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水都瑞原物語 爆殺仕置人発破帳  作者: ブラインド
仕置人裏切り事件
3/8

容疑者マサツグ

水都瑞原物語 爆殺仕置人発破帳



「どういうこと?」

「言ったとおりです」


 登は、少し疲れた表情で俯いていった。

 マサが本部へ行った翌日、茶屋に登がやってきた。藍佳に店番を任せ、ボクだけ奥で話を聞く。

 どうやらマサは先日の失敗の責任を取ることになるらしい。のだが、どうも単に護衛に失敗したという話では終わらないらしい。


「センパイは今回、かなり用心した作戦を立てていました。コルトスが帰宅するための馬車ですが、どれに本人が乗っているのかは誰にも知らされていなかった」


 わかっていたのはコルトス自身、乗り合わせた護衛二人と御者。

 そしてマサだけだ。


「他の馬車は一切襲撃されず、当たりだけが的確に狙われました。この場合、ありえないはずですが、殺されなかった御者、そしてセンパイを疑わざるを得ない」

「御者のほうは?」

「そちらも尋問していますが……車内に同乗していた護衛の一人の妹なのです。兄妹仲が最悪だったというなら別ですが……」


 もしかしたら、馬車の前に蹲っていたのがそうだったのだろうか。


「コルトスが死んだとき、マサはボクと一緒に居た」

「人を使ったのでしょう。今回参加していなかった仕置人か、もしくは外部の人間です」

「……裏切ったっていう証拠は?」

「ありません。ですがセンパイなら動機はある。コルトスに仕置きしたい、というだけでも充分でしょう」

「そんなにマサが裏切ったことにしたいの?」

「とんでもない! なんとかセンパイの疑いを晴らそうと、私が陣頭指揮を執って捜査していたんです。幸い、センパイが裏切ったということについては、他の幹部もあの方も疑っている状態ですから、捜査はしやすかった」


 あの方、というのは簡単に言えば幹部の中の頭、つまり仕置人を組織としてまとめている偉いやつだ。

 聞いた話によると、マサが現役の仕置人だった頃からの親友らしい。

 そんな人が一番上にいるのだから、マサへの疑いだってすぐに晴らせるだろう。

 と思ったのだが、


「ところが、一切手がかりが無い。センパイがやっていないとしても、暗殺したナニモノかの足跡は必ずどこかにあるはずなのに」


 俯いてずれた眼鏡の位置を直し、登は溜息を吐く。

 しかし、おかしな話だ。

 直接的な証拠はまったく無く、上層部が否定的なのにも関わらず、マサが裏切った前提でそれを覆すための捜査を進めている。


「センパイ以外の何者かが襲撃したとして、暗殺手段そのものも、どのようにしてコルトス本人の馬車を知ったのかも謎です。非常に巧妙に、我々仕置人の目を欺けるほどの実力があるということです」

