10話:盗賊
暗闇を、歩く。
けどその足取りは心なしか先ほどよりも重い。
疲労もあるのだろうが、やはりリアさんの発言が足を重くしているのだろう。
人が死ぬ。
リアさんはつまり盗賊を殺すと言っているのだ。
当然だ。こんな洞窟から盗賊を捕縛して街に引き渡すなんてことはできない。
引き返すのにも、進むにも長すぎる。
そもそも、まともな法律執行機関があるのかも怪しいのだ。引き渡したところで人道的な扱いをされるとも思えない。
もし法律で裁いたとしても、盗賊だなんて強盗殺人行為は死刑に値するのだろう。
だから殺す。
理屈はわかる。ただ少し、心が追いつかない。
リアさんが左手をこちらに向けた。止まれの合図だ。
周りを見てみれば、人が通れそうな横穴が複数見える。
そして道の奥には、音もなくこちらに弓を構えている人。
ベンヌの魔法が無ければわからない、そんな距離の中。リアさんの右手に持つ松明目掛けて矢が放たれる。
正確に飛んできた矢はその火を消し去って闇へと誘った。
同時に盗賊が口笛を拭き、横穴からぞろぞろと武器を持った人たちが駆けてきた。
それは剣だったり棍棒だったりとバラバラだが、間違いなく殺意を持って扱うものだった。
思わず後ずさる。
けど、すでに後ろにも盗賊がいて、完全に囲まれている状態。
その事実を認識した頃には、先頭にいた男の振り上げられた斧がまさにリアさんに向けて振り下ろされるところだった。
「リアさ「動かないで」」
とっさに出た沙織の言葉はほかならぬリアさんに遮られた。
次に見えた光景を認識するのに、私は数秒フリーズした。
男が倒れたのだ。急に、まるで糸を切った人形のように。
「無詠唱とは...」
そのベンヌのつぶやきは、同じく倒れていった周囲の盗賊たちの音でほとんどがかき消された。
「終わったよ」
もう、私たち以外で動く存在はない。
倒れた盗賊たちは動く気配さえ感じない。
戦闘開始から数秒。それだけで、盗賊の群れが全滅した。
何もさせてもらえずに、おそらくは自分たちが死んだことさえ気が付かずに。
人が死ぬのを見る覚悟をしろと、リアさんは言った。
こんな、こんな光景を見る覚悟なんてできてなかった。
何を実感しろというのか。何も喋らず、何もさせてもらえなかった人間が死ぬのを見て何を思えばいいのか。
「強弱ってのはね、こういうことなんだよ。強くないと、何もできないんだ」
切りかかってきた男の死体を眺めるリアさん。
私達は、誰も口を開けない。
「だからこそ、君たちには強くなってほしい」
「...こんな風になってほしくないから」
その目はどこか遠い景色を見ているようだった。
「残りを片づけてくるから少し待ってて」
リアさんはそういって、横穴の一つに入ろうとした。
もしかしなくても、残りの盗賊を...殺しに行くのだろう。
それを止めるなんてことはできなかった。
...私と明には。
「待ってください」
ただ、沙織だけがその歩み止めた。
「何?」
「それは戦えない、もしかしたら何も知らない子供たちもころ、殺すってことですか?」
普段饒舌な彼女が言葉を噛むのを見るのは滅多になかった。
それほど重い言葉なのだ。私と明には口にできないほどに。
「...そうだとして、どうする?」
「止めます」
即答だった。
「どうやって?」
「...襲ってきたのはあくまでこの人達です。その仲間だからと言ってこちらから攻撃するのは早すぎます」
沙織はリアさんの行動が妥当ではないということを問いかけるようだ。
「説得から始めるのは評価するよ、続けて」
幸い沙織の話を聞いてくれるようだ。
一息だけついた沙織はまっすぐな瞳でリアさんを見据えた。
「まず話し合いができるかどうかだけでも、確認するべきです」
「一理あるね。もしダメだったら?」
「話をした上で拒否をした人たちまでは救いません」
その選択をした人の末路はさっきの光景であると。
「なるほど、じゃあ投降した人や話し合いすらできない子供たちは?」
「街まで送り届けます。警察か孤児院、もしくは街の偉い人に引き渡します。そこで正しい罰や保護を受けてもらいます」
犯罪者は法によって裁かれるべきである。
私達にとってはあたりまえであり、この世界では難しいかもしれないこと。
同時に子供の保護というのも、簡単ではないかもしれない。
「この辺だと世界樹教の教えに近い形で罰することになるかな。難民だったことと未遂ということにしておけば、もしかしたら人としての扱いはしてくれるかもね」
