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水都瑞原物語 爆殺仕置人発破帳  作者: ブラインド
仕置人裏切り事件
8/8

風対発破

 催眠術によって操られた仕置人たちが、細い路地の死角から飛び出して来る。

 何の迷いも無い急所への一撃。

 それを転びかけながらなんとか躱し、甲掛に仕掛けた発破魔法によって足を跳ね上げ飛び蹴りをかます。

 牡丹のほうは紙一重の回避とほぼ同時の反撃で殴り、投げ飛ばした。彼女にとっては見知った顔のはずだが、動きに躊躇いは無い。


「……なんだかあっけないわね。みんな、こんなに弱いはずはないのだけど」


 走る足は止めないまま、牡丹が首を捻る。


「はぁはぁ……直線的な動きだか、ら、はぁ、簡単に対応できるんじゃないかな」


 ボクのほうは牡丹ほど余裕は無く、息が上がり始めている。胸の痛みもそれなりに響いていた。


「操られているせいで、命令どおりの行動しか出来ないのね」


 この催眠術は厄介なことに、催眠状態だからといって本人の身体的なスペックが落ちるわけではないらしい。動きの鋭さは、ほとんど失われていない。

 おかげでボクはかなりギリギリのところで戦ってるわけだ。

 しかし、おそらくみんな奇襲によって即座に殺すように命令されているのだろう。そのため、必ず的確に急所だけを狙い打って来る。

 逆に言えば、攻撃される場所がほぼわかっているのだ。あとは奇襲される瞬間にさえ気をつければ、捌くのは難しくない。

 おかげで多少の苦労で道を抜けられそうだ。

 が、相手は操られている仕置人だけではない。


『なるほど、この術にも欠点はあるということですね』

「来たな!」


 姿を表さない登の、声だけが聞こえてくる。


『では、これならどうです?』


 いきなり裏路地に強い風が吹き始めた。

 晴三が使っていたのと同じ、風魔法だ。

 それ自体は驚くには値しない。魔法はある程度の習熟によって誰でも使えるもので、その内容だって大きな制限は無い。

 風魔法のやり方というものを習って、魔法媒体さえ手に入れれば、そこらへんの一般人だって同じことが出来る。


 問題なのは登もまた催眠術を使って自分の部下を操っている点だ。

 つまり、やはり晴三と同じくこの風に乗せて催眠薬を送り込んでくるということ。


「くっ!?」


 牡丹が口元を押さえるが、それだけでは大野見屋の時と同じになってしまうだろう。

 彼女が操られても、他の仕置人たちと同じく反撃することは可能だろう。しかし、それによってこちらの戦力は二人から一人になる。

 登の部下はまだ他にも居るはずで、それをボクだけで突破するのはおそらくムリだ。


『これで終わりです』

「甘いよ!」


 懐から魔法媒体を編みこんだ紙符を数十枚、取り出す。およそ五十両分の媒体の量になる。

 それを四方に投げ、左手の仕掛けで起爆した。


 瞬間、裏路地が爆炎に飲まれた。


「ちょ、ちょっと!?」


 牡丹の悲鳴に似た抗議の声もほとんど掻き消されるほどの爆発が、狭い空間に満ちた。

 路地の両脇を固める壁が割れ砕け、地面が焼け焦げる。

 そうして巻き起こった熱風が、逃げ場を求めて路地を駆け、空へと抜けていく。


「おっとと」


 服の裾についた火を叩いて消しながら、周囲を見回す。

 さっきまで暗い細道だった場所は、広々とした瓦礫の原と化していた。


 ちりちりと音を立てる地面にへたり込んだ牡丹が、わなわなと震えながら


「な……な、な、ななななな」

「ななな?」

「何を考えてるのよッ!?」

「牡丹が操られないように風魔法を防いだんだけど」


 思ったとおり、爆発と熱風によって風魔法を乱すことが出来た。牡丹が普通に会話できているので、薬は届かなかったようだ。


「それにしたってやり方ってものがあるでしょう!?」

「いやぁ、今日は発破したりなかったから、つい」

「そ、そんな理由で……っ」


 不意に、遠く近く響くような鐘の音が聞こえてきた。物見櫓の半鐘だ。

 さすがにここまで派手な爆発を起こしたら、目立つに決まっているな。


「まあまあ、ちゃんと発破した意味はあるんだから」


 ボクは瓦礫の中に倒れる登を見つけ、そちらに向かった。

 風魔法で離れた場所から薬を送れるといっても、あまり遠い場所からはムリだと思っていた。

 魔法を正確に操れる距離には限界がある。単に魔法を発動させるだけならまだしも、薬を含んだ空気を人間の体内に潜り込ませるとなると、かなりの精度が求められるはずだ。

 近くの死角に居るはずの登を障害物を壊して探そうと思っていたのだが、運良く瓦礫が命中したようだ。


「ぐ……ぅっ……」

「登」


 声をかけながら新たに符を出し、登の右腕に貼った。即座に起爆。

 羽毛と血肉が弾け散り、登の身体が跳ねる。


「――ッ!!」

