異世界です。
水面に顔を出すように、眠りから目を覚ます。
どれほど眠っていたのかはわからないが、どうやら草の上に仰向けで寝ていたようだ。
ゆっくり身を起こし辺りを確認する。
ぐるっと視界を動かすとすぐ側に森があり、それに対して並行に街道のようなものがあって、私はその間にいた。
時計がないのでわからないが太陽の登り具合から昼前だということがわかる。
「ここが…異世界」
ついに来てしまったのだ、夢にまで見た異世界暮らしが。
そんな感動に浸っていると森からガサガサと音がし出した。
「だ、誰?」
森へ振り向き声をかける。
だがそこから出てきたのは人ではなかった。
それは日本にいたものと姿は大差ない、猪のようなものだった。ただ違うのはそいつは人を簡単に刺し殺せそうなほどの大きな2本のキバを持ち、そして大体牛と同じまでの体長を誇っていた。
「う、うそでしょ…」
こちらは武器など持っていない、それに対して向こうはこちらが動けば今すぐにでも襲いかかってきそうに足踏みをしている。
…ものすごく絶望的です。
今は猪と10メートルあるかないかの距離で互いに見つめあっていて、端から見ればシュールな光景かもしれない。
だが当事者からすれば修羅場である。
「な、なにか武器になりそうなものは…」
猪に注意しながら周囲を見るが、あるのは小さな枝や小石程度の物しかない。これを投げたってたかが知れている。
だが私はここであることを思い出した。
あのお姉さんにここに送り出してもらう前にかけてもらった魔法により、私は魔法が使えるという。
そう、魔法である。
私は意を決して猪に手を向け、よくゲームなどのファンタジーに出てくる魔法を唱えた。
「ファイヤー!」
…しかしなにもおこらなかった!
私は解決策がないこの状況と、なんの意味もない言葉を大声で叫んでしまったことに軽く死にそうな気分だった。
そして、大声をあげられた猪がそれを合図といわんばかりにこちらに向けて駆け出した。
「だ、だれか…」
足がすくんでしまって動かない、完全に体が強ばってその場にへたれ込んでしまった。
もうおしまいかと思った矢先。
突然猪の横腹に大きななにかがドスっと当たり、猪が横に投げ出された。
「え?」
未だ状況がよくわかってないが、その何かが飛んで来た方に顔を向けると。
「大丈夫か?」
ちょっと距離を置いたところで私よりも少し身長が高い青年が声をかけてきた。
その肩は走ってきたからか少し上下している。
「立てるか?」
そういって青年は私に手を差しのべてくる。
私はその手を取り未だふらつく足をなんとか立たせ。
「だ、大丈夫です。その…ありがとうございました」
「どういたしまして。見ない顔と服装だなあ、どこからきたんだい?」
そう言いながら青年は猪に深々と刺さっていた両手剣を抜き、猪にとどめを刺す。
「ええっと…」
異世界からきましたなんて言えないし…どうしよう。
「とりあえず自己紹介しようか、俺はアキラっていうんだ」
「アキラね。私の名前は美花、なんでここに居たのかと言うと…」
簡単に事情を説明した。
「へえ~、目が覚めたら知らない国ね。それってもしかしてタヂュ・サンの事かな」
「タヂュ・サン?」
おうむ返しに聞き返す。
「僕も詳しくは知らないけど古代語で異世界の住民って意味らしい」
予想外なことに異世界についての認識があるらしい。
それなら話が早く済みそうだ。
「意外ね、異世界についての認識があるなんて。なら話すけど、私は多分あなたたちの言う異世界から来た人間よ」
「あの童話の話は本当のことだったんだな。とりあえず僕達の村に来なよ、ちょうど昼飯も手に入ったしなにかご馳走するよ。そこでゆっくり話をしよう」
アキラが剣で指す先にはいつの間にやったのか血抜きをされ、頭の落とされた猪のモンスターがいた。
「昼飯って…これを食べるの?」
猪は食べたことあるけれどモンスターを食べるというのはなんだか抵抗がある。
「そうだよ、独特の臭いがあるけどなかなか美味しいよ。それにこのキバもいい値になるしね」
そう言いながら頭を持ち上げ見せてくる。
