とある鴉の進む物語(男視点)
人魚が向かった先は浜辺から少し離れた街であった。しかし、街が本来の目的地ではなく、その奥にある王城にあった。ヒュースマン王国、人魚の目的は何を隠そう、そこに住む王女に用がった。けれど、そう簡単に人魚が王女に追う事など到底叶う訳でもなく。門前払いを受けた人魚。悩み、決断したのは畏れ多くも王城内に侵入する事であった。海に住んでいた者とは思えないほど巧みに木に登り、人魚は難なく王城内へ入って行きました。王城内は緑に囲まれたまさに海とは大違いの世界。サワサワと風に吹かれ波に漂うように揺れる木々の音に、人魚はそっと嬉しそうに笑っていると、そこに一人の女の子が現れました。その子がそう、人魚が探していた王女であったのです。王女は黒髪をそよ風に靡かせ、木々を見つめていました。その時、王女が人魚がいる木を見つめ、目を丸くします。それに気付いた人魚は慌てて口元に人差し指を当てて申し立てると、王女はすぐに頷き、そして可笑しそうに笑いました。王女の様子に不思議に思った人魚は、一人首を傾げていると王女が口を開きます。
「あなた、だぁれ?」
鈴のような可憐なその声の呼び掛けに、人魚は目を見張った。
「覚えていないのかい?」
そう聞き返せば、王女は目を丸くして、すぐに悲しそうな顔をしました。
「……そう、あなたは”前の私”を覚えている人なのですね。
ごめんなさい」
そう一区切りを付けるも、すぐに王女は口を開き話し始めました。聞けば王女は、船の事故が影響で記憶喪失になってしまったようなのです。そして今いるヒューストン王国には療養でいることも、近々、本国にも戻らなくてはならない事も話してくれました。そのことに人魚は勿論驚きましたが、もっとも驚いたのは、全く別の事だったのです。
(記憶が無いだけで、俺への対応がこんなに違うのか)と、人魚は内心感心していたのです。悲しく泣きだす王女に人魚は木から降りると、そっと頬を包み込み涙をそっと拭ってあげました。すると王女は、人魚を見つめ、静かに笑うのです。その姿に人魚は不思議と胸が高鳴ったのです。ドキドキ、トクトク。不思議な鼓動の音に、人魚は思わず自分の胸に触れ、王女を見つめていました。
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」
「ああ、そうでしたね」
「お聞かせいただけませんか?」
「いや、名乗る程でもない。
俺はしがない君の王国の一人さ」
「まあ!」
王女は嬉しさのあまり手を叩いて喜んだ。そんな王女の姿に人魚は年相応だと感じ思わず笑ってしまう。しかし、王女は気にする事はなく、人魚の話に耳を傾けていた。
「君がこの王国に居ると聞きつけて、来てしまったのさ。
それになにより、俺の目的もある」
「目的ですか?」
「……ああ、俺は君と会う為とその目的の為に此処に来たのさ」
「聞いてもよろしくて?」
恐る恐る聞いて来る王女だったが、人魚は苦笑を浮かべ静かに首を横へ振った。
「申し訳ない。
コレは、誰にも知られてはいけないんだ。
王女様でも、教えるわけにはいけない」
「そうでしたか。
無理を言って、ごめんなさい」
「良いのさ。
……さあ、俺は行くよ」
「行ってしまうのですか?」
「ああ、名残惜しいけどね。
それに近々、君も本国に帰るんだろう?」
「ええ、明後日の本国便で」
「なら、その時にまた会えるよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「なら、お待ちしています」
二人はそう交わして、別れました。王女は再び王城内へ。人魚は王城の外へ。それぞれの道を歩く中、人魚はポツリと呟きます。
「これは一体、どういうことだ?」
そんな呟きなど知らない王女は一人、舞い戻った王城内部で先ほどの人魚を思いました。
(やはり、何処かで見覚えが……ある? でも、いったい何処で?)




