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水都瑞原物語 爆殺仕置人発破帳  作者: ブラインド
仕置人裏切り事件
7/8

裏切り者

「捕らえろ!」


 晴三の言葉に従うように、牡丹が駆け出す。

 表情は虚ろだが、その動きの機敏さはまったく失われていない。この催眠術、なんて厄介なんだ。

 さすがに発破で反撃するわけにもいかないし、まずは距離を取って、


「っ!?」


 いきなり横合いから誰かが腰に抱きついてきた。組員たちはまだ離れた位置にいたはずなのに、どうして。

 見下ろすとそこにいたのは香奈だった。彼女も牡丹同様に無表情で、ボクの腰にしっかりとしがみついて離すまいとしている。


「まずッ――」


 逃げられず、まっすぐ顔面目掛けて突き込まれた右拳をなんとか両手でいなす。だが、勢いを殺さず腕を折りたたみ、そのまま右肘が突き込まれる。

 脇腹に直撃した。


「はヵッ!?」


 ごぎりという音が身体の中で響いた気がした。これはアバラがイったか。

 トドメを刺そうと振り上げられた牡丹の右上段蹴りを、強引に香奈を押し倒しながら避けた。同時に、右目の眼帯を外す。

 眼孔の中に仕込んだ魔法媒体の結晶を取り出す。これには事前に命令が込めてある。

 足を振りぬいた姿勢から振り返ろうとする牡丹の頭上にそれを放り投げた。

 ボクは左目を閉じて両耳をしっかりと手で塞いだ。この姿勢では左手の装置は使えないが、問題無い。


「羊羹食べたい!」

「は? この子、ナニを言って……」


 命令の設定次第で、発動条件は自由に作ることが出来る。叫んだ言葉を引き金として、魔法が発動した。

 次の瞬間、閉じたまぶたの裏側まで真っ白に染めるような強烈な光が発生した。同時に全身を振るわせるほどの爆音が轟く。

 光ったのは一瞬。すぐに目を開けると牡丹や香奈、晴三が地面に倒れた。


「ぐぁ……っ!?」

「目! め、いてえよぉ!」


 離れた位置に居た男たちも、悶絶して地面を転がっていたり、かろうじて立っていても目を押さえて呻いている。

 衝撃はほとんど出さずに強烈な光と音だけを放つ閃光魔法。至近距離で受ければ失神する威力で、しっかり防いでいたはずのボクも少し頭がくらくらしている。

 今の牡丹や香奈にこれが効くかは半ば賭けだったが、どうやら操られている状態でも五感への強い刺激は効果があるようだ。

 ……性的な刺激も効くんだろうか。


 おっと、暢気しているとまだ意識のある男たちの視力が回復してしまう。

 一時的に視力を奪ったとはいえ、全員をボク一人で撃退するのは難しい。この場は逃げるしかない。


 ボクはぐったりと力の抜けた牡丹と香奈の身体を持ち上げた。

 ボクの力で二人を背負って連れて行くのは難しい。骨折の痛みもあるし、一人を背負って逃げるのも辛い。

 しかし、


「痛っ……っと」


 残った魔法媒体を瓶ごと近くの塀に投げつけてから、起爆する。

 量が少なく爆発は弱い。しかし、塀にひびを入れるには充分だった。

 二人を両手に抱えて半ば引きずるように、そのひび割れた塀へ向かって体当たりする。


「っ……ーっ!」


 肋骨に響く痛みを堪える。声を出してもまた痛むのでぐっと歯を食いしばって息を止める。

 塀に穴が開き、その向こうに運河が見えた。

 三人分の体重が乗った体当たりの勢いのまま宙に飛び出し、ボクらはそのまま水面へ飛び込んだ。




 さすがに二人を抱えたまま泳ぐのはムリだった。浮力がある分、背負って歩くよりマシとはいえ、両手が塞がって足だけとなると浮いていることすら難しい。

 しかし、運良く近くを通りかかった小船に掴まって、なんとか大野見屋から離れることが出来た。

 すぐに気付いた船頭に引き上げられ、適当な船着場まで寄せて下ろしてもらう。

 そこで二人が起きるのを待っている間に、夜になってしまった。


 幸いに目覚めた二人は催眠術が解けていた。

 しかし、催眠術の暗示をかけられていたせいか、それとも兄を自分の手で殺したという事実のせいか、牡丹は口数が少ない。

 操られていた最中のことは記憶が残っていないようだが、その前後の状況から大体なにがあったのかも理解したようだ。


 香奈を朝木屋に連れて行くと、爺さんがものの数分ですっ飛んできた。ずぶ濡れの娘を見ていぶかしむ爺さんに、大野見屋でのことを話すべきか迷う。

 しかし結局、催眠術のことも含めて話すことにした。

 来た時と同じ勢いで飛び出していきそうな様子の爺さんの肩を押さえつつ、


「お願いだから今回の件が片付くまで少し待ってくれる?」


