とある鴉の逃亡(男視点)
そして400年、意外に経ってしまうとなんと短い月日だったであろうか。もっと長い日にちを指定すれば良かったと俺は心底思ったほどだ。しかし提示したのは俺である。これは仕方が無い。それに破れば親族が一喜一憂となって俺を捕まえる為に全力を尽くすだろう。そしたら最後である。まったく面倒である。
しかしここで俺はふと思った。俺の(面倒だけど)結婚相手はいったい……? そこで登場してくるのは親族の間で産まれた女性群である。なかなかで可愛い見た目の子はいたが、数が多過ぎる。いったい誰であろうか。悶々とする思考の中、俺はそこで思い出したくも無い思い出が甦った。
それは親族の中でも面倒中の面倒の女であった。やたらと顔だの金だの言う本当に面倒な奴だ。しかも嫉妬深くて仲間内でもやや嫌われていた奴だ。しかし権力やらが強い為に取り捲きが多かったのを覚えている。そして最後、その女は俺を空いていた奴の一人だ。
なんと面倒なことだ。きっと(いや、多分だが)かなり高い確率であの女であろう。男どもの中でもあの女は不人気だった。誰もが結婚をしたくない、と口を零していた。ならばあぶれ者同士となるだろう。
「ああ、くそ!
何と言う事だ!!」
俺は頭を抱えた。自慢の髪をグシャグシャにして呆然と空を飛びさる。気付けばどんどんと近づく懐かしの我が家。いや、行きたくない! 断固として帰りたくない!!
俺は思わず回れ右っと動いていた。するとどうだろうか。何故か俺の周囲を親族が鋭い眼光で固めていた。くそ、図られた!!
「あらぁ?」
なんとも間延びした可愛気の「か」の字ひとつ無い声が俺に語りかけてきた。思わず口元が引きつる。見ると400年前では小さかったあの女が手足伸ばして短い髪も長くして突っ立っていた。しかも目の前に。まったく帰って早々厄日かと思う。
「お久しぶりですね。
私の事、憶えていらして?」
小首を傾げて訊ねてくる。俺は薄っぺらな笑顔で対峙してやった。
「ええ、憶えていますよ」
「あらぁ、嬉しい旦那様」
そう女の口から直に言われ俺は全ての歯車が合致した。そしてあの頃の自分を恨んだ。しかし過ぎてしまった事に対してくよくよしないことにしている俺はとりあえず現状打破を模索していた。けれど考えてもいい案は一つも出てこなかった。そして俺は気付けば手短に居た親族にお縄を頂戴されていたのである。なんと手際が良いのだろうか?
そして帰り道。ああ、一歩一歩地獄へのカウントダウンが始まる、そう思ったその時である。空に閃光が走ったのである。下を見れば銃を持った人間が居た。しかし人間は俺たちの方は一切見ていない。どうやら何かに合図を送る為に空に打ち上げた様子。俺たちの間にホッと安堵の空気が流れる。
「まったく、人間は下品でガサツだわ。
アレが地上を制しているだなんて…………」
そう愚痴ったのは何を隠そう女である。しかし、この女より人間の方が遥かに面白いだろう。世間を見てきた俺の意見だが。狭い空間の狭い知識など息が詰まる。
ああ、俺はこれから地獄の生活か。ならばいっそ死にたい。俺の脳はもはや縁起でもない事を思い始める始末だ。それがいけなかったのだろうか。再び夜空に閃光が走る。しかもそれが俺を打ちぬくではないか。初めは俺を縛る縄。これはしめたと思ったのに次の瞬間、俺の腕に言葉に出来ない痛みが襲う。そして襲い来る痛みに何も出来ず、俺は意識を手放し落ちていった。女特有の甲高い耳障りな五月蠅い声が響いたが俺の知った事では無い。しかしコレは本当に好機だ。俺は死ねる。あんな女のために子を宿さずに済む。
ああ、なんと幸せだろうか。
……けれどそんな思いも虚しく、俺の願望は砂のようなサラサラと消えていった。