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あなたに恋をしてもいいですか。  作者: ゆみ 落葉
慌ただしい一日
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慌ただしい一日

美しい夢だった。声を出すのも忘れてしまう程にそれはそれは美しさで溢れていた。

まるで、夢で描いたようなお伽噺に似た景色。

『私と一緒に来るか』

唸り声のような地面を這う低い声。それでも、どこか甘くとろけるような声に耳を傾ける。

誰かわからないその人に伸ばされた手は光のせいで顔まで見えない。ごつごつとした鎧の手袋。

それに不思議と恐怖はなかった。躊躇いも無くその手をゆっくりと握った。大きな銀色の鎧の手袋がすっぽりとリヴィアの小さな手を握った。

それは少し不器用でありながらも壊れ物を扱う程優しい。

「リヴィア、起きなさい」

どうしても続きの夢を見る事ができない。己の身体が軽く揺れて意識がだんだんと夢から覚めていく。白い手袋をした大きな掌がリヴィアの頬を撫でた。

「またシルティーに怒られるぞ?」

「…ぁ、ごめんなさい!私またディアン様より遅く起きて…」

がば、と勢いよく身体を起こし慌てて服についた干し草を払い落とした。干し草のついた白銀の長い髪を直す事もしないままディアンと呼んだ男に膝をつきながら深く頭を下げた。ディアンはふ、と柔らかい笑みを浮かべながら頭を下げるリヴィアの髪に触れ干し草を取っていく。

整った顔にミルキーブラウンの髪。腰に下げた剣。その身なりはどこかの王国の王子を連想させる程美しい。

「ほら、顔をお上げ。またここで眠っていたのかい?」

「は、はい…すみません」

乱れたリヴィアの髪を整えるようにディアンが糸のように細く柔らかい白銀の髪に指を通す。

「リヴィアの髪は綺麗なのにもったいないぞ?こんなに乱れてしまって」

髪に指が通る度にどこか擽ったく感じ髪を撫でるディアンの手を掴んだ。

「い、今すぐに朝食を作りますので…!」

慌てたようにリヴィアは早口で言葉を言いながらディアンから距離を取った。

名残惜しそうに離されてしまった手をディアンは見つめた。

それを構う事も無くリヴィアは立ち上がり服を数度、手で埃などを払い落とすともう一度ディアンに頭を下げた。

「…実に愛らしいよ、リヴィア」

急いで走って行くリヴィアの後ろ姿に小さく呟いたディアンの甘い声は届かなかった。

「ごめんなさい、ディアン様」

深いため息を吐きながらリヴィアは悩んでいた。彼の事は別に嫌いではない。しかし、最近のディアンは何かがおかしいとリヴィアは感じていた。

早くに親を亡くしてしまったリヴィアにとって親代わりとなってくれていたのは母親の姉のシルティーだけだった。その時既にシルティーと婚約していたのがディアンだった。

昔はまるで妹のように可愛がってくれていた。森に迷い込んでしまったリヴィアを探して助けてくれたのもディアンだ。

リヴィアにとっても彼は大切な家族であり兄のように接していた。

「リヴィア」

考え事をして止まっていた手がぴくりと震えた。小さな厨房に響く声。コツコツ、とヒールが石床を叩く音が聞こえてくる音。

「も、もう朝食が出来ますので…」

「あなた先ほど…ディアン様といましたわね」

洗い物を終え濡れてしまった手を布で拭きながら声のする方へおずおずと身体を向けた。

歩く度に揺れる黒い髪は長く美しい。黒髪に映えるように鋭く赤い瞳が細められる。その瞳に見つめられるとどこかの童話にあった見つめると石になっていまう、と言う話しに似ている。とリヴィアは常に思っていたが口に出さないようにしていた。

「最近、ずっとあなたの話しばかりするのよ?ディアン様」

黒い髪を指に絡めながらリヴィアの方へと視線を向けた。

「…すみません」

「どうして謝るのかしら。何か疚しい事でもあるって言うの?」

まるで湖の底にいるかのような深く青い海色の瞳が細められる。

眉間に皺を寄せながらリヴィアに詰め寄った。

「滅相もございません…!そんな事など…!」

「黙らっしゃい!!」

厨房に響く怒鳴り声にリヴィアは唇を噛み締めた。

この人にはここに住まわせてもらっている感謝もありリヴィアにとっても唯一の親戚。

そんな人にどれだけ罵声や罵倒を言われようとも耐え続けていた。

「あなたみたいなお荷物を育ててやっているのになんですかその態度は」

「……ごめんなさい」

「本当子供って嫌よ。大嫌い。あなたなど醜いのにどうしてディアン様はこんな小娘など…」

「…ご、めんなさい…」

嫌悪感の滲み出た表情にリヴィアの心は締め付けられていた。

感謝している人にどうしてここまで言われてしまうのか。言われた事をしても褒められる事はない。それでもただこの人の嫌味が言い終わるのをただいつも黙って聞いているだけだった。

