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水都瑞原物語 爆殺仕置人発破帳  作者: ブラインド
仕置人裏切り事件
5/8

親分の心配

 ボクと牡丹は、老人に連れられて通り沿いのとある店に来ていた。

 例の娘が浚われたという、朝木屋とかいう食事処だ。

 一つの卓にボクと牡丹と老人が座り、四人のおっさんたちは老人の左右に立っている。

 店のほうは休みになっているらしく、準備中の札をかけられていた。


「まさか蛍だったとはな。白装束なんぞ着けてるからわからなかったぜ」

「久しぶり、爺さん。見ないうちに皺増えたね。そろそろ引退も近いんじゃないの」


 ボクの言葉に左右の男たちは身構えるが、爺ちゃんは綺麗な白い歯を見せて笑う。


「くっくっく、お前は変わらんね。そういう物言いも」

「あの……どういうことだか説明してもらえる? とりあえず、誰?」


 牡丹は小声でボクの耳元で訊ねる。


浅間センゲンって組の親分で、鷹野たかのって爺さんだよ。ちょっと前に仕事で知り合ってね」

「それってまさか……あの老舗の?」


 ボクが頷くと、牡丹は横目で爺さんを見る。

 浅間はもう百年単位で存在するという組織で、いくつも大きな組織が乗り込んできている瑞原の中でも、特に長い歴史を持っている。

 とはいえ、組の規模自体が大きいということはない。

 浅間は主に屋台と賭博を取り仕切っていて、他のシノギにはほとんど手を出さない。

 もっと色々と悪いことをしてくれていれば吹っ飛ばす口実が出来るのだが、残念ながら麻薬も人も売らないし、一般市民に簡単に手を出すことも無い。

 知り合ったきっかけも、別口で犯罪者を追い詰めるときに、偶然居合わせたというだけだ。


「俺もそろそろ楽隠居といきたいが、なかなか引退させてもらえねえのよ」

「あの若頭は? もうそろそろ継がせたって良いんじゃないの?」

「……あいつはくたばった」

「いつ?」

「つい一月前だ。若い連中を引きとめようとして……いや」


 爺さんは一瞬、怒った表情を浮かべて何かを言いかけたが、首を横に振る。

 と、店の奥から若い女性がお茶を淹れて持ってきてくれた。

 表情が暗いところを見ると、居なくなった娘の母親か。おそらく三十過ぎ。そうすると娘も十代だろうか。

 彼女がまた奥に戻ると、お茶を一口すすってから爺さんが口を開く。


「ところでさっきの話だ。娘の行方を知っとるのか?」

「これから調べようとしてるところだよ。可能性として、仕置人が一緒にいるかもしれないってだけで」

「……本当か?」

「わからないよ。ちょっと事情があってさ。まあ……その娘が見ちゃいけないものを見たのかもしれない」

「例の、馬車がどうのって話か」

「知ってるの?」

「この辺りの人間はみんなに聞いて回ってたからな。すっかり噂になっとる」


 よほど人の目を気にせずに聞き込みをやっていたらしい。

 仕置人という組織としては、あまり目立つ行動は取らないほうがいいはずだが、登もマサの無実を晴らすためにとにかく手段を選ばず頑張っているということか。


「で、どうして馬車を見たらかどわかされなきゃならんのだ」

「それは……」


 牡丹と目を見合わせる。さて、悪党とはいえ信用ならない相手ではないけど、詳しい話をしてもいいものか。


「……まだ関係があるかわからないから話せないよ」

「冷たいこと言うな。俺と嬢ちゃんの仲じゃねえか」

「爺さんこそ、どうしてそんな話を聞きたがるのさ。娘が一人居なくなったところで、浅間の親分が出張ってくるのはおかしいって」

「……言わなきゃダメかい?」

「色々と立て込んだ事情があってね。そっちにも事情があるなら、それがわからなきゃ如何ともしがたいね」


