18話:難民
彼は難民だった。
ハンザスから北、ギリギリ北陸と呼ばれている地域の村に住んでいた彼はある日盗賊の襲撃にあったらしい。
周辺地域はあまり土地が強くなく、食うに困った村が別の村を襲うというのが珍しくないそうだ。
だが普段の襲撃とは違い、今回のは村をそのまま乗っ取る勢いだった。
そのうえ、通常なら飢えた状態で来ているだろうにそういう様子でもなかった。
彼らのこわばった表情は何かに追われているようだったと。
何かに追われた村が丸々襲ってきて、それに追われてこの街に流れてきたのが彼だそうだ。
彼はこの街に難民として入ったはいいものの、村と勝手が違う仕事についていけず。
他に助けてくれる人もいなかった彼は空腹を満たすために盗みをしたと。
それが昨日の場面であり、運よく衛兵から逃れたはいいもののその後盗んだ店の店主に見つかり路地に転がされたらしい。
随分と悲惨な人生を歩んでいる。
「□□□□...」
「あの村に戻りたいと言っておるな」
「...」
おそらくそれは難しいだろう。
沙織が酷い箇所の治療だけ行うと、彼はお礼の仕草をしてからどこかへ歩いて行った。
私達が彼にこれ以上できることは...思いつかなかった。
「おかえりー」
宿に帰るとなにやら包みを開けているリアさんがいた。
「なんですかそれ」
結構大きな物が複数。元々持っていなかったので新しく買った何かだろうか。
「これはねー...はい、美花」
手渡されたそれは1m以上の長さがあり、軽いが丈夫そうな杖だった。
木製のそれは手になじみがない物だったが、不思議としっくり来た。
まさに魔法使いの杖である。
「これ...いいんですか?」
「もちろん、弟子なんだし。その代わりちゃんと修行してもらうからね」
「あ、ありがとうございます!」
本格的に魔法使いの弟子になったという気がして、感動やらうれしいやらが胸からこみあげてくる。
気を抜いたら泣きそう。
「沙織はこれね、精霊術師は自衛用の短剣を持つものなんだけど、この前の話を聞いた雰囲気では格闘術のが合ってそうだから」
「わーありがとうございます、後で刺繍を入れてもいいですか?」
「いいよー」
沙織はグローブを受け取ったらしい。
皮でできたそれはシンプルな見た目だが丈夫そうだ。
「アキラ君はこれ、剣と盾」
「うおー、本物だ..ありがとうございます」
明は剣と盾をもらったようだ。
剣は西洋剣のイメージそのもので、刀身が長めのショートソードだ。
盾は知らないものだが腕に取り付けるもののようで、四角い見た目でかつ小さい。
腕に装着する分両手が開くようになっていて、活動はしやすそうだ。
「大きい盾は長旅だと邪魔になるからね、その盾特別なものなんだよ?」
「まさか..魔法の盾とかそんな感じのやつなんですか!?」
「そういうのじゃないね」
ちがうんだ、私も少し期待したんだけど。
「素材が変わっててね、この国で取れる鎧魚って魚から取れた皮を使ってるの。軽くて剣を通さない優秀な盾だよ」
魚の皮? 確かに魚の鱗のような模様をしている。
試しに触ってみると確かに金属と感触が違う、鉄より冷たくない。
けどしっかりと硬い。ほんとに魚の鱗だ。
どれもこれも高そうな代物だがリアさんの財布はどうなっているのだろうか。
そう思って聞いてみると。
「気にしないでいいよ」
との事だった。ちょっと怖い。
収入源は今朝の話から街の依頼を受けてその報酬をもらっていることだと想像できるが、
これまでの宿代とか私達の衣服とかを考えるとかなりの金額になっているはず。
魔女とは相当儲けることができるのか。
「昼食の後で軽く練習してみようか、街の外に出るよ」
カノールの街と似た大通りを歩く、カノール街道からまっすぐ伸びるその正面に大きな門があった。
ここも街が壁に囲われているようだ。
門の守衛さんに軽く会釈をしながら街の外に出る。
特に検問はやっていないみたいで顔パスで出ることができた。
門からは整備された街道がまっすぐ続き、周辺は開けて草原になっている。
少し行けば森があり、草原にはところどころ切り株があるので開拓して作られた草原のようだ。
壁の方に目をやると、何やら小屋のようなものを立てているのが目に入った。
「リアさん、あれはなんです?」