謝り続けるリヴィアにシルティーは深いため息を吐いた。

「謝ってすむ事じゃないのよ」

「…ど、どうしたらいいでしょうか…」

「あなたがここから出ていってくれればそれですむ事なのよ。今すぐにここを出て行くか、追い出すか」

赤い瞳は真っ直ぐにリヴィアを見つめてさも楽しげに細められた。威圧感の滲み出たその表情にリヴィアは何も返す言葉が見つからなかった。

「あなたもいい年齢ですからどうでしょう?そろそろここを出ていって貰ってもいいのよ」

いいえ、なんて有無はなかった。明らかにここにいて欲しくない、と言うのが明白だった。

「……わかりました…」

「あら、私ひどい事言ってしまったかしら」

白々しい言葉を並べるシルティーにリヴィアはただ小さくはい、とだけ述べて腰につけていた布を取りテーブルに静かに置いた。

そこには今までこの厨房を使わせてくれた感謝を込めたリヴィアの言葉無き感謝の礼儀だった。

「叔母様、今まで私を育ててくださってありがとうございました」

「あら、ディアン様が追い出さないですんだわね。どこへでも行ってちょうだい」

リヴィアは悲しかった。

それはこの人に憎しみを抱いたわけでも無くただ感謝している人との別れがこんなあっさりしている事がリヴィアにとって悲しかった。

今までどれだけ罵声を言われてきたかは数えられないが自然とシルティーに対する憎しみは湧いてこなかった。苦しい事もあったし悲しい事もあったが自分に食事や住む場所を提供してくれたのはシルティーであった。そう考えれば自然と感謝しか湧いてこなかった。

「ここも…長く使ったわね」

埃が落ちてない程までに綺麗にされた馬小屋。ここで何度寝て暮らした事だろうか。ディアンには毎朝ここで寝てはいけないと言われていたがシルティーからリヴィアに対する部屋は与えられていなかった。その事をディアンは知らなかったのだ。

寒い冬はここにいる優しい馬達が暖をとってくれる。辛いなんて思った事は一度もなかった。それ以上に動物達の愛情を感じれた事を知れたという点ではシルティーに感謝している。

「またどこかで…会いましょうね」

どこか悲しそうな瞳で見つめる馬達を余所に彼女は少ない自分の荷物を手持ちの袋に詰めた。

今まで己が寝ていたところに綺麗に皺無く畳まれた布を置いた。出て行く間際に彼女は馬達一頭一頭の頭に口付けてその場を後にした。

「…これからどうしましょうか…」

取り敢えず、食料の調達をする為に街に出ては見たものの行く当てなどなく。いつも通っていた果物売りの店主に聞いて見るも申し訳なさそうにわからねえな、とだけ言われてしまった。それから何度も色々な人々に聞いて見るも誰も宿を提供してくれる者などいなかった。

それもそうだった。

小さな街と言う事もあり貴族産まれのシルティーの言う事の方が絶対なのだ。姪っ子のリヴィアだとしても匿った事がシルティーに知られてしまえば何をされるかわからない。

それを街の住人達は恐れていた。

その事を知らずにリヴィアは手当たり次第に声を掛けていた。

「…仕方ないわね…今日は野宿をしましょう」

出てきた時はまだ朝だったはずがいつの間にかもう夕刻の時間に陽は傾いていた。

どれほどの時間歩いたかわからない程までにリヴィアは疲れていた。街の外れの人々にも声を掛けて見たもののシルティーの姪だという事を知られていたリヴィアを恐れて誰も彼女も言葉に耳を傾けてはくれなかった。

そんな事も知らずリヴィアは人々に声を掛け続けていた。

気付いた時には街からかなり離れた森近くまで来てしまっていた。周りは木々が覆い茂りフクロウの鳴く声が聞こえてくる。

「どうか、一晩だけここに泊まらせて下さい…」

リヴィアは森の入口らしき所の地面に膝をついた。深く頭を下げて祈りを捧げた。

それを聞き入れたかのように柔らかい微風が吹いた。

ここは街の住人はあまり近付く事が無く動物達もひっそりと暮らしている少し不思議な奇妙な森だと言う事を街から出た事のなかったリヴィアは知らなかった。

ここが誰の土地であり縄張りであるという事が。

「ここなら寝れそうね」

大きな大木の下にぽっかりと空いた穴は他の動物達の寝床ではなさそうだ。

そこに荷物を仕舞い込みその中に入った。小柄なリヴィアの身体でも座る事ができる程の大きな穴は幅もあり中々に寝泊まり出来る空間だった。

荷物を枕代わりに敷きしまい込んでいた黒のローブを袋から取り出した。

すると、外からカサカサ、と何かが蠢く音が聞こえリヴィアは身体を強ばらせた。足元に落ちていた小枝を手に持ち外に向ける。火も無ければ暗い陽の沈んでしまった外は真っ暗闇で何も見えない。軽く上下に振り何かを追い払う仕草をしてふと、考えた。

「でも…動物だったらどうしましょう…もしこの枝が当たってしまったらきっと怪我をしてしまうわ」

持っていた小枝を地面に置き彼女は勇気を振り絞って穴の外にゆっくりと手を伸ばした。

生暖かい空気が掌に伝わってくるだけで空を切るだけだった。

すると、ふわりとした柔らかい感触が掌に伝わってきた。

「あら…あなたは…」

小さな子兎だった。

いや、子兎だと思っていた。

月明かりで少し見えた長い耳に彼女は兎だと認識したのだ。

親と逸れてしまったのだろうか。ふるふると小さな身体を震わせて怯えたようにリヴィアを見つめていた。

身体が冷えてしまう、とリヴィアは咄嗟に子兎の身体を両手で掬い上げて自分の膝に座らせた。柔らかい身体をふわふわと撫でながら彼女はうとうとと意識が薄れていった。

歩き疲れた事と慌ただしい日であった事も重なり疲労がずっしりと身体にきたのだろう。

瞳をゆっくりと閉じながら子兎を撫でる手も止まり始める。

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