「私がベンヌと一緒に話をすればわかってもらえるはずです」
「沙織殿のためであればいくらでお口添えしよう」
「俺も口裏を合わせる」
明とベンヌが援護している。私もと思ったが、かえって邪魔をしかねないので口を出しずらい。
「けど盗賊であったことの罰は重いんだ。特にこの地域は盗賊への恨みが強い。一生牢屋と作業場を行き来するだけの人生になるよ」
「でも子供たちに罪はありません」
沙織は引き下がるつもりはないとばかりに、声に力を込める。
「そういうわけにはいかないんだよ、誰の子供かっていうのは一般人にとって簡単に無視できるものじゃない。孤児院に運べたとしても受け入れてくれるかすらわからない。それほどに根強い問題なの」
流石に赤子まで手をかけるのは容認したくない。
いくら厳しい時代であるといっても、いくら元の世界でも知らないだけでそういうことがあったと言われても。
その行為だけは許したくない。
頭を回せ、それだけが取柄のはずだ。
回せ。
ここはカノール街道で炭鉱が盛んな鉱山でもあり温泉地域でもあり大量の炭鉱夫が働く場所で大陸を分つ山脈のほぼ唯一といっていい貿易の拠点で多くの国が利用しそれを狙う盗賊が住んでいて普段盗賊たちは街道の無数に広がる横穴に身を隠すことで襲撃を行っている。国家にとって重要であれば真っ先に山狩りならぬ穴狩りで殲滅を図ろうとするだろう。ではなぜ未だに盗賊は流れてきていて、最重要ではないとはいえ重要であることに間違いはない商人たちへの襲撃を野放しにしているのか。防ぎようがないのか?それほどまでに複雑かつ広大な横穴が広がっているのだろうか。
村一つに匹敵する人数の盗賊が複数の規模で住む洞窟。略奪だけで生計を建てられるはずがない、水は地下水?それとも雪解け水?
酸素の謎もある。ここまで長い洞窟、常に微風があるとはいえ横穴の奥まで届くはずがない。外につながっている?
少なくともいくつかは山脈の外に繋がっている。材木や食料はそこから?飢えていたと言っていたから外には別の脅威もしくは不毛の大地が広がっている?
違う今は沙織が助けようとしている人たちを助ける方法だ何がある?少なくともこのままでは罪なき子供までもが不幸になってしまう。
街に引き返すのは現実的ではない。恨まれる属性を持った人間たちをおそらくあの街は見逃してくれない。
いくらベンヌの口添えがあったとしてもそれで全員が納得するわけではないはずだ。
かといって進むことも現実的じゃない。まだ距離があるし盗賊の被害という点では向こうも変わりないはずだ。
であるならばどうする?停滞する?山脈のどこかにある外への出口から外に出て開拓をさせるとか?
それで盗賊行為をやめるのかはわからないけど食うに困って仕方なくやっていた人たちなら説得できるかもしれない。
垂れ流していた思考をまとめ、意識を浮上させる。
「外に移住させるのはどうでしょうか」
一歩、前に出る。
「ほほう、聞かせて」
リアさんの興味がこちらに移る。
「まずこの街道には外につながる横穴がいくつかあるはずです」
「そうだね、人が通れる道もあるよ」
「外は山脈ですが、人が住めるだけの平地がないわけではないはずです」
「うん、山と山に挟まれた盆地はそれこそ無数にある。少ないながら野生動物もいるよ」
「であるなら、開拓民として彼らを先導しきちんとした村を作らせることだってできるはずです」
言いたいことは、言い切った。
「なるほど...なるほど」
リアさんが考え込んだ。
「まあ、悪くはないかな。初期費用がかかるから、今この先にいる人たちは助けられない提案になるけど」
「あ」
酷い見落としだ。手段にだけ固執してそのコストを考えていなかった。
だ、打開策を
「長期的にみれば最適解だと思うよ。どこに引き渡しても彼らの命は保証できない。ならば彼ら自身で、盗賊以外の生き方をしてもらうしかない」
うまいこと頭は働いてくれないが、どうやらリアさんは私の考えを理解はしてくれたようだ。
「現実的に話を持ってくると、それを強制させるだけの力がないといけないという問題はあるけどね。理屈だけなら合格」
ぱちぱちと、気の抜けた拍手をするリアさん。
「よく私がやっている方法にこの短時間でたどり着いたね」
「「「...え?」」」
「もうその方法私がやってるんだ」
すでにやっているというのか。
「じゃ、じゃあそこにこの先の人たちを案内するのはダメなんですか?」