「ああ、難民向けの小屋だね。ここ最近数が増えて街の中では受け入れられないから壁の外に仮の住居を立ててるの」
「そんなに増えてるんですか」
「原因は知らないけどね、街としては難民を放置すると盗賊になりかねないから住む場所を作ってるってわけ」
難民が集まる壁の外の住宅街。
スラム街になる予感しかしない。
「町長は彼らの分の食料確保に困ってたから、しばらくしたら開拓民としてどこか移動させるんじゃないかな」
街の周辺には畑があるものの、とても町全体を養うには足りなさそうに見える。
となると周辺の農村から税金なり買い上げなりで集めているのだろうが、それにだって限度がある。
あのおじさんの話ではかなりの北から流れてきているとの話だったので、地域の生産量に人口増加が追いついていないのだろう。
近隣の土地を開拓して農村にしてしまえば地域の生産量が増えるということなのだろうが、開拓民というと聞こえがいいけど要するに追放だよね。
けど農作業しか経験ないようなあのおじさんみたいな人にとってはそのほうが適しているのかな。
「このあたりで始めようか」
歩いてきたのは壁からも住宅地からも離れた草地。
ここなら派手に動いても問題にはならないだろう。
「誰からいこうかな、まず明くんからにしようか」
「はい」
「剣を持つことに慣らしていこう。鞘を付けたまま素振りしておいて、まだ抜刀は危ないから」
「うっす」
明が剣を振り始める。
鞘を付けたままなのは素人が真剣を振ると足を切ったりして危ないからか。
「沙織は精霊術の把握にしようか。ベンヌ、安全なものから順番に説明と実際に発動するところまでお願い」
「うむ、ではいきますぞ沙織殿」
「おっけー」
沙織もベンヌから色々説明を受けていく。
勉強が苦手な彼女のことだ、たぶん説明の部分はほとんど覚えてないだろう。
典型的な体で覚えるタイプだ。
「じゃあ最後に美花」
「はい!」
ついに私の番だ。
高鳴る胸の鼓動を抑え傾聴する。
一体どんな魔法を教えてもらえるのか。
「まずは集中力を高めるところからね、瞑想しよっか」
「え」
「期待しているところ悪いけど魔法ってすぐ使えるわけじゃないよ? 一応近道できるようにしてみるけどまずは基礎からね」
...まあ、うん。そうだよね。
そんな一朝一夕でできたら多分この世界もっと魔法使う人多いよね。
今まで街で見かけた人のほとんどが一般人だったもんね。
精霊らしき光の玉を連れてる人は一人だけ見かけたけど、シンプルな魔法使い一人もいなかったもんね。
きっとこの世界の魔法はかなり修得難易度が高いのだろう。
「座学は座学でやるとして、今日はひたすら雑念を払って一つのことを考える修行だね」
「...はい」
「何にしようかな...じゃあそこに座って、杖を見ながら杖のことだけに集中してもらおうかな」
「あの...これはどういった修行になるんですか?」
「魔法を精霊の力なしに発動させるのには高い集中力が必要なの、これは長い期間かける必要があるから今のうちから鍛えるの」
先走った修行のイメージとのギャップに少しテンションが下がってしまったが、リアさんの指導通りにやればいつか魔法が使えるようになると信じることにした。
今はひたすら指示通りに修行へ専念しよう。
地面に座り、正面に杖を立ててひたすら眺める。
...杖に集中するってどうすればいいんだろう。
溝の数とか節目の数とか数えてればいいのかな、それとも杖の成り立ちとか関連することを考えててもいいのかな。
「あ、頭の中で考え事はしちゃだめだよ、何も考えずにただただ見ることに集中するの」
...どうすんだそれ
脳内会話が盛んな私にとって難しい注文だ。
とにかく...やってみるか。
...。
......。
.........。
...どれくらいまで続ければいいんだろう。
「余計な思考はしない」
考え事をした瞬間軽く頭を小突かれた。
身じろぎもしてなかったはずなのになぜばれたのか。
「考え事したらわかるからそのたびに指摘するよ。まずは1時間続けようか」
「は、はい」
まずい意外とスパルタかもしれないこの教官。
けどこれも憧れの魔法使いになるため、なにより二人の力になるため。
できる限りやってみよう。