懐かしい蜂蜜
それはいつもの夢とは少し違っていた。
『我が愛しき、ディアンヌ』
頬を撫でる手。その手が黒く染まっていく。
(私はディアンヌじゃない…)
違う。違う。そう、声にだそうとするも撫でる大きな手に触れる事も出来ず声も喉を通っていかない。大きな手。
それはあまりにもリヴィアと比べ物にならない程に大きくそしてとても痛々しいものだった。
痛々しいその手にリヴィアは思わず涙が込み上がる。目を逸らしたくなる程に痛々しいものにリヴィアは目を逸らさずじ、と見つめた。
『ディアンヌ…私は君を手に入れる為なら…』
一瞬で、黒く染まっていく景色。
(待って!私は、ディアンヌじゃ…っ!)
それに手を伸ばしたくても動く事のない身体。声を通す事のない喉。離れていく手にリヴィアは寂しく感じた。
それは最後に聞こえた声自体がとても悲しく、後悔の意味が混じっているように思えたから。
今、この場から離れてしまえばこの人は。
この人はきっとずっと悲しみに暮れてしまう。
『愛しい、愛しい…ディアンヌ』
「待ってっ…!!」
「へ…?」
伸ばした手は空に伸びたまま掴む事は出来なかった。だが、それ以外に掴む事が出来た。
ぎゅ、と握られたままの細い腕。まるで草原にいるような透き通っているエメラルドの美しい瞳。
「…あれ?」
「わあああああ」
現実に戻った景色にリヴィアは首を傾げた。真っ白い部屋にぽつり、と真っ白いテーブル。今、己がいる場は明らかに記憶に残る場所ではない景色。どうやってここに移動した考えながらもう一度、首を傾げる。とキャラメルブラウンの髪色をしたエメラルドの瞳を持つ少年と視線が合う。
その直後に部屋に鳴り響くまだ声変わりの出来ていない甲高い声。
「ご、ごめんなさいっ驚かすつもりじゃ…」
「デュラ、デュラハンさまああ!」
慌てて椅子から転げ落ちた少年に手を差し伸べる。しかし少年はリヴィアの伸ばした手などに目も暮れず頭を抑えたまま立ち上がり早急に部屋から出ていってしまった。
「…行ってしまったわね…」