↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大罪~大罪から神になった物語~  作者: akkun
【1章 転生・幼少期編】
1/1

1話 断罪と誕生

数ある作品の中からご覧いただきありがとうございます。


【1章 転生・幼少期編】

前世で最悪の罪を犯した男が、異世界で「家族の温もり」を知り、やがて【神】へと至るまでの物語です。


どうぞ最後までお楽しみください!



 コンクリートの冷たい壁と、死んだような静寂。


独居房の壁の高いところに嵌め込まれた小さな鉄格子の窓から、俺はただ外の空を眺めていた。


今にも雨が落ちてきそうな、重い曇り空だった。どんよりと垂れこめた灰色の雲が、まるで俺の心を映し出しているかのように、冷ややかに空を覆っていた。


ここがどこなのか、説明する必要もない。

日本の拘置所——死刑を待つ者のための場所だ。



(……今日か)



早朝、廊下に響く複数の足音。

それが自分の房の前で止まった瞬間、心臓が握り潰されたみたいに冷たく縮み上がった。


ついに、俺の犯した「大罪」に決着がつく時が来たのだ。



手繰り寄せる記憶の底にあるのは、あの日、俺の手をねっとりと赤く染めた嫌な触感と、消せない後悔。いくら悔いたところで、血の匂いは消えてくれない。


どんな理由があろうと、俺は人を殺した。

一人の人間の命を奪った、救いようのない悪魔だ。


遺族の憎しみに満ちた視線。

裁判官の冷徹な死刑判決。

世間からの「早く死ね」と言わんばかりの激しいバッシング。

その全てを受け止め、俺はこの狭い部屋で己の罪と向き合い続けてきた。



鉄格子越しに見える空を、もう一度だけ目に焼き付け、静かに息を吐き出す。



「立ちなさい。」



刑務官の無機質な声に従い、ゆっくりと立ち上がる。

手錠がガチャリと音を立て、皮膚に冷たく食い込んだ。

廊下を踏む自分の足音すら、残り時間を刻む音に聞こえた。


連れて行かれたのは、教誨室だった。

お香の匂いが立ち込める部屋で、老いた教誨師が黙って俺を見ていた。


「最後に、何か言い残したいことはありますか。神や仏に、祈りを捧げますか。」


その声は、驚くほど温かかった。

だが、俺は首を小さく横に振った。


「……いいえ。祈る資格なんて、俺にはありません。」


「あなたの犯した罪は重い。だが、心から悔い改めるのなら、救いはある。」


「悔い改めたところで、奪った命は戻りません。俺は許されたくて死ぬんじゃありません。ただ、罪を背負って消えるだけです。」


教誨師はそれ以上何も言わず、悲しそうに目を閉じて深く合掌した。

その静寂が、俺の胸を鋭く抉った。



教誨室をあとにして、辿り着いたのは妙に鮮やかな赤い絨毯が敷かれた部屋。

その中央に、太い麻縄が一本、ぽつんと垂れ下がっていた。


 絞首台だ。



死にたくない。怖い。

喉の奥が乾ききって、膝がガクガクと震えていた。

だが、そんな情けない恐怖以上に俺を支配していたのは、「これでようやくこの地獄のような罪悪感から解放される」という惨めな諦念だった。



「最後に言い残すことはあるか。」



「……ありません。」



声がかすれて、うまく出なかった。


目隠しをされ、世界が途端に真っ暗闇に落ちる。

首に、ざらついた麻縄の感触が巻きつく。

締め上げられる皮膚の感覚。


聞こえるのは、狂ったように打ち鳴らされる自分の心臓の音だけだ。



(俺の人生は、ここで終わる。罪を背負って、無様に消えるんだ——)



ガタン、と足下の床が抜け落ちる重い音。


一瞬の浮遊感。

直後、首を襲う暴力的な衝撃。


「ッぐ……あ……ガッ……!」


喉がつぶれ、気道が完全に塞がる。

肺が酸素を求めて痙攣し、体が狂ったようにのたうつ。

瞼の裏で真っ赤な火花が散る。

足が虚空を無様に掻き、自分の汚い生への執着が剥き出しになる。


苦しい。痛い。たすけてくれ——。


やがて意識がドロドロに溶けていき、俺の日本の人生は最悪な形で幕を閉じた。



◇

 


断罪は、果たされた。


……はずだった。



闇。


底のない、冷たい闇。


感覚も、自我も、輪郭を失って溶けていく。


そこで、声がした。

頭の内側に直接、冷えた刃を差し込むような声が。



『——個体情報。前世個体の生命活動停止を確認。』


『——魂の回収を開始。』


『——警告。当該魂より、極めて強力な罪業を検出。』

『——【大罪:殺人】。』


『——世界の理(ルール)との衝突を確認。』

『——当該魂の消去を実行。』



声は、冷たかった。

誰の感情も乗っていない。俺という存在を、ただ一枚の不具合として処理しようとしている。



——消えるか。


魂の底で、何かが軋んだ。


死にたくない、ではない。

奪われてたまるか、だった。


俺が奪った命は、消えない。

なら、俺も消えてたまるものか。



『——警告。魂の強固な抵抗を確認。』

『——消去、不能。』


『——変質処理へ移行。』

『——魂の形を変え、存続を許可。』



許可?

