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赤髪ちゃんの異世界勧誘!


『コイツ、頭から蜂蜜被ってんじゃねえの?』ってぐらいの甘ったるい匂いをぷんぷんさせながらヤツはきた。ぴんぽん鳴って、玄関を開けると立ってやがった。

「はじめましてッ! ここじゃない世界からやってきました、謎の美少女赤髪ちゃんです!」

 クールフェイスな俺の眉間に皺が寄る。

 そいつのツインテールは可愛らしい濃いピンクって感じじゃなくて、モロに真っ赤っ赤だった。感じたのは、一昔前のビジュアル系のヤバさだ。キメちまってるかもしれねえ。そんで、服装もヤバい。フリフリっつーか、もうフリルつなげて作ったじゃねーのって感じのロリ系ファッションだ。透明なアクリル板みたいな羽が背中から生えてるのは、もう完全にあっちの世界に羽ばたいちゃってるってことなんだろうぜ。コイツがコスプレで他人の家に突撃してくる異常人なのはひと目でわかったが、顔だけみれば可愛いから下手をすれば意思の疎通を試みちまうとこだった。

 俺は額から流れる汗を拭うと指先で飛ばして虹を作った。その小さな虹は一瞬で消えちまったが、その間に俺の次の台詞は決まっていた。

「頭、大丈夫っすか?」

 休日に自宅でアクリル板を切り抜いてせっせと衣装作りに励む姿を想像すると涙を禁じ得ないが、あいにく俺の座右の銘は直行直帰。遠回りした優しさなんてほんとはただの嘘っぱちなんだぜ……。

 返答を待たず、おれはそのままドアを閉めた。

 ノブに手を当てたまま、ため息を一つ。

 こういう時って、殴った拳もいてえもんだ……。


 ぴんぽ――ガチャ。

 もっかい押されるかもしれねえなって予想はしてたので、すぐにまたドアを開けてやった。

「なんでですか!? 美少女が! 異世界から! あなたの為に!」

「……言いにくいんすけど……俺、三次元に興味ないっつーか」

「いや、今はこんな姿ですけど、私はれっきとした二次元の……」

「やー、だって肉感あるし、甘ったるい匂いするし、これと全然違うじゃないですかー」

 おれは手に持っていたラノベの表紙を指しながら、アハハハと適当に笑ってみた。

「それに俺ロリコンなんで十年遅いっていうかー」

 美少女(推定年齢16。ちなみに年上の可能性もあるので敬語だ)は「ひぐっ」と息をつまらせたあと、振り向いて走り去った。

 おれは自室に戻ると、再びラノベを読み始めた。

 部活に無所属な高校生の夏休みだ。読むべきラノベは腐るほどあった。


 ◆


 その二時間後、宅配テロにあった。

 注文したラノベを玄関で受け取ったつもりだった。

 ラノベにしちゃ重いなって思いながら階段を上がり、自室にて開封。

 薄いダンボールケースを破くと、美少女の化石がゴロリと転がっていた。

 手のひらサイズの美少女の化石だ。化石のくせに、骨格じゃなくてきっちりと目鼻立ちまで確認できる。

 岩を真っ二つに切断して、切断面がきっちり美少女の形に凹んでやがる。驚きなのは精巧さだけでなく、手のひらサイズの化石なのになぜか全身が収まっていることだ。

 とりあえず『白亜紀 美少女』でググってみたが、該当しそうな生物は発見できなかった。なにやってんだろうな、おれは……。

 冷静に考えれば、コイツは化石なんかじゃねえ。彫刻の一種だろう。

 最近は『萌え』があちこちに浸透してるから、イタなんとかってのが流行ってる。きっとイタ彫刻とかイタぼりとかいう名前で、ひっそり出回ってんだろう。それが間違ってうちに届いた、と。そんだけだ。

 ふと、昨日追い返した美女に放った言葉を思い出したが、偶然の一致ということで片付けた。肉感がどうとか、十年遅いとかいったけども、こういうことじゃあ断じてねえ。

 返品とかめんどくせーって思ってると、化石がゴトゴト揺れて声が聞こえてきた。

『こんにちは! ここじゃない世界からやってきました、謎の美少女赤髪ちゃんです!』

 あー……。

 おれは三秒ぐらいの間に、非日常に直面した際にラノベの主人公がおよそ振る舞うであろう動揺をひと通り脳内でやり過ごし、悟った。

「こいつ、マジだな……」

 一応動揺はしている。だが、普段から積み重ねまくっていた読書経験がおれを落ち着かせていた。

『ちょっとこのままじゃ話にくいので、向こう向いててくださいね!』

 特に言いなりになる必要はねえな、とそのまま直視していると、化石からうねうねした白い触手のような物が窓の外に伸びて見えなくなる。間をおいて、カラスのけたたましい断末魔が聞こえたかと思うと、まるで何かを吸い取るかのように、白い触手が赤くなった。

 そして、ビキビキと化石にヒビが入って、爆散。吹っ飛んできた欠片が脛に当って、すごく痛え。

「じゃーん! 呼ばれて飛び出て赤髪ちゃんです!」

 痛みにうずくまりながら見れば、それはちょうど一羽のカラスほどのサイズになった例の美少女だった。

「……いいから片付けろ」

 おれは手早く目の前に掃除機を置き小石だらけになった部屋を見ながら指示した。

 ソイツは困惑したようだったが、掃除機のホースを脇に抱えると、スイッチを入れて部屋を行ったり来たりし始めた。身長が掃除機の本体と同じぐらいしかないので大変そうだが、手伝ってやらん。