「仕置人から逃げ切れるほどっていうと……」

「それこそ我々の中でも限られてきます。例えば、かつて『闇鞘ヤミサヤ』と言われたセンパイも、その数少ないうちの一人でしょう」

「……ふーんむ」


 ボクら仕置人は、役所の下につく組織ではあるが、公に存在が認められているわけではない。

 そのため、もしも仕置きの現場を一般人や警備隊に見つかったりすれば、そのままお縄になってしまう。役所も賢人会も弁護してはくれない。

 仕置きそのものをしくじったときなどは言うに及ばず。

 つまり仕置人には、誰にも気取られず確実に仕事をこなす能力が求められるのだ。


 闇鞘というのは、マサが現役バリバリで悪党を斬り捨てまくっていた頃の呼び名だ。

 あの音や光を遮断する隠密魔法をはじめとした闇の魔法を操り、対象にも周囲の人間にも気付かれることなく仕置きを完遂する。

 当時、仕置人仲間でも一、二を争う執行数だったというのはマサの弁だ。

 そう考えてみると、馬車の中で争う間もなく殺された三人の様子は、まるで闇魔法でも使われたような……いやいや、マサはボクと一緒に居たんだってば。


「……とりあえず、証拠は無いけど一番疑わしいからマサに責任を全部被せようと」

「そう、なりますね」

「ボクたち……マサの部下はどうなるの?」

「おそらく別の幹部の下に付くことになるでしょう。センパイの処遇は……おそらく三日後に決まります。追って沙汰がありますから待っていてください」


 登は立ち上がると、じっとボクを見下ろしながら、


「わかっていると思いますが、あなたたちは動向を見張られています。不用意なことは慎んでくださいよ。余計にセンパイの立場を悪くしてしまいます」


 そういって登が裏口から出ていくと、程なく藍佳がやってきた。


「店のほうは?」

「今はお客さんいないから。父さんは……帰ってこないんだね」

「聞こえてた?」

「少しだけ」


 藍佳は仕置人ではないが、マサやボクたちの仕事については一応知っている。

 普通は家族にも知らせない決まりだが、誘拐されたとき、否応にも知らざるを得なかったわけだ。


「父さん、どうなっちゃうかな」


 たぶん死ぬな。とはさすがに冗談でも言えない。

 裏切ったという証拠も何もないらしいが、良くて幹部の地位を剥奪。悪くすれば、瑞原からの追放などもありうる。

 登の口ぶりから察するに、実際の脅威を排除するということよりも、組織のメンツの問題なのだろう。何も出てこなかったとしてもマサに責任を全て吹っかける可能性は高い。


「……やれやれ、たった三日か。時間が無いなぁ」

「どうするつもりなの?」

「もちろん黒幕を見つけ出して発破……したらダメか、今回は」

「でも、さっき動くなって言われてたんじゃないの?」

「言われて大人しく出来るほど上品じゃないんだ」

「まあ蛍が下品なのは良く知ってるけど」

「なんだとぅ」

「じ、自分で言っひゃんひゃにゃいにょ」

「うりうりうり」

「ひゃめへぇっ」

「……藍佳、しばらく店番は頼んだ。裏にも手伝ってもらいなよ」


 この茶屋の裏にはすぐに遊郭があり、近所づきあいも悪くない。まだ年少で部屋に出ない子には、たまにこちらを手伝ってもらったりもしているのだ。


「らいりょうう……ぷぁっ! 大丈夫だから、無事に帰ってきてね」

「心配ないから、マサの好きな羊羹でも用意して待ってなよ」

「それは蛍の好物じゃない」

「おや?」

「もう……羊羹とかりんとう用意しとくから。いってらっしゃい」

「いってきます」


 ボクは二階に上がり、屋根裏に出ると隣家から伝って少し離れた家の屋根に出た。

 周囲確認からの、全力疾走。

 屋根伝いに駆けて行き、やがて一街区を走りきると道がある。荷車や馬車などが通れるように道は五間(約九メートル)ほども幅がある。

 ボクは勢いに乗ったまま跳んだ。が、このままではどう見ても距離が足りない。

 懐から魔法媒体の入った符を出し、丸めて背後に放った。

 左手の手首を反らせると、袖に仕込んだ装置が飛び出してくる。それを素早く押す。

 ぱんっと小さな炸裂音がして、背後で空気が破裂した。小さな発破の魔法が発動したのだ。

 放たれた衝撃が風となり、空中にいるボクの背中を押す。

 道を越えた家の屋根に着地、前転で勢いを殺す。

 後ろを振り返ると、さっきまでボクがいたのと同じ屋根の上に人影があった。

 とりあえず、お尻を向けて叩いて見せる。と、瓦が飛んできた。


「くふふ」


 瓦を避けてすぐに走り出す。

 今の魔法の音に気付いて、道行く人たちが頭上を見上げていた。音自体は軽く張り手でもしたような小さいもののはずだが、屋根の上にいるのを見つかったらさすがに怪しまれてしまう。