ふざけるな。

お前が許すんじゃない。俺が、残るんだ。



『——罪を、力に変換。』

『——【大罪:殺人】を触媒とし、固有スキルを付与。』


『——【強奪者の権能(スキルテイク)】。』

『——【死線克服】。』


『——取得を確認。』


『——転生処理、開始。』



光。


とてつもなく、まぶしい光。



闇が裂けた、のではない。

闇のほうが、俺を手放したのだ。


冷たさが引いて、熱が来る。

音が戻ってくる。遠くで、誰かが叫んでいる。泣いている。

空気の匂い。血の匂いとは違う、あたたかい匂い。



——息ができない。


喉が詰まる。肺が軋む。初めて肺を使うみたいに、体中がぎこちなく震えた。


そして、俺は泣いた。

産声というやつを、上げた。


「——ユコ……!! シツオ、エリシア!」

 

部屋を割るように、男の声が響く。

だが、耳に入るのは意味のない音の濁流だった。言語ではない。ただの雑音だ。

――何だ? 何を言っている。

 

「ゼロス……ヒツフ、ハオ。ゼロス、ソツルコユテ!」

 

続いて女の声。それもやはり、聞き覚えのない異世界の言葉だった。

頭が痺れるような違和感の中、脳の奥の回路が急激に熱を帯びる。

 

『——異言語干渉を検知。』

 

『——自動翻訳プロトコルを起動しま

す。』

 