 爺さんはボクを少し見た後、隣の牡丹をじっと見詰める。

 その視線に気圧されたように、牡丹が少したじろぐ。

 そういえば、爺さんは歳のせいもあってかまだ人種差別のケが残っている人間だ。

 瑞原では差別主義政策が撤廃されて久しいが、年寄りや一部の人はまだまだ異種族に良い感情を持っていないことがある。

 そのせいかわからないが、浅間はヒトばかりでケモウドもミミナガもあまり多くは無い。


「彼女なら心配ないよ。ボクが保証する」

「……お前の保証ってのはどうも心配だがこの際だ、しようがねえ、百歩譲ってやる」

「ボクはどんだけ信用ないんだよ……」


 爺さんは卓に乗り出すようにしながら、声を小さくする。


「ここだけの話にしてくれよ」

「悪いことじゃなきゃ黙っておいてあげるよ」

「……俺の娘だ」

「は?」

「だからな、居なくなったのは香奈っつう、俺の娘なんだよ」

「爺さんいくつだっけ?」

「来年で古希だ」

「……ぇぇぇぇええええ?」

「悪いかよぅ」


 悪いってことにして発破したほうがいいだろうか。でも当人たちが幸せなら別にいいか。


「いや……引退とかいってごめん。現役だったのね」

「くくく、気にするな。そろそろしんどいがな」


 しんどいだけでまだ現役は続行中か。


「いいか? くれぐれも他所で喋るなよ。他の娘の親に知れると厄介なことになりかねないからな」

「他にも娘が居るの?」

「六人ばかしな。なんでか全員女の子ばっかりでよ」

「頑張りすぎだよ爺さん」

「くっく……でな、俺としちゃあまり考えたくない話なんだが。他の母娘が将来の遺産の取り分のために頭数減らそうとしてるんじゃないかって心配もあんのさ」

「他の組が人質に取ったって可能性は?」

「だったらもうとっくに文の一つも届いてるだろ。ところがなんにも音沙汰ねえ」


 これまた少し厄介な話になったな。馬車の件で連れ去った以外にも、その娘が爺さんの娘だって理由で居なくなった可能性が出てきたのか。

 時期が時期だけに前者だろうとは思うけど、決め付けてかかるわけにもいかない。


「もしお前らのとこで預かってるってんなら早く帰して……いいや、この際は無事がわかるだけでもいい。さっと行って確認してきてくれよ」

「……それがね、ボクらのほうもちょっと問題があって」


 牡丹が制止するようにボクの肩に触れる。が、その力はあまり強くない。

 爺さんもあまりおおっぴらにはしたくない話をしてくれたのだから、こちらも事情を話さなければ公平ではないだろう。


「ボクの上司が裏切ったんじゃないかって疑われて――」


 あれこれ端折りながら、マサにかけられた嫌疑を晴らすために動いていることを話す。


「するってと、お前らも他の仕置人には見つかっちゃいけないのか」

「だから、娘さんが仕置人のところにいると、ボクらじゃ逆に近付きにくいんだ」

「そうかい……」


 がっかりした顔を見せる爺さんに、ちょっと胸が痛む。


「この話、しばらくは漏らしちゃダメだからね。そしたらすぐ発破しに行くから」


 仕置人が内部で浮ついているとわかったら、ここぞとばかりに動き出す犯罪組織があるかもしれない。


「くっく、怖い怖い。まったくそっちも身内でゴタついてんのかよ」

「そっちも?」

「やっぱり知らねえか。うちも身内で問題起こしてな」

「親分」


 後ろの男の一人が、話を止めるように小さな声で呼びかける。


「別に良いだろ、すぐに知れる話だ。身内の恥は早いうちに晒しちまうほうがいいやな」


 爺さんにそう言われると、男は黙って棒立ちの状態に戻る。


「うちで一番若い幹部だった奴がな、クスリやら女やらで稼ぎたいと言い出してな」

「発破するよ?」

「俺はやらねえよ。って突っぱねたんだがな。そしたら若い奴らを大半引き抜いて、新しい組を作りやがった」

