〜2016年9月14日夕方〜
三話目投稿。
日も暮れかけてきた頃、俺は部室でカオリ先輩と別れた。放課後すぐの場合は全メンバーがいるが、この時間になるとさすがに残る人間は大分いなくなる。
ネコミは日が暮れる前には家に帰る。7時には寝てしまうらしいので、早く帰らなくてはならないらしい。完全に子供である。何度も言うが、ネコミはメンバーで最年長である。
ユリエは普段は遅くまでいるが、今は剣道の練習試合が近いので遅くまで練習するらしい。何だかんだで真面目な奴なのである。
カオリ先輩はユリエとは逆に普段はしばらく滞在してからすぐ帰るが、今日はいつものパーティーメンバーがこの時間にいないということなので遅くまで部室に残っていた。
「結構遅くなっちまったな」
母には少し遅くなる、と伝えてはいたがそれでも日が完全に暮れるまでには帰りたいところである。
学校前の川沿いを抜け、住宅地に入る。普段は大通りから帰るのだが、住宅地から行くと少し近道になるのである。住宅地は少し暗く、不気味な様子だった。
ふと、俺は狭い路地に出た。
そこは太陽の光が特に届かない場所にあるからなのか、薄暗い住宅地の中でも特に暗く、不気味な雰囲気があった。
さすがの俺も、少し早足で歩いた。もしかしたら何かこの辺りに嫌なものを感じたからかもしれない。
角を曲がるとちょっと先の道路脇に謎の黒い塊が落ちているのが目に入る。大きさは遠くからでも目に入るくらいなのでそこそこの大きさだろう。
俺は嫌な予感がした。俺の中で一刻も早く回れ右をして別の道から家に帰らなきゃいけない、これ以上近づいてはいけない、と囁く声が聞こえる。
しかし、俺は歩みをやめなかった。どうせ大したものではないだろう、無視して通り過ぎれば大丈夫だ、と俺は自分にそう言い聞かせる。
近づくと、その黒い塊はどうやら二つの物が折り重なっているものらしい。
ほとんど触れる位置にまで来てみると、黒い塊はどうやらススが大量についた黒焦げの何かであることが分かる。大きさは2mはいかないだろう。ちょうど人間の身長と同じくらいの……
俺は何を考えているのだろう。そんなわけがない。ここは住宅地のど真ん中だぞ。
俺は、自分でも何を思ったか分からなかったが、その黒い塊を調べるために手で触れてみた。そして、塊から伸びているものを見て、驚愕した。
それは人間の手であった。指が何本か欠損しているが、その形状は見間違えようもない。間違いなく俺にもくっついている、あの人間の手だった。
俺の嫌な予感は的中した。紛うことなき人間の死体、圧倒的現実。それが俺の目の前にあった。
「……!」
俺の中に何かが込み上げてくる。止める間もなく、俺は嘔吐した。
死体。生の死体。それが俺の目の前にある。こんな住宅地で。信じられない。誰かが置いたのか?一体誰が?何のために?
頭の中で、いくつもの疑問形が現れては消える。しかし、そのどれもが解決されることはなく、俺は目の前の現実にただ狼狽することしかできなかった。
――とにかく警察に連絡しなくては。
落ち着きを取り戻した俺は、顔を上げてさらに混乱した。
死体が消えている。
俺の目の前で圧倒的存在感を放っていた死体は、俺の前で綺麗さっぱり消えていた。まるで霧になって消えてしまったかのようだ。
死体が、消えた?一体どうして?誰かが持ち去ったのか?でもこんな短時間で?それに何で?
また俺の中でいくつもの疑問形が出ては消えていく。何が起きているのかさっぱり分からない。
予想以上の現実感に、俺は戸惑っていた。
気付くと、俺は走っていた。何かから逃げ出すように。何か、が何なのかは俺にも分からない。それでも、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだった。
そうだ。どうせ誰がどこで死のうが、どこに死体が落ちていようが、俺には関係ない。
その日の夜、俺は夕飯も食べずに部屋にこもっていた。
母のレイコは心配してくれたようだが、あくまでも俺の意志を尊重し、深くは追及せずに夕飯は俺の部屋に置いてくれた。
レイコは俺の自慢の母である。おっとりとした外見に違わぬ非常におっとりとした性格であり、適度に俺の意志を尊重してくれる大人しい母である。しかしいざという時はなかなか頼りになるから侮れない。
死体を見つけたことで、俺は第一発見者として疑われるかもしれない。警察に捕まって冤罪で死刑になるかもしれない。実際そんなことはないし、俺には関係ないことなのに、そんな最悪な想像が俺の頭を駆け巡る。
そもそもなぜ俺の目の前で死体が消えたのだろうか。一体あれは何だったんだろう。
ふと、今日のユリエの言葉が俺の頭をよぎる。
――要はただの夢でしょ。
そうだ、夢だ。これほど便利な言葉があるだろうか。しかし、この現象の説明にはもっとも単純明快かつ的確だった。
第一、現実に普通の住宅地に死体が落ちているなんて常識的にありえない。あの死体は恐らく焼死体だろうが、あの住宅地には火事どころかボヤ一つもなかった。その死体が唐突に消えるというのも意味が分からない。
しかし、あの現象が全て夢ということなら全て説明付けられる。黒焦げの焼死体なんて元々ない。元々ないから、別に消えても不自然じゃない。
俺はそう自分で結論付けた。すると、人体とは不思議なものである。夕方の出来事以来、食欲なんて微塵も感じなかったのに、あっという間に腹が減った。
俺は母の夕食を一人寂しく食べながら、しかし心は平穏そのものであった。
――もう何も怖くない。今日見たものは夢だったんだ。そうに決まっている。
俺は自分にそう言い聞かせ、寝ることにした。
三話分投稿完了です。
今回「俺」が死体を見つけるイベントはこの話でもかなり重要な場面なのでしっかり覚えておいて下さいね。