血まみれの猪の顔を見せられても気持ち悪いの一言しか出ないんですけど。
「そ、そう…でもこれどうやって運ぶの?かなりの重さがありそうだけど」
「大丈夫だよ、こう見えて昔から筋力には自信があるのさ」
アキラがよっこいしょと猪の肉を担ぎ上げる。
素人目で見ても地球の一般人が持てる量じゃないのがよく分かる。
そういえば猪に両手剣を投げてたっけ。
「んじゃ、行こうか」
肉を背負うアキラに誘われるまま歩いて数十分。遠くにぽつぽつと家が見えてきた。
まだ屋根しか見えないが、お昼時だからかレンガ作りのの煙突から煮炊きの煙が上がっている。
「さ、もうすぐつくよ、俺の故郷タルガンの村だ」
タルガンの村。
家がまばらに建ち、人口が百人程度の農業盛んな小さい村だという。
村のあちこちからシチューのような煮炊きの臭いが漂い。その中をアキラは肉を抱えながらすれ違い様に村人と挨拶を交わしていた。
村の人たちはアキラに対して親しい返事を返すが、よそ者の私には不信感をにじませた目を向けてきた。
ブドウらしき果樹の目立つ村を歩き、アキラが一軒の家で立ち止まる。
ここがアキラの家だろうか。
「ここが僕の家さ、どうぞ、なかにはいって」
アキラは肉を玄関隣に置き、ドアを開けて私に入るよう促す。
正直異性の家に上がるのは初めてなので少し緊張するが、言われるままに家に入る。
「お、お邪魔します」
恐る恐るに近い状態で家に入るとそこには石造りの床や壁、梁がむき出しの天井があり、リビングのような空間が広がっていた。
大きめの机が真ん中に置かれ、正面の壁には大きめの釜戸があり左には上へと続く階段やトイレと、保存食などの吊るされた棚などがある。右には窓と調理場の雰囲気は満点の内装をしていた。
「兄ちゃんお帰り!」
突然そんな声が上の方からして、バタバタと階段を降りる音が家に響く。
やがて出てきたのは年は7~8歳だろうか、金髪の女の子が走ってきて私をみたとたんビクッと足を止めた。
「ああ、ただいまサラ、お客さんがいるからご挨拶しなさい」
アキラの言葉にサラと呼ばれた少女はあまり見かけない私の事を少し警戒してるのか緊張してるのか。
「は、はじめまして、サラと申します」
知らない人の前で緊張しているのだろう、動きが多少ぎこちない。
「はじめましてサラちゃん、私は美花、よろしくね」
私は出来る限り安心させようと、なるべく優しく返事を返す。
「よし、良くできました。じゃあサラ、ミカさんに飲み物を持ってきてあげて」
はーい、といってサラは調理場の方に行きカチャカチャと飲み物の準備を始める。
「ミカはそこに座ってて、僕は肉の処理をしてくるから」
そういってアキラは中央机の椅子を指差してから外に出てしまった。
私は言われた通りに椅子に座る。
それと同時にサラちゃんが水を持ってきてくれた。
「ありがとう、サラちゃん」
言いながら頭を撫でる。
サラちゃんは「えへへー」っとされるままになっている。とても可愛い。
一通り撫で終わり、持ってきてくれた水を飲む。
井戸水だからか日本のカルキ入りの水と違って美味しく感じる。
するとサラちゃんが私の反対側の席に座り、じーっとこちらの動きを見ている。
この村は田舎だというし外の人が珍しいのかもしれない。
「ねえサラちゃん」
「なあに?」
「絵本ってある?タヂュ・サンについて書いてある本」
たしか童話だと言っていたしアキラが帰ってくるまで暇なのであるのなら読んでみたい。
「あるよ!お姉ちゃんもあのえほん読みたいの?」
「うん、持ってきてもらっていい?」
いいよ!と二階に駆け出すサラちゃん。
せわしない子だ、これが子供らしいということだろう。最近じゃこういう子供が少ない気がする。
やがてドタドタと階段を降りる音がして。
「持ってきたよ!私のえほん!」
サラちゃんは表紙が木でできた絵本を抱えやってきた。
表紙を見ると、1人の青年らしき人物が背を向けている。
「私が読み聞かせてあげる!」
私がその本を受け取ろうとしたらサラちゃんが読み聞かせてくれるという。
せっかくなのでやってもらおうかな。
「じゃあお願いできる?」
