16話:慈悲
先遣隊に生存者は居なかった。
絢爛な馬車は見るも無残な姿になっており、戦闘の余波であちらこちらに残骸が飛び散っていた。
もちろん、それを引いていた馬や護衛していた人々も...。
かなりきつかった。特に臭いが。
地面のを赤く染める血しぶきが生々しく、独特の鼻につくにおいを放っている。
苦悶の表情のまま固まっている表情の飛脚のような人。
何が起きたのかわからないままの、呆然とした顔のままの上半身だけの人。
今までの綺麗な遺体と違って明確に人の死を認識してしまった。
吐いた。
結局、適当な横穴に荷物や明を移動させて、そこで休息を取ることにした。
「美花...」
先ほどからずっと沙織が背中をさすってくれている。
その手のぬくもりが今はとてもありがたい。
「ん......っ!?」
明が飛び起きた。
きょろきょろと当たりを見渡し、私達の姿を見て安堵の表情になった。
「よかった、無事だったか」
「なんとかね、調子はどう?」
「どこも痛くない。...ごめん、大したことできなくて」
体に異常はなさそうだ。結構な時間眠っていたからかなり心配だったのだ。
本人の口からそれが聞けて良かった。
「あんな負傷してまで敵を足止めして活躍したのにそんなことをいうんじゃありません」
「美花の言うとおりだよ、おかげで私達は助かったんだから」
「あぁ...うん」
照れてる。照れてる。
今はその表情がとても癒しだ。
「さて、この盗賊たちをどうする?」
リアさんが指さす先には盗賊二人。
大男と金髪少女だ。
大男は結構な歳にも見える。少々白髪が混じってるが体格ががっちりしていて強面でめちゃくちゃ怖い。
対して少女のほうはかなり若い。私達よりも若く、中学生にもなっているか怪しいくらいの容姿だ。
気絶したままの状態を見ている限りでは大悪魔と契約して盗賊をしていたなんて思えない。
むしろ服装を整えたら貴族のお嬢様なんじゃないかって位見た目が整っている。
「この子...まだ幼いですし、できれば見逃したいんですが...」
沙織はおずおずといった感じで手を挙げる。
私もできればそうしたい...ただ、既にやらかしてしまっている。
現行犯であった以上そう簡単に見逃してよい存在ではない。
「そうなんだけどね...大悪魔はもう切り離したから脅威ではない。しかしそれで見逃すには人を襲いすぎている」
おそらく向こう側の街の先遣隊もこの人たちが襲っていたのだろう。後続で来ていたであろう商人たちも含めて。
今回だけで何十人という人を襲ったに違いない。
「大悪魔は契約の対価として他人の命を要求することがあるの、この子が契約していたのはその手の悪魔だったんだろうね」
なんともはた迷惑な存在だ。争いを強要させるとはまさしく悪魔的だ。
地形を変えるほどの力を得る対価として釣り合っているのかはわからないが、これほど残酷なこともないだろう。
少なくとも全うな生き方を選ぶことはできない。
「ともかく一度話をきいてみますか、起こすよ」
今まで魔法で意識を失ったままにしていたらしい、リアさんが指を軽く動かすだけで二人が身じろぎを始める。
「....!? □□!□□□□□!」
「□□....□□□□?」
「はいはい静かにねー」
起きた大男は真っ先に少女の様子を気にしていた。
娘なのかはわからないが、少女に向ける柔らかな瞳から娘と同じような気遣いをしていることがうかがえる。
「この人たち、親子?」
沙織もその雰囲気は感じたようだ。
これは困ったことになった。
仮に親子なのだとしたら、少女だけ生かすというのに抵抗感が生まれてしまう。
「質問、貴方達はなぜキャラバンを襲ったの?」
リアさんの尋問が始まったようだ。
私達にするような口調より幾分か冷ややかで、冷酷な印象を覚える声色。