 せっかく犯行の手口を掴んだのに、それを報告する前に大野見屋と浅間が衝突したら、厄介なことになりかねない。

 爺さんは静かにボクを睨んだが、香奈をちらりと見るとふっと息を一つ吐いた。


「……仕方ねえ。香奈を連れ帰ってきてくれたんだ。それくらいのお願いは聞いてやらねえとな」

「ちゃんとマサの無実を証明したら、その後は好きにしていいからさ」

「好きに、か。くっくっく……さてどうしてやるかな若造共」


 なかなか怖くて良い笑顔だ。

 今回わかったことを報告すれば、仕置人によって大野見屋は潰されることになるだろう。

 しかし、すべての構成員を捕らえきれるとは限らない。爺さんとしては不服だろうけど、その残った連中だけで我慢してもらおう。

 とはいえ、晴三などは催眠術抜きでも、魔法を使う時点で厄介な相手だし、逃げられてしまうことも充分考えられる。


「爺さん、あのカマ野郎に会ったら肋骨折っといて」

「おうよ、何本いっとく?」

「軽く五・六本くらい」

「だんごの注文でもするみたいに気楽に言うわね……」

「この際だし牡丹も注文しておいたら?」

「……そうね。じゃあ私は鎖骨で」


 爺さんにはまた後でお礼のお菓子を貰いに行く約束をして、ボクと牡丹は隠れ家に戻った。

 すでに日が落ちてしばらく経っているので陸は先に戻っていると思ったのだが、あいつの姿は無かった。


「……なにかあったのかしら?」

「かもね。とりあえず着替えよう」


 一度戻って、ボクらを待たずに一人でまた行動しているということなら問題は無いが、予期せぬ問題で帰ってこられなくなったとしたら。

 その場合、調べていたはずのメイドのほうで何か重大な事実があるということかもしれない。

 牡丹は結構、心配そうな表情をしている。さっきまでの沈んだ顔より幾分マシだが、陸のやつ一晩で随分と手懐けたものだ。


 ともかく普段の仕事着に着替え、魔法媒体やその他の道具類も身に着ける。

 ついでに、普段はあまり使わないけど、いざというときのために用意してある甲掛を持ち出してきた。

 比較的軽く薄い金属板と革で出来た手と足を守るための防具であり、魔法媒体を仕込むことの出来る魔法の道具でもある。


「……これから、本部に行くのよね?」

「そうだよ?」

「どうしてそんな重装備で……」


 大野見屋を調べたおかげで、コルトスを殺した方法はわかった。これだけでも、マサが裏切ったわけではないという証拠になるだろう。

 それを突きつけに行くために、これからボクと牡丹で仕置人の本部に向かう。

 そこでは今、マサの処遇を決めるための会議でも行われている頃だろう。

 ただ報告するだけなら、本部に行けばすぐ出来る。その後で、勝手に行動したことによる懲罰はあるだろうけど。


 だが、今回の件で不明な点がまだ残っていて、それが引っかかる。

 ひょっとしたら、陸がまだ戻ってこないのはメイドのほうでその謎を解明する手がかりがあったせいかもしれない。

 残る謎は二つ。


「まだ仕置人内部の、本当の裏切り者が誰かわかってないから」

「私たちが本部に行くのを、妨害してくるっていうこと?」

「可能性は低くないと思うね」


 牡丹ほどの使い手に抵抗させずに暗示をかけたとなると、仕置人仲間の誰かの手引きで、その機会を作ったと考えたほうがいいだろう。

 その裏切り者が、本部に向かう途中で仕掛けてくるかもしれないというのが、この装備の理由だ。


 が、それだけではない。謎はもう一つ残っている。

 三つの馬車から当たりを引き当てた方法だ。

 コルトスが乗る馬車の御者を、牡丹が務めると事前にわかっていなければ、牡丹に催眠術をかけるための暗示を施すことは出来ない。

 それを解決する手段は、思いつく限りでは二通りある。

 マサに催眠術などをかけて、牡丹の馬車にコルトスを乗せるように仕向けること。しかし、そんな迂遠な方法を取るくらいならマサにコルトスを直接殺させれば良い。

 では残るもう一つの方法は……そんなことはなるべくならあっては欲しくないのだが。


「ともかく、まだ油断は出来ないってことさ」


 そう言いつつ、持てるだけ大量の魔法媒体を全身に仕込んでいく。全部使えば、二桁の人間を野良犬の餌に出来る量だ。

 右眼孔にも媒体を入れて、眼帯を着ける。


「……準備良し」


 牡丹も手持ちの装備の点検を終えて頷く。


「私も、いつでも行けるわ」


 目指す仕置人の本部は、瑞原の町のほぼ中央に位置する高台にある。

 賢人会議や町の役所など、行政の中心施設が集まった場所だ。

 もちろん厳重な警備も敷かれていて、無関係な者が近付けば怪しまれる。そして、仕置人は公には存在を認められていないので、もちろんボクらが一役人であると証明する手段は無い。