冷たいシステムのような声が脳内で響いた瞬間、頭の霧が晴れるように、男と女の言葉が意味へと変換されていく。



「——産まれた……! 産まれたぞ、エリシア!」


男の声が、はっきりと脳に突き刺さる。


「ゼロス……ゼロス、だ。エリシア、この子はゼロスだ!」

「ゼロス・ラグナロク——俺たちの子だ!」



女の声が、震えながら俺の名を繰り返す。


「ゼロス……ゼロス」


その声は、涙でぐしゃぐしゃに崩れていた。


俺は、その声を知らない。

この名も、この部屋も、この二人も、何ひとつ知らない。


なのに、その声は——あまりに、まっすぐに俺を呼ぶ。



「なんて光だ……エリシア、見ろ。この子の首に——」


父の声が、途切れた。


母が、息を呑む。


「……光の、線」

「絞めた痕のような。でも、これは——」


部屋の空気が、変わった。


灯が、ゆらめいた。いや、ゆらめいたのは灯だけじゃない。カーテンも、母の髪も、空気そのものが、俺を中心に静かに寄せられていく。


ガラスに、霜が咲いた。季節でもないのに、白い花のように。


母が、泣きながら笑った。


「祝福されてる……この子、祝福されて産まれてきたのよ」

「ガルド、この子は、何か——大きすぎるものを抱えて生まれてきた」


父は、何も言わなかった。

ただ、俺を抱く腕が、少しだけ強くなった。



——やめろ。


心の中で、俺は叫んでいた。


やめろ。その顔で、俺を見るな。

その手で、抱くな。


俺は、人を殺した。

首に縄をかけられて、床を抜け落ちて、無様に死んだ男だ。

祝福される資格も、抱かれる資格もない。


なのに——


「ゼロス」

「ゼロス。怖くないよ。もう、どこにも行かせないから」


母が、俺の額に唇を落とした。


熱かった。

血の匂いのしない、熱だった。



——なんだ、これは。


罪を背負って消えるはずだった。

消えられなくて、形を変えられて、気づけばここにいる。


そして、こんなにも、あたたかい。


この温もりを、覚えておけ。

いつか、全部奪われる日が来るとしても。

俺は——この手を、離さない。



「ゼロス」


父が、もう一度、その名を呼んだ。


「ゼロス・ラグナロク。……」


言いかけて、止まる。喉の奥で、何かが詰まっているみたいだった。


「エリシア。この名は——」


「あなたが決めたのよ。ずっと前から」


母が、泣きながら笑った。


「この子ができるずっと前から。あなた、毎晩その名を呟いてたもの。夢の中でも」


父は、しばらく黙っていた。

それから、俺を抱く腕を、ゆっくりと下ろした。


「……ラグナロクは、もう終わっていた」


低い声だった。


「俺の代で、全部。屋敷も、名も、金も、何もかも。残ったのは剣一本と、この古い姓だけだ」


「ガルド」


「だから、この子には何も継がせない」


父の声が、少しだけ強くなった。


「ゼロだ。何も持たない、まっさらな場所から——こいつに始めさせる」


「ゼロから」


母が、静かに繰り返した。


「何度でも。何度でも、始められるように」


「ああ。この子が転んでも、またゼロから立てるように」

「俺たちが持てなかったものを、こいつには、最初から持たせない」


その言葉が、俺の胸の奥で、ゆっくりと沈んでいった。



——ゼロ。


何もない、という意味の言葉。


この世界の言葉じゃない。俺の知ってる、日本の言葉だ。

なのに、その意味だけは、はっきりと俺の中に落ちてきた。


ゼロから始める。

何も持たずに、まっさらな場所から。



……ああ、そうか。


俺には、別の意味に聞こえた。


——消された、という意味に。



罪も、罰も、裁きも。

あの絞首台も、遺族の目も、真っ暗な視界も。

全部まとめて、きれいにゼロに戻してやる、と。


そういう声に聞こえた。



——ふざけるな。


俺は、赦されたいんじゃない。


あの人を殺した。その事実は、俺の一部だ。

ここで消してしまえば、俺はあの人を、二度殺すことになる。


きれいな赤ん坊になって、きれいな名前をもらって、きれいな人生を歩む。

そのために、たった一つ、都合の悪い記憶を捨てる。


そんなのは、償いじゃない。

ただの、上書きだ。



——ゼロから、か。


いいだろう。


俺は、ゼロから始める。

この手も、この体も、この名前も、何もかも初めからだ。


だが、ゼロにはしない。


俺が殺したあの人は、俺の中に連れていく。

あの日の血も、拘置所の冷たい壁も、首に絡んだ麻縄の感触も。


全部持ったまま、ゼロから歩く。


それでしか、俺は俺を——赦せない。



「……ゼロス」


母が、俺の鼻先に指を当てた。


「聞こえてる? あなたの名前よ」


「エリシア。まだ産まれたばかりだぞ」


「いいの。名前は、何度も呼んだほうがいいのよ」

「呼ばれるたびに、その子になるんだから」


母は、そう言って、もう一度呼んだ。


「ゼロス」

「ゼロス・ラグナロク」



窓の外で、風が鳴った。


さっきまで部屋を満たしていた光が、ゆっくりと引いていく。

ガラスに咲いていた霜が、溶けて、細い筋になって流れ落ちた。


まるで、部屋の中の時間だけが、俺に合わせて呼吸しているみたいだった。



俺は、指を握り返した。

小さな、小さな手で。


父が、息を呑んだ。


「……握ったぞ。エリシア、この子——」


「ええ。聞こえてるのよ、きっと」


母が、俺の額に額を寄せた。


「ゼロス。ようこそ」



そのとき、俺の首の光の線が、すっと薄れて消えた。


まるで、誰かがそっと、縄をほどくみたいに。


父が、俺の首に目を落とした。


「消えたな」


「消えたわね」


「……あれは、何だったんだ」


「わからない」

「でも、この子が背負ってきたものだとしたら」


母は、少し考えて、それから首を振った。


「いえ。背負って“いく”もの、かもしれない」


「どっちだ」


「さあ。生きてれば、わかるわ」


父が、小さく笑った。


「お前らしい」



頬に、涙の跡が乾いていた。



そのとき、頭の奥で、冷たい声が一度だけ鳴った。


『——個体名、登録。』


『——【ゼロス・ラグナロク】。』


『——前世代記録、保持。消去は行わない。』


『——祝福、確認。』


その声は、もう何も言わなかった。


まるで、それだけを言いに来たみたいに。



——ああ。


ちゃんと、持っていていいのか。


俺は、目を閉じた。

閉じたまま、まだ見ぬこの世界の空を、想像しようとした。


(……どんな空だ)


(この世界の空は、雨が降るんだろうか)



「ゼロス」


母の声が、闇の中で、灯みたいに揺れた。


——ゼロス・ラグナロク。

ゼロから始まる、この名前を。


俺は、忘れない。

 

 



第1話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ここから始まるゼロスの物語を、最後まで描き切れるよう書き進めていきます。


**【更新スケジュール】**

**毎週日曜日 朝10時**に新しい話を更新予定です。次回の更新もどうぞお楽しみに!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。