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大鴉の恩返しは傍迷惑  作者: noll
日常編
2/84

読書

 全ては一羽を大鴉を救ったのが間違いだったのである。そう気付いたのは、母方の実家を後にし、本来の家に帰って来た翌日の事である。いつものように郵便物を取りに玄関を出た。玄関近くに設置されてあるポスト目指して歩いていくと、何故か家の前の道路がゴミで荒らされているのが目に入り、わたしは驚愕した。

 一体誰がこんなことを! 一体誰がッッ!! わたしは寝ぼけていた思考が一気に切り替わるのを瞬時に理解するやいなや、思い当たる犯人を想像して見せた。ここで登場するのが最近ここいら周辺で現れる寝ぼけ爺さんである。その爺さんは朝方現れると、寝ぼけた頭で周囲のゴミを撒き散らすなんとも傍迷惑な爺さんなのである。けれど目覚めれば撒き散らしたゴミは本人が責任もって片す、ということから御近所の人間には黙認というかなんというか、警察に言うのも面倒なのもあるのであろう。その為、この事実を知っているのは御近所中である。

 さて、話を戻そう。このゴミである。仮にこのゴミを撒き散らしたのがあの寝ぼけ爺さんだとしよう。だが、今の時間は午前七時である。そもそも寝ぼけ爺さんの寝ぼけ時間は午前五時から午前六時までの間である。その間、徘徊とゴミ荒らしと撒き散らしをする。そして掃除をする。となればである、この現状は可笑しいのである。それは掃除がされてない事を指す。もしかしたら今回に限り広範囲でゴミを撒き散らし過ぎて掃除が追い付かないのであろうか? もしそうならば致し方ないであろう。そもそも認知症と診断されても頷ける年齢である。そう考えれば仕方が無いだろう。きっと寝ぼけ爺さんの家族が一致団結となり掃除に携わっていると考えていると良い家族愛ではないだろうか。

 ……けれど、この現状を見てしまえば見て見ぬふりは出来ないであろう。なんといっても自宅前の道路である。しかもこれから人はさらに増えるのである。下手をしたら御近所中にありもしない噂話をされたら笑うどころでは済まされない。そうとなれば掃除である。わたしは身を翻して、玄関へと舞い戻った。玄関に母が居たがわたしは声をかける暇など無い。玄関に立てかけてある箒と塵取りを引っ掴み、荒い音を立てわたしは道路へと足を向けた。

 道を出て見れば、そのゴミの数にどっと肩を落とした。しかしやるしかないと考え、わたしは静かに自分に気合を入れ、黙々と掃除をすることにした。すると先ほどのわたしの行動に何事だと母が小走りで駆けてやってきた。母は現状の姿に先ほどのわたしのように驚愕し、すぐにわたし同様に掃除を始めた。二人がかりでやる掃除は思いのほか直ぐに片がついた。

 わたしは安堵の息を吐き、ゴミ袋の封を閉じて母を見た。母は玄関先で見た時と違い、疲れた表情を浮かべていた。きっとわたしもそうなのであろう。わたしたち二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。


「さあ、朝ご飯にしましょう。

お父さんも待ってるわ」


 その言葉とともに、母は歩きだした。私も歩きだす。そして吸い込まれるようにして家の中に入れば温かな風と共に、父のなんとも気の抜けた朝の挨拶が耳に届き、わたしは笑った。

 母方とは違う質素な朝食とは打って変わった洋風の我が家の食卓風景。最近ではパンを主食に食べる母だが、実の所わたしは大のごはん派であった。しかし真実を言うと目に見えて落ち込む母の事である。一人沈んだままの飯など不味くて仕方が無いであろう。なのでわたしは自分の為、そして少しの気持ちで家族の為に真実を押し殺した。わたしは一人、この真実にたどり着く日がこないことを静かに祈る。

 さて、朝食が終れば父は仕事と言い、母は部屋の掃除や庭掃除だとブツブツとまるで念仏のように零しながらリビングから消えた。それを静かに見送ると私はソファに投げるように置いてあった一冊の古本を手に取った。