 こっちは考えなければならないことがあった。

 異世界から美少女が来た場合、考えられるパターンは二つだ。

 一つ目はいい。相手がこちらの世界に押しかけて、日常ハーレムを構成しながら適当に日々をすごせばそれで済む。

 問題は二つ目だ。こいつの不謹慎丸出しなニックネームからしておそらくは――。


 ◆ 


「というわけで、一緒に異世界を救ってくださいっ!」

 赤髪ちゃんはにこやかな顔で脅迫してきた。

 カラスサイズのボディの後ろに、得体のしれない二本の触手がうごめいてやがる。ちなみにコイツの説明は30分に及んだが、無駄な話が長く、要約すると『私の世界がヤバい』『人間に助けを求めなければ』『おめでとうございます、あなたが百人目の勇者です』だった。

「俺がその誘いに乗る、メリット、デメリットを完結に教えろ」

「あれれえー。なんか反応がおっかしいなあ。ラノベが大好きみたいだから、おめめキラキラさせながら『うん! 僕勇者になるよっ! そしたら僕と結婚してね!』っていうかと思ったのに……」

「俺の精神年齢を何歳だと思ってやがる!」

 マジで十年おせえ。

「メリットは美少女とドキドキ・ワクワクの旅ができます!」

「美少女って、どんな?」

 赤髪ちゃんはどこからか手鏡のようなものを取り出すと、首をかしげながら覗き込む。

 別にこいつの外見的な可愛さに不満があったわけじゃないんだが……まあ、フォローしてやる義理もないからほっとこう。コイツ図々しいし。

「えーと、それでデメリットは特にないよ!」

「嘘だな。助力を求めて来たってことは俺は向こうで戦うんだろう? あいにく痛いのは苦手でな」

「大丈夫だよ! 今まで99人の勇者がこっちに来て戦ったけど、みんな『おまえと会えてよかった――』って安らかな顔して逝ったよ」

「生還率ゼロかよッ!?」

 痛いかどうか以前の問題だった。そもそも、百人目とか言われた時点で気づくべきだったのかもしれねえが……。赤髪ちゃんがもう完全に悪魔にしか見えねえ。

 とにかく、こいつを一刻も早く俺から遠ざけるべきだ。いきなり右腕が疼きだして変な能力に目覚めたが最後、「こうなってしまっては仕方ありません」的な展開で拉致されかねねえ……。

 俺は携帯を取り出すと素早く110番! 国家権力を呼び出した。

「そ、そんなことをしても無駄だよ……」

 赤髪ちゃんの顔色が若干白くなっている。二本の触手が緊張したようにピンと伸びた。

「いいや、無駄じゃないはずだ」

「私はあなたにしか見えないもん! 警察につきだそうとしてもあなたの頭を疑われるだけ……」

「そいつは嘘だな。何か特別な力で俺に接しているのならば、わざわざ肉感や匂いのある三次元の身体を用意する必要はなかったはずだ」

「おや……私がどうやってこの家に侵入したか、もう忘れちゃったんだ……? 私は変幻自在だし、テレパシーもあるもん」

「いいや、おそらくは制約があるはずだ。すでに99人と同じようなやりとりをしたのだろう。ならば、初見で話を信じてもらうことの困難さは身にしみているはず! にも関わらず、最初に異世界の存在を照明できない姿で現れたというのは、つまりは出来る限りその力を使いたくなかったということに違いあるまい!」

「……ぐ」

「どうする!? その姿ならば逮捕はされずとも未確認生物扱いで研究所行きだ!」

「……こうなったら仕方ないね……。力尽くで連れてっちゃいたいけど、どうしても同意が必要だし……。どうしても、もうこっちの世界で魔法は使いたくない……。そんで、私にはどうしてもあなたの力が必要なの……。絶対に守りぬくから! どうか私を信じて――」

 俺は急角度の上目遣いでこちらを見上げてくる赤髪ちゃんの瞳を見て体温が上がるのを感じた。

 ――思えば、こいつは身勝手に俺に助けを求めているわけではない。図々しいことや拒絶されることを承知のうえで、自らの世界を救う為に必死になっているのだ。そ、それを俺は……。

 ぴんぽーん。

「警察でーす」

「あ、ヤバッ!」

 赤髪ちゃんは瞬時になんかの魔法を使うと、再びごろりと化石になった。

「おい、いいのかよ! 制約は!?」

『し、しまった……警察と聞いて反射的に――。実はこっちの世界で能力を行使すると』

「入りますねー」

 階下から警察が上がってくる。通報したのだから当然だろう。

『向こうの世界の私が30歳老けるんです……これで今の私はななじゅ――』

「すいません、落し物です」

 俺はすみやかに化石になった赤髪ちゃんを警察に引き渡した。

 おまわりさんには「そんなことで通報するな」とお説教をされた。

 でも、仕方ないよな。おばあちゃん介護しながら異世界で冒険とか、俺にはムリ。


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