うん!といって今度は私の右隣に座り絵本を開く。
「ええっと、タヂュのえいゆう!」
サラちゃんが読み聞かせを始めた。
「むかし、ひとびとはわるいまものにくるしめられていました」
きっと何度も読んでもらったのだろう。所々躓いていたが、しっかりとした読み方をしていた。
「おおくのひとがころされ…」
本の形式は、一文ごとに絵を挟んであるタイプで、量こそ多くないものの絵と合わせてだいぶ分かりやすかった。
「すると、てんからひかりのししゃがあらわれました、かれはいせかいからきたタヂュ・サンだといいます…」
ここまでの内容は異世界からやって来た青年が魔物を打ち倒していく、現代でもよくある内容に見えた。
「やがてししゃはいっぴきのおおきなドラゴンとで…あい……ま…」
黒いドラゴンの絵がでできたところで声が段々小さくなってきたサラちゃんの方を見てみると。
「…寝ちゃったのね」
きっと寝る前に読み聞かせをしてもらっていたのだろう、寝てしまっていた。
私はそっと本を閉じ水を飲む。
すると玄関の開く音がして。
「肉捌いてきたよ、お昼にしよう…ってサラ寝ちゃったのか」
ブロックサイズに切り分けられた肉をもってアキラが帰って来た。
「ええ、アキラの言っていた童話が気になったからサラちゃんに読んでもらったんだけど…」
「そうか、いつも寝る前に読み聞かせてたからな。仕方がない、上に寝かせてくるよ」
そういってサラを二階に寝かせ、アキラは釜戸に火を入れてスープのようなものを作り始めた。
「作ってるのはスープ?この村の伝統料理かなにかしら?」
「ああ、これはこの村ではサターっていうワイン煮込みさ、この村はワイン作りが盛んで、どの家も水と同じようにワインを飲むんだ、僕はあまりお酒が得意じゃないんだけどね」
なぜ一般家庭にワイン樽があるのか疑問だったのだが、これで納得できた。
「へー。アキラって二十歳越えてるの?」
アキラの容姿はどうみても高校生にしか見えない。
「いや、僕は今月で18歳だよ」
「へー、この国だと18歳でお酒飲めるんだ」
てっきり二十歳からだと思っていたが、そういえば二十歳から飲酒の国は地球でも少数派だった気がする。
「ミカの国では飲酒に制限なんてあるのか?」
「ええ、うちの国では二十歳越えないと飲んじゃいけないのよ。だから飲んだことあるって聞いて年齢が気になったの」
「そっか、この国じゃ飲酒は制限されてないけど飲むなら自己責任だからね」
なんだか自由って感じがして羨ましく思う。
「自己責任ね、私としてはそっちの方がいいかも、こっちはなんでも縛られている感じがしてなんか嫌なのよね」
「そうかい?責任が取れる年齢になってから飲めるようにするという制度はいいと思うんだけど」
言われてみるとそうかもしれない。小さな子供が飲んで暴れ責任は親に行くなんてニュースはあまり聞きたくない。がそれにしても二十歳は待ちすぎだと思う。
「うーん、どっちがいいんでしょうね」
「そういう話は僕にはよくわからないや。はい、この村の伝統料理、サターだよ」
と、アキラがワイン煮込みを木製の器によそって持ってきてくれた。
「ありがとう…いい匂いね」
狩りたてのお肉の良い匂いが一番に、そしてその匂いをキツすぎないようにする野菜達、それらをまとめるワインの香り。
「さ、食べてくれよ、僕の自慢の一品さ」
アキラは自分の器を持って私の反対の席に座った。
「それじゃあ、いただきます」
一口すくって口に運ぶ。
「お、おいしい」
出たのはその一言だった。
ワイン煮込みは今まで何度か食べたことあったけど、これはそのどれよりも美味しい。
「口に合ったようでよかったよ」
私が感想を言うと安心したようにアキラも食べ初める。
「そういえば…」
数口食べたあとで思い出したようにアキラが。
「あの時、君の大声が聞こえたから僕が駆けつけたんだけど、あの言葉にはなんの意味があったんだい?」
…カシャン
静かなリビングに響いたのは私の落としたスプーンだった。
今回から登場のアキラくんのステータス。
年齢18歳の身長175㎝
活発的(?)な顔立ち。
次回もよろちく。