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大鴉の恩返しは傍迷惑  作者: noll
日常編
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青年の正体

 さて、この世でいったい誰が最初に鴉は頭が良いと述べたのであろう。正直に名乗りを上げて欲しい。と言いたいのだが、今はそんな説教じみた事をやっている場合では無い。けれど、どうして、いやなぜ鴉というのは頭がいいのだろうか。むしろ馬鹿だったらどんなに良かったのだろうか。わたしはそう思いながら、目の前の男に冷たい目線を送り続けた。

 突如現れた男は、登場して早々にどこか本で見た様な夢物語を口ずさみ始めた。きっと精神的に参っている人なのだと思う。わたしは淡々と演説するように話す男を静かに見つめ、玄関で寒空の下ただ只管、男の話に耳を傾けていた。


「生まれて数えて400年の節目とも云えるこの歳、俺はあの怪我を負い瀕死の状態になってしまった!

同胞は皆、自分の巣穴へと舞い戻り一人寂しく風前の灯だと感じていた。

だが、そんな時だ!!」


 ほとんど聞き流していた状態だったが、気付けば男の話はさらにヒートアップしていたようである。背後には業火よりも面倒くさそうな炎がゴウゴウと音を立てて燃えていた。わたしは脳裏にソファに投げた本の事を思い出し、あの作品に対する


「君のような天使に出会った!!」


(……ん?)


「君は見返りを気にすることなく、むしろ毛嫌う我々鴉に対し不慣れだが愛情籠った治療をしてくれた!

そこで、俺は気付いたんだ!!」


(え、え、ちょっと待って……、愛情? なにそれ?)むしろ恨み辛みの念が籠った荒療治だったのだが、それがなぜか知らないが男の中で愛情に変化していた。もしかしたらこの男は危ない分類なのかもしれない。そう思うと先ほどとはまた違う恐怖が襲い来る。

 しかも聞いていけば、なにやら方向が嫌な方向へとどんどん進んでいるように感じた。いや、感じるのではない。進んでいるのだ。わたしがこれ以上の発言を止めようと乗りだすそんな時である。まだ冷たい春風がわたしと男を通りぬけるように襲ってきた。その風を浴び、思わず口から飛び出たのか小さなクシャミ。これが切っ掛けとなり、男はハッとして喋ることを止めたのである。しめた、なんたる好機。


「ああ、申し訳ない。

君のようなか弱い子供を寒空に立たせるのは如何なものだったね。

中に入ろう」


 男がそう言い扉に手を伸ばそうとしたので、わたしは慌てて引っ掴んで行く手を阻む。わたしは取ってつけた様な薄っぺらい愛想笑いを見せ、男に帰るよう勧めた。


「ええ、そうします。

ですので貴方もお帰りになった方がいいです」


 わたしは即座にそう言えば、男の目はキョトンと丸くなる。まるで鳩が豆鉄砲を喰らった様な拍子抜けした顔。男はわたしの発言にゆっくりと笑みを向けると、カラカラ空き缶のような声で笑った。


「いや、君の御両親と話がしたい。

上がらせてもらうよ?」


「は?」


 今度はわたしが豆鉄砲を喰らう番であった。先ほどこの男は何と言ったのだろうか? 家にあがる? そんな事してはさらに面倒な事が起きる事この上に無い! 目に見える未来!! なんとかしてこの場から立ち去ってもらいたい、と意思表示をして見せても男はどこ吹く風である。怒りの灯に火が今にも烈火のごとくなろうとした時だ。この時ほどわたしは、心の底から神という存在を崇めた。

 ああ、神はわたしを見捨ててはいなかった!!

 男が何食わぬ顔で悠々と上がり込もうとわたしのやや乱暴に振り払い、扉を開けた。すると家の中から人間とは違う声が聞こえ姿を現したのである。その姿、その声を目に耳にした男はまるで石のように体を硬直させると顔を真っ青に染め上げた。そして錆び付いた人形のようにギギギと音を出しながらわたしを見てきた。わたしはその姿を鼻で笑いながら首を傾げた。


「可愛いでしょう、家の”まんじゅう”です」


「猫だろう?!」


 男は有らん限りの声を上げて抗議する。しかし憮然とした態度でわたしは男を見やる。男が言う猫とわたしが言うまんじゅう。どちらも同じ生き物を指す。つまり言う所、わたしの家で飼っている家猫だ。まんじゅうはわたしを見上げ老婆のようなしゃがれた声で鳴きます。よくアニメとかで聞くあの可愛らしい「ニャー」という鳴き声を一度も聞いた事が無い。きっとあれは何処かの誰かの妄想の産物なのだと思う。ここでまた一つ、わたしの小さな夢は壊れて消える。


「いえ?

”まんじゅう”です」


 わたしはいつの間にか近づいて、足元にすり寄るまんじゅうを抱き上げた。するとまんじゅうは抱き上げ方に問題があったのかすぐに抗議の声を上げた。これには思わずわたしも顔が歪ませてまんじゅうを睨みつけた。そんなまんじゅうとやり取りをやっていると男が急にオドオドとした態度に一転した。先ほどまでの威勢などどこへ消えたのか? わたしは疑問に思ったが直ぐにその答えは出てきた。

 忘れていた。この男は自称「鴉」であった。

(本当か?)疑惑の目を向けるも、そんなわたしのことよりもまんじゅうであった。男はまんじゅうを見つめ青い顔をし、ビクビクと震えている。そしてまんじゅうも目をランランと輝かせ鼻を舐める。その行動を見るやいなや男は即座に身を翻し駆けだした。


「また会いにくるよ!」


 そう言い残し、男は消えていった。まるで台風のような奴であった。わたしはホゥと息を吐くと、腕の中に居る温かな存在、まんじゅうを見た。まんじゅうは先ほどまでのランランとした輝きを沈め、まどろんだ顔を浮かべていた。そして一声。


「まさか、報酬に餌を所望か?」


 そう言えばまた一声。わたしは肩を落とした。


「残念だったな。

母さんが帰ってこない限りはわたしもお前も飯抜きだ!」


 まんじゅうの抗議の声など右から左へと聞き流し、わたしは厄介事の報酬として嫌がるまで構い倒してやろうと一人目論んだ。

 猫とはいいものである。丸いし可愛い。それになによりこの長い尻尾が大好きだ。

 わたしは笑みを浮かべながら、男が開け放った扉の中へと入り込んだ。しっかり鍵をつけた事を見届け、リビングを目指す。


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