 著者は乳幼児かよほどの馬鹿でなければ大抵は知っているであろう「夏目漱石」であった。わたしはタイトルを見るも特に感じる事は無かったため、無言で表紙を捲った。鼻を掠めたのは埃の臭いと和紙の柔らかな匂いであった。

 ペラペラ捲る速度は一定である。時折読むたびに見慣れない単語が出てきた時だけ手が止まり、六年間の頑張りを称え父が買ってくれた電子辞書を片手に単語調べへと走らせた。それが続く事、三時間。

 母が遠くの方でわたしを呼ぶ声が聞こえた。わたしは意味の無い生返事を一声かけ、読み進めていた本から視線を外した。見るとリビングのドアは開けっぱで、母が顔を覗かせていた。


「どうしたの?」


 首を傾げて素直な疑問を投げかければ、母は呆れた様な落胆したような顔をわたしに向けた。


「まったく、この子ったら……。

いったい誰に似たのかしら?」


「さあ?」


 いきなり溜息を吐かれ、軽い暴言を吐かれる始末。全く持って遺憾である。しかし、良い子であるわたしは顔には出さずに燃えるだけの怒りを心で灯すとただ笑顔を取り繕って見せた。その姿を見るやいなや、母は話出した。すると何処かで聞いた事のある様な無い様な単語がポツポツと出来たのである。この事からわたしは直ぐに自分が聞き流していたのだ、と気付き馬鹿みたいに口を開けてしまった。

 こうなってくると怒りを通り越して申し訳なさでいっぱいの気持ちになった。しかし、過ぎた事である母はきっと菩薩のような広い心で許してくれると思う。きっと。

 ごめんなさい、許して下さい。


「これから買い物に行こうと思うんだけど、どうする?」


 そんなわたしの心の謝罪など知らない母は、笑顔を浮かべて財布を右手で掲げ、エコバックを左手で掲げて見せた。わたしはその言葉にやっと今が昼時なのだと気付かされた。確かに三時間も経過すれば昼間近の時間へと差しかかるだろう。そう思えば母の言葉にも納得がいく。しかし、わたしは三度の飯よりも本である文である。なので出てくる言葉は次のようになる。


「……本、買ってくれる?」


 すると決まって母は眉を寄せ首を振るので、それを見てわたしはいつも落胆する。本で口を覆い隠し溜息を零す。


「残念、今日はスーパーなの」


「じゃあ、行かない」


 申し訳なさそうに謝る姿はいつも決まっている。変らない姿勢にわたしは静かに見つめ母を見送った。


「はいはい。

そう言うと思った」


(ならば言わなければいいだろうに)心で悪態をつかせ、わたしはさっさと自分の世界へと旅立つ。遠くで母の溜息が聞こえた。しかしわたしは素知らぬ顔で読み進める。

 本へ向かう際、母が少し泣きそうな顔をしていた事をわたしは知らない。見ていない。本へ向かう時、決まりごとを言うように父は言った。


「お前は(俺の方の)祖母似だ」


 そして次に言うのも決まっている。


「俺も本は好きだぞ」


 それで除け者になるのは母になってしまう。こう言っては何だが母には文学という才は一つも無い。どちらかと言えば理系であろう。なので完璧文系派であるわたしとは元々そりが合わないのである。父は蝙蝠みたいな人間なのでどちらの枠にもいない。あるとするならば中間だろう。中立に居て周囲を見ている。蝙蝠はまさに二人の間を交互に行き来しては甘い汁を吸う嫌な奴だ。こう考えるとなんだか一番の悪は父にあるのでは? と思ってしまう。しかし考えの当たらない私の脳みそではこれ以上の考えは纏まらない。

 私は愛着のある栞を挟むと叩きつけるようにソファに投げ置いた。その時である。


《ピンポーン》


 家の呼び鈴が耳に入り込んだ。



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