「悲鳴をあげないのはさすがだね」


 一枚だけの威力では肉が少し抉れる程度だが、今すぐ殺すわけにもいかないし丁度良い。

 登の首根っこを持ち上げるように顔をあげさせる。


「前からバカだとは思ってましたが、まさかここまでバカだったとは」

「悪いね。これしか知らないからさ」

「まったく……君はやることがムチャクチャだ」

「ボクにとってはこれが一番合理的な判断なんだよ。さて、色々と聞きたいことはあるけど、警備隊が来る前に本部へ行こうか」


 だが、歩き出そうとした足がいきなり蹴り払われた。

 傾いていく視界に見えたのは、


「そんな……牡丹!?」


 操られるのを防いだはずの牡丹が、虚ろな表情でボクの腕を掴み捻った。そのまま地面に組み伏せられる。


「どう、して……」


 疑問にはすぐ答えが与えられた。

 瓦礫を踏む越えて、新たな人間がその場に現れる。その手には、例の薬と媒体が入った瓶を持っている。

 ミミナガの女。陸じゃないけど、随分な美人で、見覚えは無い。しかし、右腕に巻いた蛇の意匠の腕輪は、どこかで見た気がする。

 女はボクには一瞥もくれず、登の符を剥がし、肩を貸して立たせる。


 登の仲間、か。やっぱり考えていた通りだ。

 三つの馬車の御者を、すべて催眠術で操るという方法は確実にコルトスを殺すことが出来る。

 そのための準備はすべての御者および乗り込む護衛に事前に暗示をかけておくこと。

 そしてもう一つ、別々の経路を走る馬車に、催眠薬入りの風魔法を使うことが出来る使い手が三人、それぞれ向かうこと。

 登と晴三に加えて、もう一人の魔法使いが不可欠なのだ。

 それがこの女だったということだ。


「すみません。手を煩わせてしまって」

「構わない。じきに本部のほうからも人が来るだろうから、片付けるなら急がなければ……」


 女が牡丹を見やる。ボクを殺すように命じるつもりだろう。

 だが、その前に更なる闖入者があった。

 いきなり走ってきた陸が、牡丹を身体ごとぶつかって押し倒す。


「陸、やっぱり押し倒すのだけは得意なんだな」

「言ってる場合か!? 俺は抑えてるだけで精一杯だぞ!?」


 見上げれば女は登から手を離し、腕輪をした右手をこちらに向けている。

 ボクは立ち上がろうとはせず、甲掛の魔法を一斉に炸裂させた。

 勢い良く宙に跳ねるのとほぼ同時、ボクの倒れていた場所に小さな刃が飛び刺さった。女は次いで陸のほうに手を向ける。


「させるか!」


 もう一度、空中の炸裂でさらに高く、女の頭上目掛けて飛び上がった。

 体重を乗せた飛び蹴りは左腕に防がれる。が、さらにもう一発甲掛を炸裂加速させる。


「ぁっぐ……」


 再加速した足で腕ごと蹴り抜いて女を吹き飛ばした。

 態勢が崩れたところに符をばら撒く。残りは五枚。それを全部女に放ち、左手を動かす。


「ぐちゃぐちゃに爆ぜろ!!」


 女の姿が一瞬、爆発に包まれる。

 しかし炎が収まった後にも女は健在だった。

 衝撃と炎で多少の怪我を負ってはいるが、五体満足な状態だ。

 女が空の瓶を投げ捨てる。さっきのボクとは逆に、風の魔法で爆発から身を守ったのか。

 残る魔法媒体は眼だけ。甲掛に仕込んである分もかなり使ってしまって少ない。


 今度は女のほうから突っ込んできた。その手には新たな媒体の瓶。

 だが、風はこちらに吹いてくるのではなく女の身体を包み、後押し、加速させた。


「はっや……ッ!?」


 肩からのぶちかましを避けきれず、身体が浮く。何とか両手足で突っ張るように着地するが、数間分も飛ばされてしまった。

 女は風魔法の加速を受けたまま、こちらに突っ込んでくる……と見せかけて、途中で登を担ぎ方向転換、そのまま走り去っていった。

 捨て台詞すらない見事な引き際に、追いかけることもできない。

 そして、もうすぐ近くに聞こえる複数の人間の声と足音。時間が無いとさとって退いたのか。

 後に残ったのはボクと陸、牡丹。あとはそこら辺の瓦礫に何人か登の部下が埋まっているかもしれない。


「ああ……結局一人も爆殺できなかった」

「この場面で言うことがよりにもよってそれかい」

「陸、隠れ家にも来ないで、なんでこんなところに居るんだよ。まさかあの女の尻を追いかけてきたとか言わないだろうね?」

「大体あってるぐふぅっ!? いや、じょ、冗談じゃなくて……メイドの件からあのバリって女に繋がって……」

「バリ? 聞いたことあるような……」

「それはともかく本部に行ったほうがよくないか?」


 確かに、ここで警備隊に見つかったら説明のしようがない。

 牡丹はまだ催眠状態のようだったが、命令する人間がいなくなったせいかまったく動かなくなっていた。

 眠っているようなものだと思って陸に背負わせ、僕らは本部への道を急いだ。




 ボクらが本部へ着くと、とりあえずこっぴどく叱られた。