「そんな勝手が通ったんだ。止められなかったの?」

「止めようとした若頭が腹かっさばいて死んだんだよ。まるで自分でやったみてえにな。……ありゃ晴三の仕業に違いないな」


 晴三というのが、その若い幹部だったという奴のことだろうか。

 しかし、若頭は自分で自分の腹を開いたというのか。

 詳しく聞いてみないとわからないが、普通に考えれば、若頭に自分で死ぬ意思なんてなかったはずだ。つまり、その晴三という奴がやらせたことになる。

 だが、魔法で生物は操れない。人に自害するように命令するなんてことは魔法には出来ないのだ。

 つまり、魔法以外の方法で切腹させたということになる。


「その晴三ってのは、ひょっとして薬を使うのかな? 人間の意識を操って、自由に動かすような」

「知ってるのかい?」

「似た手口で死んだやつになら、心当たりがある」

「それって……」


 牡丹もボクの言わんとしていることに気付いて、息を呑む。

 爺さんは一つ頷いて見せてから、答えた。


「確かに、晴三は催眠術を使う。特別に調合した薬で人間を催眠状態にして操るらしい。ただ問題があってな。一度その薬を使ったからといって操れるわけじゃない」

「どういうこと?」

「事前に薬で催眠状態にして、言うことを聞くように暗示をかけなきゃならない。出会っていきなり操られるってこたねえ」


 若頭は以前からその薬で暗示をかけられていたということか。

 それはつまり、同じ方法で牡丹が操られていたとしたら、同じように事前に暗示をかけられていたことになる。

 牡丹が御者として選ばれてから、暗示をかける機会がある人間は限られる。

 かなり短い時間しかなかったはずだし、第一、馬車の御者は他にもいて、誰がコルトス本人を乗せるのかは事前にはわからなかったはずだ。

 まさか、すべての御者に暗示がかけられていたのだろうか。

 いずれにせよ、やはり仕置人内部からの手引きがあったことは、間違いないだろう。


「その薬……使えるのは晴三だけ?」

「薬の調合と暗示のかけ方は一家の秘伝だとさ。隠密の家系だとか吹かしていたが、どうしてそんなやつがこんな稼業に転がり落ちてくるんだってな」


 隠密というと為政者に召抱えられて仕事をする者である場合が多い。役所に所属する仕置人にもそうした性格がある。

 そこから街の小悪党になったのなら、大した落ちぶれっぷりだ。


「……爺さん、その連中がどこにいるか教えて」

「なにをするつもりだ?」

「まずは調べてからだけど一応、聞いておこうか。そいつら、発破しちゃってもいい?」

「……好きにせい。自分らでやったことの始末でそうなるってんなら、俺の口出しすることじゃねえやな」


 元親分に見捨てられるとは、あまり可愛い子分じゃなかったんだな。若頭の仇っていうのもあるだろう。

 ともあれ、その若い連中……今は大野見屋と名乗っているらしい。そいつらの根城の場所を聞き、牡丹と二人でそこに向かうことにした。


「なあ蛍。もし香奈を見かけたら……」


 店を出る間際に呼び止められる。


「わかってる。ここに知らせるよ」

「ありがとよ」

「まだお礼を言うには早いよ。見つけたら後で菓子折り持ってきてくれればいいから」

「くっくっく、最近流行りの渡来物を持っていってやるよ」

「流行なんてわかるんだ。さすが爺さん、新しモノ好きだね」

「おいおい、古いのもきちんと愛でてるんだぜ?」


 爺さんの苦笑に送られて店を出ると、日は少しずつ傾きつつあった。待ち合わせの時間まで、あまり余裕は無い。

 ボクらは足早に大野見屋の居場所へと向かうのだった。


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