 とはいえ、そこはそれ、仕置人が本部へ向かうための道というものが用意されている。

 警備隊の巡回経路から巧妙に隠された細い裏路地が街のある場所から本部まで伸びているのだ。

 もちろん、そんな道がわかりやすい直線であるわけはないが、きちんと道順を守っていけば、誰にも気付かれることなく仕置人本部まで行くことが出来る。

 道順が決まっているため、本部に行くための道は言わば一本道も同然ということになる。


 ボクと牡丹は宵闇に紛れて家々の上を駆け、その道の入り口まで来た。

 路地は細く、人が二人横に並べば塞がってしまう程度で、また何度も曲がりくねって、蛇行している。

 耳を澄ませ、慎重に行く先の気配を探りながら、道を進んでいく。


「どの曲がり角から蛇が飛び出てくるかわからないな」

「一匹や二匹なら、なんとかなるでしょう」

「……それだけで済めば、ね」

「うん? どういうこと?」

「もっと大勢湧いて出てくるかもしれないってことだよ」

「そんな……裏切り者がたくさん居ると思っているの?」

「裏切っている自覚は無いと思うけどね」

「……それって」


 牡丹は言葉を途中で止めた。

 さすがに察するのが早い。ボクにはまだ何も感じ取れないけど、彼女が目線で前に注意を促す。

 ボクらは歩調を保ったまま、姿勢を低く身構える。


「しっ」


 小さな十字路にボクらが踏み込んだ時、左右から風切り音が来た。

 右を歩くボクには右から。

 振り下ろされる暗い刃を、受け止めず半身になって躱し、その持ち主の頭に触れる。

 咄嗟に相手は頭を逸らして逃げようとするが、小さな破裂音と共にボクの腕は手甲に引っ張られるようにいきなり加速した。

 鉄板仕込みの拳が、相手の側頭部を追って命中する。


「~~~っ!」


 相手はもんどりうって倒れてくれたが、同時にボクも声にならない声を上げた。

 爆発による無理やりの加速で殴ったわけだが、その動作のせいで肋骨にすごく響く。痛み止めなどは意識が低下してしまうので、使っていない。

 牡丹のほうを振り返ると、すでに相手を叩き伏せ、顔を確認しているところだった。


「そんな……牧、か? そっちは邦慈……?」

「知り合い?」

「……仲間よ。みんな、登の部下の……」

「やっぱりなぁ」

「やっぱりって、わかっていたの?」

「まあ、そうじゃないかと予想はしてた」


 牡丹も同じく登の部下で、その牡丹が催眠術の暗示をかけられていた時点で、この事態は予想できるものだった。

 仕置人ならば誰でも牡丹に暗示をかける機会があるというわけではない。

 仕置人同士はあまり横のつながりが弱く、ボクで言えばマサと、同じくマサの部下である陸たちくらいしか、お互いの顔や名前を知らない。

 つまり、牡丹に近づけるのは、同じ登の部下たち……そして、上司である登くらいなのだ。

 そして、残っていた謎――三つの馬車から当たりを引いた方法。

 最初っから『すべての部下に暗示をかけておく』ことで、必ずコルトスを殺せるというのが、答えだったのだ。


「……登」


 もちろん、すべての部下に対してそんな機会を持っている人間は……、


「蛍……まったく、余計なことをしてくれたものです」


 道の奥、暗闇の中から登の声が聞こえてくる。

 だが、声はすれども姿は無い。


「登、どうしてだよ」

「どうして、とは?」

「なんでお前がマサをハメなきゃいけないんだ? なにか恨みでもあるっていうのか?」

「恨みなどはありません。ただ、必要なことをしているだけですよ」

「どんな必要があるっていうんだ!?」


 返事は無く、代わりとばかりにまた登の部下らしき人影が飛び出してきた。

 しかも、今度は四辻の前後左右すべてから。


「登ぅッ!!」


 叫んでみても、やはり何も返ってはこない。


「蛍!」


 牡丹と共に、前へと駆け出した。

 逃げられる場面ではないが、操られている仕置人と戦っている場合でもない。

 今はとにかく、一刻も早く本部へ向かうことだ。

 二人左右同時の攻撃で、前から来た男を張り倒し、ボクらはそのまま走った。

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