フリーズからいち早く復帰した沙織。
「もともとそのつもりだよ、向こうの出方にもよるけどね」
「へ?」
また固まってしまった。
ということはあれか、つまり私達は試されたのか。
どういう選択を提示できるかという試練。
「流石の私も子供を手にかけたくないよ、そんな悪い人に見えた?」
「いえそういうわけじゃ...」
そういう時代背景であると考えてしまうと、どうしても実行してしまうんじゃないかという懸念がぬぐえなかったのだ。
「師匠なら躊躇はしなかっただろうけどさ...まいいや、話しをしてくるから待っててよ」
ヒョイと横穴に消えてしまったリアさん。
なんか、どっと疲れてしまった。変な汗もかいている。
三人してその場にへたり込む。
「生きた心地がしなかったな」
しばしの沈黙の後、明が口を開いた。
「ほんとうだね」
この世界では、命が軽すぎる。
突然襲ってきた盗賊といい、それを有無を言わさず倒してしまったリアさんといい。
その家族や仲間の扱いが低い周囲の街といい。
法の行き届いた、一人の命が重い国に生きていたってことが実感できてしまう。
「とんでもないところに来ちゃったね...」
「そう、だね」
私達は幼いころからずっと一緒だった。
価値観や倫理観はかなり似ているはずだ。
二人もきっと同じ気持ちなのだろう。
「この人たち、本当に死んでるんだよね」
沙織が倒れた盗賊の一人を見る。
「皆死んでおる。死んだことにすら気が付かなかったじゃろうな」
苦しまず死ねたなら良かった。なんてことは言えないけども、盗賊なんてことをしてる人たちにとっては不幸中の幸いであったと思おう。
「ねえベンヌ、この世界ではこれが普通なの?」
「盗賊とはいえ人を殺すことに対してか、なんらおかしいことではない。こ奴らは人を殺し奪って生計を立てておるのじゃ。そうすることになった経緯はさておきこうして返り討ちにあうのはごく自然だと言える」
「そう...わかった」
沙織はそっと手を合わせて、目を閉じた。
彼女なりになにかを納得したということなのだろう。
「この人たちは、なんで盗賊になったんだろう」
遺体の一つを覗き込む明。おっかなびっくりといった仕草だが骸が動き出す気配はない。
「理由は様々じゃな。犯罪に手を染めて街に住めなくなった者、戦争や不景気で職を失った者。盗賊によって家を失った者もおる」
「そうか...そういう世界、いや時代なんだな」
弱ければ何もさせてもらえずただ奪われていくだけ、そんな世界に来てしまったのだ。
強くならないといけない。
先の話だって決定権はリアさんにあって私達にはなにも無かったのだから。
自分の意見を通せるだけの力が必要だ。
「お待たせ、大丈夫?」
リアさんが戻ってきた。
先ほどと何も変わらない姿。何人もの人を殺したとは思えない表情で。
「あまりいい気分ではないですが、大丈夫です」
死体と同じ空間にいていい気分にはなれない。
「あーごめん。先にこっちを処理するべきだったかな。とりあえず話はついたよ、出発は明日だね」
その言葉に胸を撫でおろす。
これ以上の犠牲が出ないということに安堵した。
というか明日か。そういえばそうだ、ずっと暗いから感覚がおかしいが外はもうすぐ日が傾き始めるころだろうか。
寝るとしたら街道の端っこになるだろうか。死体のそばでは寝たくない。
かなり疲労はあるがせめて埋葬してあげたい。
「この人たち、お墓に埋めてあげてもいいですか?」
そう思った矢先沙織がすでに埋葬を提案していた。
「いいよ、そのままじゃ色々良くないしね」
二つ返事でOKが出る。
お墓という概念は共通なようでよかった。
手分けしてひたすらに重たい人だったものを運んでいく。
横道の一つの入ったすぐそこに開いていた穴に集め、瓦礫を使って蓋をしていく。
しばらくの時間がかかったが、一応埋めることはできた。
墓石代わりに積み上げられた石の山に向けてみんなで手を合わせる。
...。
...何を考えよう。
謝罪だろうか、それとも憐れむべきだろうか。
彼らに来世があるとして、その平穏を願うべきだろうか。
これだというものが思い浮かばないままに、ただただ時間が過ぎていく。
「...ほんとうにまっすぐな倫理観してるね」
もうリアさんは祈りを終えたようだった。
私はまだ、何も祈れていない。
「そうでしょうか...私には、何を祈るべきかもわからないです」
「向き合おうとしている所だよ」
私には...何もわからない。