 ある程度走ったところで屋根から降り、少し離れたところにある隠れ家に向かった。


 この隠れ家はマサの用意したもので、仕置人の中でもマサの部下数名しか知らない。

 といっても、それ自体はさして珍しくない一軒家だ。

 勝手口から入ると先客が居た。


「やあ、やっぱり来たね」

「……なに貧相な身体晒してるのさ、陸」


 台所ではふんどし一丁のケモウドの男が、竈の火を見ていた。


「いやなに、ちょっと用を足したところでさ」


 良く見ると肩やら胸の辺りに軽い引っかき傷やら噛まれた痕があった。


「まだ昼時だってのに、このエロ犬め」


 隠し事を聞き出すときは、その相手の弱点を突く。

 性的な意味で。

 陸は女を相手に口説き落とし、下の口を素直にさせて情報を手に入れるのが主な仕事なのだ。

 相手が男の場合は、先日のような張り込み調査になるわけだが。


「マサさんの件で話を聞きに来たのかい?」


 陸がキザったらしく角度をつけて微笑む。

 とりあえず腹を殴っておいた。


「おぐっ!? い、いきなり酷いじゃないか……」

「顔じゃないだけありがたく思え。ともかく、わかってるなら話が早い。なにか掴めたの?」

「まだ入り口程度だね。調べようにもまずとっかかりになる情報が少なすぎた。馬車がどういう状態だったかさえも伝えられてないからね」


 そういえば、登から暗殺の状況とか具体的な話はまったく聞いてなかったな。たぶん聞いても教えてくれなかっただろうけど。

 マサが疑われている状況で、そのマサの部下に詳しい話をしてくれるわけがない。

 あの時、見ただけで得られた情報は非常に少ない。

 殺された三人は座席に座ったまま急所を一発。馬車には被害なし。これだけではさっぱり手口がわからない。


「生き残った御者……牡丹によると、馬車は走っている間まったく異常がなかったらしい。いつの間にか中の三人は殺されていた。気付いたのは、コルトス邸に到着して扉を開けた時だ」

