マザーズ オヴ レイン
話の舞台は20年ちょっと前のことです。
マザーズ オヴ レイン
山本 喜也
梅雨の合間の薄曇りの日だった。湘南と呼ばれる地域
の茅ヶ崎市に当時住んでいたぼくは、東海道線の上り(
東へと向かう列車のことだ)に乗って気晴らしに出かけ
た。取りあえず銀座に出てみようと思っていた。
新橋で京浜東北線に乗り換え(神戸生まれのぼくにとっ
てはこのライトブルー一色の列車に郷愁を感じたものだっ
た。蛇足だが、この時点では京浜東北線は山手線との並行
区間での快速化はまだされていなかった。)、有楽町で降り
た。
文庫本型の地図を頼りに、銀座通りまで歩いて出ると、
空は泣き出したいのを我慢しているかのような暗い雲の色
に変わっていた。
銀座に来たからといって別にデパートの中を見て回るの
ではなく、ただ商店街をぶらぶら、のんびりと歩くのがぼ
くの趣味のひとつだった(今でもそうだ)。
同じ職場の「伊藤さん」という女の子に恋をし、そして
失恋し、それでもなお且つ毎日職場で顔を合わせなければ
ならないという切ない苦痛がどうやら苦痛でなくなりつつ
あった時のことだ。
商店街を歩くぼくはいつも一人だった。
まるでアイスキャンデーを舐めるように商店街の端から
店を眺めて回った。
途中で小雨が降りだしたのでイトヤという文具店に入って
雨やどりをすることにした。小奇麗なファンシーグッズをひ
とつひとつ手にとって眺めていると退屈せずに済んだ。
当時は、音楽に合わせて首を振りコミカルにツイストもし
くはダンスする、サングラスをかけた向日葵の鉢植えの形を
した電池仕掛けのおもちゃが流行っていた。イトヤの店内の
テーブル上には、その音楽に合わせて踊る植木鉢たちが数多
く並べられ、その中央にはラジカセが一台置かれていた。様
々に茎をくねらす向日葵たち、それは一種壮観なものがあっ
た。見ていて見飽きないのである。風になびくのでなく、各
々ばらばらな動きをする。決してシンクロナイズされてはい
ない。ひとつひとつ個性を持っていてかつ、全体として特異
な、そして陽気な場を形成していた。
ラジオの周波数がFM局かFEN(米国極東放送)に合わ
せてあったのだろう。ロックミュージックが三曲流れ終わっ
た後で、アメリカ人のDJが何かしゃべっていた。もちろん
早口の米語である。その間、向日葵たちはぎこちない動きを
した。長々としゃべった後に、梅雨時にふさわしい音楽でも、
と言ったのだと思う。一曲の電子音楽が流れ出した。
初めて聞く曲だったが、聴いていて、「これはひょっとし
て、、、」と思った。アレンジ(編曲)には馴染みがあった。
なんとなく懐かしさを感じさせるメロディーだった。途中で
入るエレクトリックギターの音色にみずみずしい感じを聴き
取った。曲が終わるまでの間にぼくはひとつの確信を得た。
(タンジェリンドリームが新しいアルバムを出したんだ!)
小雨の中を、ぼくは生きる楽しみをひとつ思い出したよう
な気分になって有楽町の駅へ向かった。
ハートウォーミングな内容を目指しました。




