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大鴉の恩返しは傍迷惑  作者: noll
日常編
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出会い


 わたしはこれから続く長く険しい人生の中で、此処まで面倒な出来事はきっと無いだろうと一人思った。

 わたしは未だ六年間に渡る長い勉学を終えたばかりの自由な我が身であった。その先には三年間と短くも長い学生生活が待っているのを感じ、しばしば頭を悩ませていた。というのも、わたしはほとほと勉学が嫌いだからである。唯一の楽しみといえば本であろう。本は良い物である。書物の中は凡人なわたしには持っていない不可思議な世界で一杯だからである。だからわたしの読む物は全てファンタジーの括りに入った。

 短くも長い春休み。わたしは親に手を引かれやって来たのは、あまり来ることの無い母方の実家であった。母の実家は農業を営むなかなかで広い土地を持つ家だった。だとしてもこのご時世である。「収入は悪い」と、着いて早々の我が子に口零していたのを耳にして溜息を吐いた。

 やはりここにも夢のような大富豪のような展開は無かった。小さなわたしにとって、夢は大切な物である。それが現実を見せられれば、ガラガラと崩れ去るのは目に見えた事実である。

 「現実とは悲しい」それが最近のわたしの口癖だった。

 ……そう言えば大抵の大人はギョッとし、なんだなんだと聞いてくる。それに応える事さえも億劫になったわたしは適当な相槌とさらに適当な数少ない言葉でのらりくらりと交わしたのであった。

 億劫になれば次は面倒と来る。

 わたしはとうとう溜めこんでいた鬱憤を晴らしに、親に一言二言告げると静かに母の実家を出た。歩けば道すがら、田圃に流れる水路が見えた。田植えの時期にはまだ早い為に、水は流れておらず、田圃にも水は張っていなかった。わたしは水の張った田圃が好きであった為に少し落胆した。流れる水路も好きだ。キラキラと太陽に反射されて輝く姿は宝石のように綺麗で、わたしにとっては小さな楽しみだった。

 そんな時だ、遠くの方でカアカアと鳴く声が聞こえた。言わずもがな、鴉の鳴き声である。わたしと鴉は長い因縁があった。それはわたしがまだ小さな頃、と言っても今より二、三歳若かった頃である。子供というのは大抵光モノが好きである。キラキラしていれば目が引かれ、憧れを抱く。そう、先ほどのような水路の話のように。そして子供は親を伝って強請るのである。

 まあ勿論、わたしもその子供の一人である。アレはお祭りの境内の出店であった小さな鍵のついたネックレスであった。勿論安物であり、金など一っつも入って無い代物。だが子供はそれを見て金のネックレスだと勘違いする。まあ、違っていたとしても鍵のネックレスというのは女の子なら憧れを抱くのである。何度でも言うがわたしもその一人である。

 さて、そんな鍵のネックレスを見つければどうするであろうか?

 勿論買うであろう。わたしも買った。キラキラして、首から下げて出店の明かりで光る姿はなんとも美しかったのを覚えている。

 しかし、そんな美しい物を持っていれば、狙われるのは必然であろう。鴉にとっては、の話である。人間ならばこのネックレスなど酷くどうでもいいであろう。出店で売っている品物である。最悪、駄菓子屋に行けば買えそうな物。だが、鴉はそれを知らない。だから厄介なのであろう。

 しかし、そうとは知らない二、三歳若いわたしはそれが目の前で悠然と奪われた時、一体どう思うだろうか?

 きっと死ぬほど恨めく思うであろう。今でもそう思っているのだから。別に今となってはネックレスなどどうでもいいのである。しかし、心の奥底に芽生えたあの恨みは忘れる事は無い。いや、出来る筈が無い。

 そんな事を切っ掛けに、わたしは鴉を毛嫌いしている。しかし、コレは一体どうなのだろうか?

 思わず鳴き声のする方へ首を傾けてしまえば、そこには一羽の大鴉がぶっ倒れているではないか。


「……え、なんで?」


 口を開けて呆けてしまう。なかなか見れない光景。もしかしたら田舎では良く見る光景なのだろうか? 地味に都会染みているわたしの街では鴉はただの目障りな生き物である。しかし、今はどうであろうか。目の前で倒れ、今にも死にそうな声でカアカア鳴く。思わず駆け寄ろうとした足をわたしは瞬時に止めた。

 いやいや待て自分。因縁深い鴉を助けて一体何の価値があるのだ。そもそも鴉は半ば害虫のような存在ではないか。ゴミは撒き散らし、田畑は荒らし(これは先ほど口零していた祖母の言葉)、さらにはペットをも虐め倒す始末。この悪行高い鴉に救いの手を差し伸べるなど、言語道断!

 ……と、思い思い愚痴ってみたのだが、最終的な結果を告げるならば実家へ身を翻し救急箱を手に鴉へと駆け寄ったのである。

 そんな事を未だ知らないわたしはとりあえず、効くかどうか分からない人間用の消毒液を遠慮なしに大鴉の片翼にかけてやった。カア、ではなくガア!? と鳴いたのできっと尋常じゃないほど痛かったのであろう。わたしはしめしめと思いながら、鳴き叫ぶ大鴉の声をバックに不格好な手当てを施した。

 しかしわたしは知らなかったのである。このわたしのささやかな好意により、コレから先、人生における長い面倒事に巻き込まれる事を。



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