12話:使命
これは...夢だ。
そうとわかる夢、つまり明晰夢というやつだ。
微塵も動かない自分の体を、ぼんやりとした視界で俯瞰している。
自分の背後霊になった気分だ。視界すら自由が効かないが。
私の目の前にはガラスのような壁があり、外に見える...何かの機械が鈍い音を立てている。
いったいどこなのだろうか。
静けさと相まって研究室のような場所だ。薄暗いせいで奥の方はわからない。
唯一はっきりしているのはこっちを見ている女性。
長い髪を持つその人は私の肉体の方を見て何かしらをつぶやいている。
内容はわからない、けど私に対して言っているわけではない。独白のようだ。
ん、意識が上がる感覚がある。もうすぐ覚めそうだ。
自覚できる夢ほど、覚めやすいのはなんでなのだろうか。
視界がさらにぼやけていく中で、その女性が"こちら"を見て微笑んだ。
ーーー
ーーーーーー
「....ん」
目を覚ました。が、暗い。
どうやら夜のようだ。そういえばあの後...。
ああ、家を案内されてそのままベッドに入って寝たんだった。
左右にはそれぞれ沙織と明が寝ている。
このまま二度寝するには目がさえてしまったし、少し夜風にでもあたるか。
外は月が隠れていることもありかなり暗い。
峡谷にある里だからか山が隠してしまっているようだ。
そして肌寒いが、まあ平気だろう。
「あ、起きちゃった?」
付近をぐるりと廻ろうと歩き出したタイミングで、リアさんと出くわした。
「リアさん、まあそんな所です。少し夜風にあたろうかと」
「いいね、付き合うよ」
二人で夜道を歩く、虫の鳴く声と風の音はなんとも心地よい。
「リアさんは見回りですか?」
「そうだね、ここは私の作った里だけど盗賊上がりが多いから。女の子を置いてすやすやとは寝てられないってわけ」
一人で散歩なんてもってのほか。と続けるリアさん。
無警戒に散歩へ出てしまったが確かにそうだ、寝ぼけていた。
「私が不用心でしたね、すみません」
「いいのいいの」
リアさんは真面目な人だ、ちょっと前まで見知らぬ他人だったはずなのにこんなにも気にかけてくれてる。
...凄い人だというのはわかるのだが、寝なくても平気なのだろうか。
睡眠無効の魔法でもあるのだろうか。
「リアさんは寝なくてもいいんですか?」
「少しくらいなら平気だよ」
どうやら平気らしい。
「一応言っておくと魔法じゃなくて体質だよ。そういう魔法もあるにはあるけどね」
それはそれですごい。ショートスリーパーだっけ、私は沙織ほどじゃないが寝ないと動けない。
毎日10時間は寝たい。
というかそうだよ魔法だよ。
疲れ切ってすっかり頭から抜けていたけど。
「リアさん。魔法はいつから教えてもらえるんですか?」
早く魔法が使えるようになりたい。
「意気込みがあるのはいいけど焦っちゃダメだよ。街道抜けたら少しずつ教えていくつもりだから安心して」
「す、すみません」
何故かはやる気持ちが出てしまう。なぜだろうか。
当然楽しみなのはある。夢にまで見た魔法だ、それを使えるようになるというのだから急ぐ気持ちもおかしくない。
ただそれだけじゃない何かがある。
リアさんがいうように焦っているのか?
だとしたら何に...。
「やっぱり、長考癖があるね」
「え?」
そんなに悩んでいただろうか、確かにたまに考えに耽ることはあるけど。
「魔法使いに向いている才能だよ、集中力はとても大切だからね」
怒られるかと思ったら逆にほめられた。
たまに授業聞いてないこの能力が役に立つようなら行幸である。
「そうなんですね...お母さんにも良いエンジニアに成れるって言われたなあ...」
魔法使いとエンジニア...なにか共通点でもあるのだろうか。
...。
...お母さんもお父さんも今頃どうしてるんだろう。
私からの連絡がないから心配してるだろうか。
考えないようにはしていたけど、一度頭に入ってしまった思考がなかなか抜けない。
結局あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
クラスの皆は無事なのだろうか。
お父さんは親馬鹿だから探しに来てたりするのかな...。
お母さんはリリースが忙しいって言ってたけど無事に終わったのだろうか。
考えれば考えるほど喪失感がわいてくる。
じわりじわりと、胸の中に広がっていく。
バケツに落とした絵の具のように、奥へ奥へと......。
こんな夜に考え事なんかするからだ。
親友二人が居れば大丈夫...この思いに嘘はないけど、それでもさみしい。
もう一生会えないのだとしたら...せめてお別れくらい言いたい。
何かが、頬を伝っていく。
「ミカ...?」
それが何かは考えない。けど手でぬぐおうとして、リアさんに抱きしめられた。
「...そうだよね、君達にも親がいたんだよね....ごめんね、想像が足りなくて」
「リアさんが、悪い...わけじゃ」
同じくらいの身長だけど、妙に安心感がある。
「私じゃ代わりにはならないけど、ちゃんと面倒見るから...」
「私...私...リアさ..ん」
ダメだ、抑えられそうにない。
リアさんはいい人だ。優しくて真面目な人だ。
きっとこの人は受け止めてくれる。
それなら少し、甘えてしまおう。
本気で泣いたのは何年ぶりだっただろう。
何かが解決したわけじゃないけど、すっきりした。
「ごめんなさい、みっともないところを」
「こちらこそ配慮できなくてごめんね、妙に大人びた君達を見てたら大丈夫なのかなって思っちゃった」
そんなに大人に見えたのだろうか、深い人生経験なんてこれっぽっちもしてこなかった私達が。
いや、沙織は確かに大人に見えるな。特に大人とのコミュニケーション。
対等に話しているかのようで、どうにも同い年に見えないときがある。
「もう、大丈夫です。落ち着きました」
「そう? もう少し寝ておくといいよ、まだ起きるには早いから」
「...もう少しだけいいですか?」
今寝たらまたぶり返しそうで怖かった。
そんな私のわがままにもリアさんは付き合ってくれるようで、また一緒に歩き始めた。
「時になんだけどもさ」
「はい」
「ミカはなんで魔法を覚えたいの?」
「うーん...」
反射的に悩むしぐさをする。
なんで覚えたいのか.........かあ...。
憧れ..?
今までいくつかの小説やアニメを見てきた。
その全てではないが、多くが魔法などのファンタジー要素のあるものだった。
科学に塗れ道具で全てを解決しようとする時代に生きていて、その身一つで何かを変えるということに憧憬のような感情を抱いていたのかもしれない。
反骨心のような。そんな...。
魔法が好きな理由はたぶんそれなんだと思う。
「たぶん始まりは軽いものだったはずなんです」
「ほう?」
「本来なら弱い存在が、不思議な力で自分の意思を主張する。そんな非現実性に憧れたのが全ての始まりでした」
ある少女は魂をささげて願いを叶えた。
ある少女は強い自我を持って一人旅をしていた。
ある少女はその力で己を主張していた。
「けど、今は少し違う気がするんです」
どれも憧れであった。夢でもあった。
けど今私が欲する力は当初思っていたものではない。
「私はこの世界に来てから何もできませんでした。二人に助けてもらってばっかりで」
イノシシに遭遇した時も沙織にかばってもらったし、狩りだって提案は明だった。
私にできたことといえばイノシシに石を投げたり、捌いたりしたことくらいだ。
「そんな私でも。それでも、二人の力になりたいと思ったんです」
守られるだけの私で居たくない。これだけははっきりと言えた。
「だからリアさん。魔法を教えていただけませんか」