11話:隠里
あのあと軽く食事を摂り、快適ではない地面で泥のように眠った。
硬くゴツゴツとした地面に寝ていたというのに、一度も目を覚まさなかった。
夢を見なかったのは幸いだろう。見ていたとしたらきっと悪夢だっただろうに違いない。
目が覚め、重たい体を起き上がらせると豆と干し肉のスープに乾燥したパンが用意されていた。
味は...とびきりおいしいわけではないが、暖かい食事だ。
暗い気持ちが多少なりとも良くなったような気がした。
皆もくもくと口に運び、食べ終えたころに準備を終えた盗賊の仲間たちが合流してきた。
ざっと13人といった所か、聞いていた人数と倒した数を考えると数が足りない気がする。
大人の男性が少ないのは、すでに多くが石の下にいるからだろうがそれにしたって少ない。
言葉はわからないが、ちらちらとリアさんを見る目に明確な怯えがあるので、きっと何かがあったのだろう。
深く考えるまでもないが、おそらくは...。
そんな彼女らに、襲ってきた盗賊たちの墓を教えた。
追い打ちをかけるような気分だったが、お別れをさせずにここを離れるのは嫌だった。
多くが泣き崩れていたが、留まろうとする者はいなかった。
手を胸に当てる人。ただただ泣き続ける人。独特な仕草をする人。
状況を呑み込めていない子供。
しばらくすれば、皆自然と出発の体勢を整えていた。
「それじゃいくよ」
声量に反しよく響く声を聞いて、私達は歩き出した。
幸いなことに、この人たちが襲ってくる気配はない。復讐とか考えもおかしくないと思ったが、想像以上に従順だった。
...これは失礼な考えなんだろうな。
ただただ、歩く。
昨日より人は増えたのに口数は減った。
足音は多くなったのに、気分は変わらず重い。
子供の手を引きながらすすり泣く女性の声が、嫌に耳に残る。
私は、何をしているのだろう。
心躍るような剣と魔法の世界なんてものは今のところない。
あるのはただただ世知辛い現実だった。
強さだけが正義となる世界。
リアさんがいなければ私達も、もしかしたらこの盗賊の仲間たちのような立ち位置にいたのかもしれない。
嫌でもそう考えてしまう。
私達は、何のためにこの世界に来たのだろう。
自分で選んだわけではない。話ではリアさんの師匠がかかわっているらしいが。
その人はなんのために私達を呼んだのだろうか。
この悲惨な世界を見せつけるためだろうか?だとしたら趣味が悪すぎる。
ファンタジーな世界に来たと思ったら、なんでこんな暗い洞窟でボロボロの姿の人たちと共に歩かなければならないのだ。
恨むよ本当に、平和なあの国に戻して欲しい。
私達が何をしたってのさ。
ーーーー
街道と比較すればかなり狭い横道を進んでいく。
人が二人横に並んでギリギリ、しかも足場が悪い。
そのため時折躓くものがいるものの、順調に進んでいた。
休憩を何度もとり、すすり泣きが聞こえなくなってきたところで奥に光が見えた。
人工ではない、太陽の光だった。
「出口だ」
ついに、地上に出た。
吹き抜ける風、周囲は見渡す限りの山脈。
一際大きい壁のように立ちはだかる山々。
深い谷の底には川とそれに沿う森が見える。
目の前には崖がそのまま出っ張ったかのような平地が広がっており、密集した家々と段々になった畑が山岳地帯特有の村であることを表していた。
いくつもの口から「おぉ...」という音が漏れ出る。
「あれが私の作った隠里。はみ出し者の楽園だよ」
少し自慢げに語るリアさん。のどかな雰囲気があるこの風景は盗賊にとってはまさに楽園であろう。
盗賊の仲間...もう難民といった方がいいか、難民達もさっきまでの暗い表情から光を宿したものに変わっていく。
「ほら、あと少しだよ」
子供の手を引いていた沙織も少し元気を取り戻したようだ。
今までに比べればはるかに軽い足取りで、疲れた体に鞭を打って歩いていく。
なにやら鐘を打つ音が聞こえる。私達の存在を知らせるものだろうか。
等間隔で響く金属音はささくれだった心に少しの安らぎを与えてくれた。
そんなに日数が立ったわけでもないのに、目に入ってくる植物や日の光はとても新鮮だった。
村の入口らしき場所に近づいた時、数人の男性がやってきた。
リアさんが止まるように手で合図し、一番若そうな青年と話をし始めた。
「□□□□□□。□□□□□?」
「□□□□□、□□□□□□□□」
双方現地語での会話だったため内容はまったく理解できないが、青年の仕草や顔色からはリアさんを相当敬っている様子が見て取れた。
話がスムーズに進んだのか数分と立たないうちに青年がお辞儀をして一行が去って行った。
付き人に指示を出しているような感じがするのであの人がこの村でかなり偉い地位にあるのだろう。
こちらを向いたリアさんにも暗い表情はない。
「大丈夫だってさ。しばらくは集団で寝泊りしてもらうけど、家を建てるのを助けてくれるって」
「よかったぁ...」
沙織が手を引いていた少年を抱きしめた。
よくみればその目には涙さえ浮かんでいる。
よっぽどうれしかったのだろう。私も憑き物が落ちたような気分だ。
「ほんとうに、よかったな」
「そうだね」
明もにたような顔をしてる。
「さあさ、今日の宿に案内するよ。今日はゆっくり休むといい」