〜2016年9月17日朝〜
睡眠。これほどまでに自由な時間があるだろうか。大統領であれ、宇宙飛行士であれ、野球選手であれ、睡眠は誰にでも訪れるものである。その時間は誰しもが、何というか、救われていなくてはならないのである。誰も睡眠という行為を妨害してはならない。それは物事の摂理に反する行為である。
「起きて!起きなさい!」
何か聞こえるが、俺は無視した。
「早く起きて!起きろ!」
途端に、俺の身体が宙に浮いた。気付くと俺は床に倒れた形で女の子に組み伏せられていた。
――あれ?何かが変だぞ。
「・・・・・・なぁ、何か今日の起こし方っていつもと違くないか?」
「え?何が?」
組み伏せられながらも俺の愛する幼馴染に話しかける。
「いや、何というかいつもと違うなって感じが・・・・・・」自分で言っててよく分からなくなってきた。
「いつもと同じく絶好調よ!」ユリエはピースサインを俺に向ける。
「いや、何というかもっと棒状の物による襲撃を求めていたというか……」
いや待て。確かにユリエの言う通りだ。ユリエは勉強もできて柔道の全国大会にも出る文武両道少女だったはずだ。それで、いいんだよな。
「まぁ、いいや。起こしてくれたのは感謝する」
これで早く文化祭の作業に戻れるからな。しかし、俺はふと気になることがあってユリエに聞く。
「でも、お前今日試合じゃなかったっけ?こんな時間までのんびりしていていいのかよ?」
「試合?」ユリエは何のことか、という顔を浮かべる。
「試合なら先週終わったでしょ?言わなかったっけ?これからしばらくそっちに顔を出せるから、今こうしてあんたを起こしに来てるんじゃない!」
「……あ、あぁ、そうだったな」
確かにこの前ユリエは試合が終わったからしばらくはそっちに顔を出せそう、と言っていたし、文化祭に向けて一番動いてくれていたはずだ。
俺は、何となく違和感を感じつつも寝ぼけているだけだろうと思い朝食を食べにキッチンに行く。
レイコはいなかった。普段なら朝起きたらすでに卵焼きと牛乳が食卓に並んでいるはずなのにそれもない。
「母さん?どこ?」呼びかけても返事はなしだ。
「おばさんなら今日も仕事よ?」ユリエが代わりに答える。
「えっでも母さんは専業主婦だったはずじゃ…」
「何言ってんのよ。あんたの家が共働きだから、私が毎朝ご飯を作ってあげてるんじゃない」ユリエは言う。
最早何も考えるまい。今朝は寝ぼけているだけなのだ。
俺は幼馴染の手料理を食べると学校に向かった。
「文化祭までもう少しだにゃ」
ネコミは眼鏡をかけて真面目モードである。
「みんな、気合入れていくにゃ!」
「カオリ先輩は遅刻?」ユリエは言った。
「ねえねえは少し寝たらいく、と言っていたにゃ」
「仕方ないわね。今は休ませてあげなきゃだし」
「え、でもあの人のことだし大方ネトゲで夜更かししてただけじゃね?」
ユリエは信じられない、という顔で俺を睨む。
「・・・・・・あの人はそんなことする人じゃないわよ」
「えっ」
「今の発言はさすがのにいにいでも許せないのにゃ。ねえねえはネコミ達のために遅くまで作業してくれたのにゃ」ネコミは憤る。
またしても、違和感。何が起こっているのだろうか。
「ごめーん遅くなっちった!早く会議始めよ!」
俺は遅れてやってきたカオリ先輩に問いただしてみた。
「私?私はネトゲはあんまりだなぁ。レトロゲー専門だし」
ネトゲはやらないらしい。加えて、カオリ先輩は非常にまじめな性格でこれまで授業は一度も休まなかったそうだ。
そして、このカオリ先輩の証言が正しいことは俺の記憶が証明していた。
――いや、でも俺の知るカオリ先輩はネトゲ廃人で授業は数えるほどしか行かないが謎のハイスペックでやたら成績がいい人だったような…
この感覚。まるで二つの現実が俺の中で同時に存在する感じ。どちらが正しくどちらが間違っているのだろうか。
「それじゃあ今日の会議を始めるのにゃ」ネコミのそんな一言で俺は現実に引き戻された。
そうだ。今はとにかく目の前のことに集中しないと。文化祭までほとんど日もない。
「そういえば、今回の企画だけどネコミのアニメクリップの出来がいいから、それを使ってメンバーでアレンジしていく形になったよ」ひとまず先に帰ってしまったネコミに昨日の決定事項を伝える。
「何の話をしているのにゃ?」ネコミは首をかしげていた。
同じく、アニ研部員のほとんどが怪訝な表情で俺を見つめる。
――アニ研?どこだそこは?ウチはミステリー研究会、通称ミス研だったはず……
「とりあえずカオリさんのおかげで編集作業は何とか間に合いそうです。後は各メンバーの執筆の進捗次第ですが……」ユリエが仕切り直す。
そう、俺達ミス研は文化祭でメンバー全員の合同誌を販売する予定だったはずだ。というか、メンバーでアニオタなんていなかったはず、というか俺もアニメは興味なんてないはずだ。
――なら、さっきの俺は一体何なんだ。
俺の中に俺以外の何かがいる感じ。俺の土曜は終始そんな違和感のみで終わったのであった。