後編
「愛してるぜ」「愛してるぜ」
Kに向けて笑顔で同じ言葉を繰り返す二人の彼。セクシーに着こなした燕尾服も、ふんわりとした金髪も、そして貼りついた爽やかな表情も、全く見分けがつきませんでした。不思議な壺の力で出した『彼』は一人だけのはずなのに、一体どういう事だろうか、と慌てた彼女が後ろを振り向くと、そこにも『彼』がいました。
「愛してるぜ」「愛してるぜ」「愛してるぜ」
気がつくと、Kのいる部屋の中には、三人もの全く同じ顔の美形の男性が笑顔で現れていたのです。明らかに何かがおかしい、と部屋を飛び出し、急いで彼女は廊下を走り続けました。ですが、例の不思議な壺が置かれている部屋へと進んでいく中で、彼女の横で『彼』と全く同じ姿形の男性が何人も、いや何十人も優しげな笑顔を見せ、ふんわりとした金髪をたなびかせながら次々に声をかけていきました。
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全員とも一様に、Kの事を愛しているという言葉ばかり並べて行きます。今までずっと聞きたかった言葉ですが、既に彼女は耳を押さえたい程の気分になっていました。
そして、次々に現れ続ける彼を押しのけ、ようやく到着した彼女が目にしたのは、例の壺の中から再現無く溢れ続ける『彼』が広がる部屋の光景でした。全員揃って彼女の理想形、同じ姿、同じ笑顔、同じ声、同じ服、そして同じ言葉を口に出し続けていたのです。
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迫り来るたくさんの美貌を押しのけて不思議な壺の所に辿りついたKは、そのダイヤルを見てようやくそれが壊れていたことに気が付きました。ダイヤルを元の位置に戻さない限り、彼の大群はだれにも止められないのです。
相変わらず現れ続け、次第に部屋を埋め尽くしていく何十、いや何百人もの彼に囲まれ、同じ言葉を何度も何度も言われ続ける中、気が遠くなりそうな気分を抑えながらKは必死にダイヤルを直そうとしました。しかし、いくら閉めようとしてもダイヤルは空回りを続け、彼女の努力を嘲り笑うかのように新しい彼の出るスピードもますます早くなっていきました。
……そして、とうとうダイヤルが壺からすっぽ抜けてしまいました。
慌てて戻そうとする彼女でしたが既に遅く、もはやダイヤルを操作することは不可能な状態になってしまいました。そしてそれと同時に、壺の中から爆発するような音が響き、中から一気に大量の『彼』が、何百何千と凄まじい規模で現れ始めたのです。
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こうなれば彼女には、急いで逃げるしか方法はありませんでした。
あっという間に次々に増え続けるセクシーな燕尾服の彼の大群で出口を塞がれてしまったKは、急いで階段を駆け上がり、豪邸の最上階にある個室へとたどり着きました。ここでしっかりと施錠をすれば、さすがの『彼』でも追ってこないだろう。そう思い込んで安心しきった彼女でしたが、それもつかの間、耳の中にどんど彼が豪邸を埋め尽くしていく事を示す声が聞こえ始めてきました。全く同じトーン、全く同じ言葉のユニゾンは、時間を追うごとにどんどん大きく、そして広くなっていきます。
嫌な予感が頭の中をよぎったKがふと下の方を見た時、その顔は絶望や驚愕の感情で包まれました。何故なら、例の壺の力で出したはずの超巨大な豪邸の庭が……
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地面が一切見えないほど、彼の大群に包まれていたからです。そして、豪邸の吹き抜けの廊下も、気付いた時にはどこもかしこも、爽やかな笑顔を見せる彼と、無数の同じ言葉によって埋め尽くされていました。
そして、施錠したはずの最上階のドアが震え始めました。彼女が見つめる中、何度も何度も揺れ動いたドアは、ついにその外側を覆っていた圧力に耐えられず、鍵ごと壊れてしまいました。そして部屋の中に押し寄せてきた肉の波に、Kの体は呑み込まれてしまったのです。
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Kが手に入れた壺の力によって叶った願いによって現れた『彼』の数は、もはや万を通り越して、億単位にまで及んでいました。全員ともふんわりとした金髪、整った顔つき、胸元を露出させたセクシーな燕尾服に身を包み、爽やかな笑顔のまま、Kが望んでいた言葉を延々と発し続けていました。
ですが、彼女はもうこのような状況を望んではいませんでした。幾ら理想の彼が欲しいからと言っても、こんなに無尽蔵に現れては対応の仕様がありません。早くこんな状況から抜け出したい、そう考えて彼女は必死になってもがき続けました。
しかし、それでも彼はその数を減らすどころか、ますます増え続けました。今や壺のあった場所は、何万何億と大量に現れ続ける彼の体と無数の愛の言葉に包まれた巨大な山と化していたのです。そして、とうとうその山は音を立てて崩れ始め、Kの体は数え切れないほどの『彼』に巻き込まれ……
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――もうやめてえええええ!!
彼女が絶叫した、その直後でした。世界を覆い尽くそうとしていた無限の『彼』が、突然姿を消したのは。そして残されたのは、何も無くただ延々と広がるだけの空間でした。
唖然としながらも何とか立ちあがった彼女は、霧に包まれたかのように真っ白な空間の中を歩き続け、そしてようやくこの異変の原因を見つけました。地面に散らばっていたのは、圧力に耐えられずに粉々に粉砕した、不思議な壺を構成していた欠片たちでした……。
そして、Kは完全に心を入れ替えました。
他人に頼ってばかりの状態で得た幸せと言う物は、ほんの少し崩れただけでもそこからあっという間に崩壊してしまうもの。せっかくの美貌も、今まではずっとそう言う無い物ねだり、自分の努力も無いままに幸せを望もうとしていた事に、彼女は気付いたのです。
その後、彼女の人気はますます上がり、仕事での評判や実績も良くなっていきました。しかし今までと違うのは、自らの容姿と言う武器に溺れることなく、様々な努力などで自らの実績を上げていった事です。その甲斐あってか、少しづつですが彼女に対する報酬も少しづつ上がり続けて行きました。小さな一歩ですが、目指すリッチな生活が自分の力で掴めるかもしれない、と彼女は思ったのです。
そして、それから少し月日が経ったある日。都会の道を散歩していたKは、偶然前の人が財布を落としていったのに気付きました。慌ててそれを拾い、前の人に届けようとした彼女でしたが、お礼と共に振りむいた持ち主の顔を見た時……
「……あ」
「……あっ……」
……そこには、美貌の男女が、互いの顔を見つめ合う光景が繰り広げられていました。
どうやら、彼女のもう一つの願いも、もう間もなく叶えられるかもしれません。不思議な力に頼ることなく、自分の持つ力を使って……。