 元々幹部たちはマサの裏切りに懐疑的で、話をその方向で進めていたのは登だったのだ。

 その登はあれから仕置人の誰にも見つかってはいない。というより、おそらく瑞原の街から逃げ出したのだろう。

 ボクラの持っていった情報から大野見屋などが調べられ、マサはすぐに無実として釈放された。


 結局のところ、登がいなくなってしまったため、マサを貶めようとした具体的な理由はわからなかった。


 たぶん、瑞原の犯罪組織を根絶やすのではなく、操ろうとでも考えていたのではないだろうか。

 大野見屋などはその一例のようで、どうも調べてみると登と大野見屋の間でかなり取引のあったことがわかった。


 マサは過去の功績から仕置人幹部の中でも地位が高い。高いといっても序列的に何かがあるわけではないし、マサ本人があまり権力志向ではないので、幹部の中で認められる立場にあるという程度のことだ。

 だが、そのマサが根絶やし派であり、基本的に仕置人組織全体でもその傾向がある。


 登の理想が犯罪組織を操ることにあったのなら、マサは目の上の瘤だろう。


 陸が調べたところによると、どうやらバリという女はコルトスのメイドにも催眠術を使って彼の周辺に探りを入れていたらしい。

 バリは最近、瑞原に進出してきた薬物関係の商人らしい。魔国の出身者という話だが、そうやって喧伝することで裏社会で名前を売っているだけかもしれないので真相はわからない。

 そして何をやっていたかというと、顧客や取引内容の情報を引き出して、コルトス亡き後の瑞原の流通に食い込もうとしていたのではないかということだ。

 それに登が噛んでいたとしたら、マサを貶めることだけが目的ではなく、コルトスを殺して金儲けの足がかりにするという、一石二鳥を狙っていたことになる。


 マサは無事に助けられたが、そちらについてはどうなるか今後の展開はわからない。

 しばらく薬品関連の商品の流通は、表も裏も混乱が続きそうだ。




「んあー……む。くふふふふ……あまーい。うまーい。ふふ」


 羊羹とかりんとう、それから爺さんのくれた貝型の渡来の焼き菓子……名前はなんと言ったか、を次々頬張ってお茶で流し込む。

 この状況、口の中からノドを下って胃袋を満たすモノをなんと表現するべきか。

 ともかく至福だ。


「おいおい、もっと味わって食え。というか俺の分も取っとけ」

「チビチビ食べても仕方が無い。嗜好品こそこうやってがっつり頂くものだよ」

「まったくもったいない……何事も思い切りばかり良いな蛍は」

「蛍もお父さんを助けるためにがんばってくれたんだから、今日くらい良いじゃない」

「そうだな……しかし、肋骨にヒビいってるんだ、あまり詰め込みすぎるなよ」

「わかってるあはっへふ」

「……本当かオイ」


 マサが無事に帰ってきた茶屋の奥で、藍佳と共に三人で卓袱台を囲む。

 藍佳はいつもどおり微笑んでいるが、やはりかなり心配していたようで、ちょっと目が赤い。

 今は深夜。藍佳は寝ていたはずだが、玄関に着くなり飛び掛らん勢いで迎えに来た。

 のだが、さすがにいつまでも起きているのは辛いようで、座ったままこくりこくりと舟をこぎ始める。


「藍佳、もう遅いんだし寝なさい」

「うにゅ、もうしゅこし」


 言いつつも、結局卓に突っ伏して寝息を立て始める。


「おと……さん……」

「くふふ、健気な娘じゃない」


 マサは何も言わず頭を掻きながら立ち上がり、藍佳を抱き上げて部屋に連れて行った。

 照れちゃってまあ。


 まだ残っている羊羹を頬張り、一人で噛みしめていると、店のほうに人の気配が現れた。

 今は当然、店は開けてはいない。

 足音を殺して店を覗くと、そこにいたのは牡丹だった。


「こんな時間にどうしたのさ?」

「……瑞原を出ようと思って」

「どうして?」

「兄を殺した犯人を捜すの、手伝ってくれてありがとう」


 理由は言わない。いや、今のは言ったも同然か。

 兄を殺したのは催眠術によって操られたとはいえ牡丹自身だ。

 となれば、復讐の相手は自分か、さもなければ操った術者ということ。


「登さん……登たちは瑞原を離れてる。連中を追うわ」

「でも、牡丹だけだと」

「暗示はもう解かれてるから大丈夫。他の仕置人たちも」

「……そっか」


 最後に小さく頭を下げて、牡丹は出て行こうとする。


「牡丹」

「……うん?」


 呼び止めた牡丹に、ボクは焼き物屋で買った葉っぱの飾りを渡した。


「……ありがと」

「連中を見つけたら、手伝いに行くから言ってよ。ボクは一度狙った相手は、きっちり爆殺しないと気が済まないんだ」

「う、うん……うん、ありがとう」


 微妙な笑顔で頷き、今度こそ牡丹が茶屋を出て行く。

 その後ろ姿を見送ってボクは菓子を頬張りに戻った。

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