「まったく? これっぽっちも気付かなかった?」

「そうみたいだよ。だろう?」


 陸の言葉に釣られて振り返ると、隣の部屋から寝巻き姿の女が襖を細く開けて覗き込んでいた。女は一見普通の人間のようだが、耳が長い――ミミナガだ。


「彼女が牡丹だ」

「本部で取り調べされてたんじゃないの?」

「昨日、マサが本部に行くと彼女は開放された」

「で、それから一日で話を聞きだしたの?」


 陸の手の早さにも呆れるが、ちょっといろいろと許すのが早い女の軽さにも驚いてしまう。


「一応言っておくと、話は昨日会ってすぐに聞いたんだよ。隠すほどのことじゃないからってね」

「じゃあこの状況はなに?」

「それは辛いことがあった後だからね。慰めてただけさ」


 辛いことというのは、兄が殺されたことか。だとしたら、そんなに落ち込むなんて相当に兄妹仲が良かったのだろう。


「ボクは蛍。コレと同じでマサの部下ね。いくつか聞いてもいい?」

「その前に、こっちの質問に答えて」


 牡丹はボクの隻眼を睨むように見つめながら訊ねる。


「本当に……あなたたちの元締めがやったわけじゃないのね?」

「少なくとも、そんなことするはずがないよ」

「そう……信頼してるのね」

「してないとは言わないけど、そうじゃない。ちゃんと根拠がある」

「誰の仕業なのか、わかってるの?」

「それはまだ。でも今回の暗殺はね、状況的に考えてマサが裏切ったとしか考えられないんだよ」

「……は? そんなことするはずがないって、今……」

「今回の状況をつくる最も安易な方法は、マサが闇魔法を使ってコルトスを殺すことだ」


 特に、車乗り場で隠密魔法をかけコルトスを馬車に乗り込ませたまさにそのとき、同時に馬車の中の三人を殺してしまう、というのがもっとも可能性の高い手だろう。

 隠密魔法のせいで物音や悲鳴は外には漏れない。あとは普通にドアを閉め、馬車が屋敷に着いて誰かが開ければ死体が見つかるという寸法だ。

 これ以上ないくらい完璧に、マサが犯人であると状況は言っている。


「でも、自分がもし裏切る立場だったとして、考えてみな? 後で確実に自分に容疑がかかるような方法を使う?」

「あ……」

「普通なら、自分に疑いがかからないように工作する。今回の件はね、マサが裏切ったと考えるのが、あまりにも自然すぎるんだ」


 となれば考えられることは一つ。


「マサはハメられた。今回の件の黒幕の目的は、マサを失脚させることだ」


 恨みか、それとも他の理由かはわからない。しかし、仕置人の中にマサを追い落とすことで喜ぶ誰かがいるということだ。


「これで満足かな?」

「……もう一つ、いい?」

「なに?」

「あなたたち、これから真犯人を探すのでしょう?」

「まあ、そうなるかな」

「だったら、私にも協力させて。兄を殺した犯人を私も……」

「……まあ、いいんじゃない?」

「俺も問題ないと思うよ」

「……ありがとう」


 マサの部下は、ボクと陸を含めても七人しかいない。全員が今すぐに動ける保証もないし、人手は多いに越したことは無い。


「でも、牡丹も一応、容疑者には違いないし、あまり派手な動きは無理だからね」

「わかってるわ」

「じゃあ、ボクから質問なんだけど、自分の馬車にコルトスが乗ることになるって、事前に知ってたの?」

「いえ、私が知らされたのは実際に乗り込むとき、あの隠密魔法の中でよ」


 あの魔法は、光も音も外には通さない。

 ただし、中にいる人たちには近い距離ならそれらもちゃんと届く。でないと中にいる間に自分の感覚まで塞いでしまい、動き回ることが出来なくなってしまう。

 とはいえ、見える距離はおよそ手が届く程度。感覚の遮断に慣れていて、事前に周囲の状況をある程度記憶していないと自由に動き回るのは難しい。

 御者台から馬車の中となると、ぎりぎり中の様子がわかるかわからないか、というくらいか。


「じゃあ、コルトスが馬車に乗り込んだ直後に、なにか変わったことは?」


 マサにとっては犯行を起こす最高の機会だ。


「何も無かったわ。少し馬車が揺れていたけど、乗り込んだときの動きね」


 これで懸念は一つ減った。もちろん、マサの容疑が完全に晴らせるわけじゃないけど。


「じゃあ、コルトスの屋敷についたとき、すでに出迎えはいた? 馬車の扉を開けたのは誰?」

「確か……馬車が着く前から屋敷の前に一人、メイドが居たわ。扉を開けたのもそのメイドよ。開けるとすぐに、悲鳴をあげて……」

「メイドだけ? 護衛は?」

「そういえば、居なかったかしら……」

「なるほど。とりあえず最初にやることは決まったかな」

「どうするんだい?」

「何でも言って」


 にやにや笑いを浮かべる陸と真剣な表情の牡丹が、揃ってボクを見る。どうやらボクが指揮する立場らしい。そういうの、向きじゃないんだけどな。


「とりあえず、そのメイドに話を聞きに行く。それから、馬車で走った道中を調べる。この二つだね。時間が無いし手分けして……」

「それじゃ、俺がメイドのほうに決まりだな」

「陸、聞き込みは手短に。たっぷり一晩かける余裕はないから」

「わかっているとも」


 薄っぺらい笑顔が不安を掻き立てる。

 このエロ犬は女の匂いを嗅ぐだけで発情するんじゃないかっていうくらい見境が無いからなぁ。


「蛍こそ、調査に発破は必要ないからね」

「わかってるよ。こんな昼間っから街中でぽんぽんやったら目立って仕方ない」


 何故か口は笑みのまま半眼で見下ろしてくる。なんだ殴られたいのか。


「ええと……」


 陸のみぞおちに拳を叩き込んでいると、牡丹が戸惑ったよう表情でボクを見る。


「馬車の走路は牡丹がわかってるよね。ボクと二人で捜索だ」

「う、うん」

「誰かと鉢合わせても大丈夫なように変装していこう」


 そのための服や道具はちゃんとこの隠れ家に用意してある。


「陸、夕方にここで落ち合うってことで」

「り、了解……」


 悶絶する陸は置いて奥の部屋に行くと、牡丹と共に変装のための着替えを選び始めた。


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