〜2016年9月17日夜〜
――さすがにこう毎日この夢を見ていると慣れてくるな。
俺はもう何度めか分からないが、部屋の世界に来ていた。
「今日のはいつもと違ってスタート地点が違うんだな」
どうやら今日は普段の部屋とは違う位置からスタートするらしい。
俺は何度も現実とこの世界を行き来するうちに、この世界に来るのをある種のゲームだと思うようになった。
――そう、これはゲームなんだ。謎の黒い本を探し当てて、見つけたら帰ることができるゲームなんだ。
そして、俺は最初に見つけた散らかり放題の部屋を大人の部屋、小奇麗だが殺風景な部屋を小学生の部屋、と名付けることにした。
その部屋は、散らかり方は普通だった。本棚には高校生向けの教科書や参考書があり、漫画本もちらほらある。
――この部屋の持ち主は高校生だろう。ならばこの部屋は高校生の部屋、とでも呼ぼうか。
「それにしても、この部屋は妙に見たことがあるというか…」
俺は気付いた。見たことがあるどころではない。
その部屋は紛れもなく俺の部屋だった。
毎日俺が寝て起きている自分の部屋だった。
――何で俺の部屋がここに…
そして、俺は自分の部屋にもある日めくりカレンダーの日付を見てびっくりした。
2010年9月18日
「六年前の今日……」
つまりこの部屋は六年前の俺の部屋だったことが分かる。だが、俺の六年前はまだ小学生だ。しかし、本棚にある蔵書は高校生向けの教科書・参考書ばかりだし、さっきも言ったようにここはどう見ても俺の部屋なのに日付けが六年前というのは明らかにおかしい。
俺が日めくりカレンダーから目をそらすと、俺の部屋の隅になにやら黒い塊があるのを見つける。
――く、黒!?
近づいてみると、その物体はどうやら机のようだった。そしてまさに今俺の部屋にある机と同じものであった。
しかし、その机は真っ黒に染め上げられている。明らかに異様な雰囲気だ。そして近づいてみるとその机が黒い原因が分かった。
その机には、文字が書かれていたのである。それも同じ文字が延々と。
根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す根津明夫殺す
これがひたすら机の上に書かれていたのである。
根津明夫とは、一体誰だろう。この部屋の持ち主がこの根津明夫氏をかなり憎んでいるのは分かる。
俺はこの部屋についてあるひとつの仮説を立てた。つまり、この部屋は俺の部屋と非常によく似ているが、全く別の人が所有している部屋だ、ということである。
俺の部屋の机はこんな不気味な落書きはないし、日めくりカレンダーが六年前になっているのもおかしい。ならば、単純にこの部屋は俺の部屋とは全く別の部屋だ、ということになる。
しかし、いつまでこの他人の部屋ツアーを続けなくてはならないのだろう。プライバシー侵害で訴えられやしないだろうか。
「そういや、あの黒い本はどこだろう」
色々と出来事が多く忘れかけていたが、俺の目的はあくまでも黒い本の回収である。それさえ手に入ればこんな不気味な部屋に用はない。
黒い本はすぐに見つかった。本棚の教科書類と一緒に置かれていたが、存在感ですぐに見つけられた。
あとは、この本の中身を読んで眩暈が来れば成功。このゲームは終わりである。
――早く現実に戻りたい。
いつものように黒い本をめくる。
めくってみたが、中身は文字の羅列でもなく日記でもなかった。ただ延々と白紙のページが続いているだけである。最後のページを見ると、何やら走り書きで住所が書かれていた。
○○県××市△△区▽▽町○―○―○
そして、俺は異変に気付く。
眩暈が来ない。
それはつまり、黒い本を読んでも元の世界に帰れない、ということである。
――――――落ち着け。落ち着け俺。
パニックになりそうな頭を沈め、冷静になる。
「俺は確かにクリア条件の黒い本を入手して、それを全部読んだ、しかし俺は帰れない、か」
状況は最悪である。外に出られない。
外に出る?
――そういえば以前小学生の部屋に初めて入った時も似た状況だったはず。
あの時は、黒い本が大人の部屋になくて代わりに小学生の部屋に黒い本があった、ということだった。もしかしたら・・・・・・
俺は部屋のドアを開ける。案の定、ドアの取っ手が回るのを見て俺は一安心した。取っ手を回してドアを開ける。そこにあったのは・・・・・・
暗闇だった。何も見えない、聞こえない。
いや、聞こえはした。暗闇の中でも確かに聞こえる。それは人の息遣いのようだった。二人の人間が、近くにいる。
しかし、その声は壁越しに聞こえているかのようにくぐもっていた。いや、確かに壁越しから聞こえるのだ。
よく聞くと、その声は男女の声のようだった。
そして、何も見えないわけではなかった。暗闇に目が慣れてくると、俺の目の前にはガラスがあったのである。そして、そのガラス越しからぼんやりとだが、目の前で何が起きているのか、男女の声が何を意味しているのかが分かった。
ガラス越しに、二人の男女が性交している。
暗くて顔は見えないが、その男女は間違いなく睦言をしていたのである。
次の瞬間、猛烈な頭痛が俺を襲った。それは、頭骸骨の中からガリガリとえぐり取るような、そんな痛みだった。
「う・・・・・・あ・・・・・・」
立っていられなかった。俺はうずくまるような姿勢になって頭を抱える。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
――殺してくれ。
いつもの眩暈じゃないのか。何だこれは。
意識が朦朧としてくる。
そして俺は、意識を失った。