少女はおびえるようにリアを見ており、対して大男は一瞬睨んでから口を開いた。
...案の定相手の言葉がわからないので、ベンヌに通訳してもらった。
リアさんの予想通り、少女の契約した悪魔への貢物として人を襲ったとのこと。
同時に定住ができないから各地を転々とし、追われるように流れ着いたのがこの街道だったと。
大男は元々盗賊団の生まれで大将と呼ばれている。少女の名前はサキというらしい。
サキはここより東の国で拾った捨て子だという。
もう悪魔と繋がっていないことを伝えると少女が驚いた後に取り乱していた。
なんでもリアさんと戦いを初める際、サキはリアさんに勝てないと判断して奥の手を使ったそうな。
魂を削り大きな力を一時的に得る、自殺行為のまさしく奥の手だそうで。
それを止めるためにリアさんは無茶をしてサキを無力化して悪魔と切り離したんだとか。
大将とやらは何としてでもサキを生かそうとしているらしく、自分はどうなってもよいからと命乞いをしていた。
血は繋がっていないが本当の娘のように想っているようだ。
「一通り聞きたいことは聞いたかな。改めて、貴方達はどうしたい?」
こっちに振り向くリアさん。
「...私達が決めちゃってもいいんですか」
「この大将とやらは貴方達が捕まえたからね、私としては女の子の方は生かしておこうと思っているけど」
大男の処遇は私達に決定権をくれるらしい。
「どうする? 俺としては沙織や美花を傷つけたこいつは許せない...いや、許したくない」
明は悔しそうな、怒りのような目で大将を見ている。
私も同じ気持ちだ、大切な親友を傷つけたこいつを許したくはない。
「...私は、どっちも生かしてあげたいな」
あんな大けがを負ったというのに、沙織は生かすことを選んだ。
「いいのか沙織?」
「うん、だってこのままおじさんを引きはがしちゃったらサキちゃんは一人になっちゃうんでしょ。私はこの子から親を奪いたくない」
沙織は少女の為に大将を生かしたいらしい。
両親のいない沙織だからこその考えだろう。
二人とも自分も傷ついたことを気にせず、それ以外の理由で考えを持っている。
ほんとうによくできた親友たちだ。
「そうか...美花はどうだ?」
私の喋る番だ。
...罪だとか、悪いことをしたら罰を受けるべきだとか、社会的に守らなきゃいけないことだとか、道理だとか。
そういった感覚が麻痺して遠いものであるような錯覚が全身を巡っている。
深い理由は...思いつかない。
けど答えだけはもう決まっていた。
「生かして欲しい」
今はとにかく、これ以上の人死にを見たくなかった。
精神的にだいぶまいってしまっていた。
ベンヌの魔法では外傷は治せても心の傷までは癒してくれない。
さっきの光景と臭いがほんとにダメだったようだ。
かなり気分が悪い。
ただただ、辛いことから目を背けたくて出た結論だった。
「二人がそういうなら、俺はそれでいいよ」
明は折れてくれた。
「わかった、なら二人とも生かすってことでいいんだね」
「はい」
どのように生かすかについてはリアさんに任せることにした。
「......二人ならなんとかなるか」
連れていくのは負担だし、追われるようにこの街道に来たというからすぐには外に出られないということで、道を教えて隠里に行ってもらうことにした。
目印はあるし横穴からは一本道なので迷子にはならないだろうとのこと。
隠里も二人くらいなら大丈夫だろうと。
そこでしばらく生活してもらうことで話がまとまった。
「この子たちに感謝しなよー?」
二人の拘束が解かれる。
もう落ち着きを取り戻したサキを連れ、闇へと歩き出す二人。
大将が、最後にこちらを向いて頭を下げる...いわゆるお辞儀をした。
礼の仕方も大きな違いはないらしい。
二人の姿が見えなくなるまで見届けてから、私達は再び歩き出した。
出口はそう遠くない。