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必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象、俺のために婚約破棄する  作者: 歩く魚


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8/11

やっぱり胸じゃねぇか!

 夜の湿った空気に湯の匂いが混じる。

 女湯の方からは、桶の音と笑い声が、薄い壁越しに揺れていた。


 聞きたくないが聞こえてきてしまう。

 俺がソワソワしていると、ロンゲールが肩を揺らして笑った。


「お前、顔が赤いぞ」

「赤くありません」

「赤い赤い。可愛い奴だなぁ」

「……ロンゲール様。目的を忘れないでください」

「忘れてねぇよ。俺は真面目だ」


 嘘をつけ。

 それでも、これはチャンスだ。俺は小声で聞いた。


「その……ロンゲール様は、どういう女性が好みなのですか」

「急にきたな」


 ロンゲールが闇の中で口角を上げる。


「胸」

「…………胸」

「冗談だ。いや、冗談じゃないが、全部じゃない」


 良かった。アンリは顔は良いが、胸が大きい方ではないからな。

 俺が続きを待っていると、ロンゲールは少し考えてから口を開く。


「……笑う女がいい。あとは目が合った時に逃げないやつ」

「なるほど……」

「で、お前は?」


 突然、矛先が自分に向く。

 仕方ない。ここで言わないのは逃げだ。


「私は……むちむちしていて、胸が大きい子が……」

「やっぱり胸じゃねぇか!」


 抑えた声で笑うロンゲール。

 俺はむっとしたが、口元が緩むのも止められなかった。

 こんな状況で妙に楽しいのが悔しい。


 ――その時だった。


 カラン、と小さな音がした。

 板塀の向こうではない。

 俺たちの背後、地面の小石が踏まれた音だ。


 ロンゲールの空気が一変した。

 笑いが消える。気配が研ぎ澄まされる。


「来たぞ」


 ロンゲールの囁きに、俺の背筋が冷える。

 闇の中から男が現れた。

 背は低く、手には布袋。

 手慣れている動きで板塀へ近づき、腰を落とす。


(覗く気だ……)


 俺は反射的に動きかけたが、ロンゲールの大きな手が俺の胸元を押さえた。


「待て」

「ですが……」

「騒ぐな。いま女に気付かせたら終わりだ」


 正論だ。俺達は犯人を捕まえるために潜んでいる。

 時期を見定める必要があるのだ。

 息を殺して時を待っていると、男が板塀の擦れた部分に手を伸ばす。


 何かを差し込もうとした、その刹那。


 ロンゲールが石を一つ拾って投げた。

 狙いは男の足元。小石がコツンと当たり、男が「っ」と声を漏らしてバランスを崩す。


「誰だ!」


 男が振り向いた瞬間、ロンゲールは闇から躍り出た。

 獣のような瞬発力。巨体が風を切る。

 俺が息を呑むより早く男の手首が掴まれていた。


「覗きは趣味じゃねぇ。やるなら俺を見ろよ」


 意味がわからん台詞を吐くな。

 だが格好いい。


「俺は男は趣味じゃねぇんだよッ!」


 男は暴れ、腰から短い刃物を抜いた。

 刃が月光を拾う。

 危ない――俺が声を上げる寸前、ロンゲールが男の腕を捻り、膝で腹を押し潰した。


「ぐっ――!」


 男が呻き、刃物が落ちる。

 ロンゲールはそれを蹴り飛ばし、男の背を地面に押し付けた。


「奇遇だなぁ、俺も男より女が好きだぜ? まぁ、俺たちの心が重なるのはここだけだが。――リンタロウ」

「はい!」


 呼ばれた瞬間、俺は我に返り、布で男の手を縛った。

 指が震えていたが、これくらいで怯むわけにはいかない。


「――きゃあっ!」


 突然、女の悲鳴が塀の向こうから上がった。

 覗きが捕まったのに誰かが気付いたのだ。


「おい、裏だ!」

「また覗きか!」


 湯屋の女中たちの声が近づく。

 やばい。俺たちがここにいるのを見られたら誤解される。


 普段の格好ならまだしも、俺たちは世を忍ぶ王族スタイル。

 夜闇に出会うには怪し過ぎる。

 ロンゲールも同じ結論に達したらしく、俺の肩を掴んだ。


「リンタロウ、こいつはガルドに渡す。お前は下がれ」

「いえ、私も――」

「下がれ。俺が前に出る」


 その言い方は命令ではなく庇護だった。

 反論したかったが喉が詰まる。

 俺は一歩、後ろへ退いた。


 続けて女中が角から飛び出してきた。

 桶を持ったまま、目を吊り上げている。


「――あんたたち! 何してるの!」

「覗きが出たから捕まえたんだよ」


 ロンゲールは淡々と言い、縛った男を引きずり出す。


「ほら、こいつだ」

「……え?」


 女中の目が男に向き、すぐに顔色が変わった。


「あ、あんた……! この前も――!」

「こいつの顔、見覚えあるのか?」

「あるわよ! 店の裏で走ってるの見たんだから!」


 女中が怒鳴ると、周囲の空気が一気に俺たちへの疑いから男への怒りに変わった。

 ロンゲールは意識的にこの流れを作ったのだ。機転というやつだ。


 そこへガルドが駆けてきた。


「やっぱり出やがったか!」

「おう、礼はいらねぇよ」


 ロンゲールは短く言い、男を押し付けるように渡した。


「よし、リンタロウ、行くぞ」

「はい」

 

 今日の目的は達成された。

 これで無事に――。


 

「待ちなさいよ! あんた、さっきから顔隠してるじゃない!」

「お、おい……あの兄ちゃんはワケあってだな……!」


 背後から声。女中の一人が止まらない。

 ロンゲールが舌打ちしそうになったのを俺は見逃さなかった。


「ロンゲール様、ここは――」

「逃げるしかないなァ」


 即決すると、ロンゲールは俺の手を引いて走り出した。

 俺の足がもつれる。だが彼の手は離れない。


「……っ、はや……!」


 走る速度がおかしい。

 俺が息を切らす横でロンゲールは笑っていた。


「ほら、筋トレの成果を見せてみろ」

「筋肉を鍛えても、持久力は、別です……!」


 角を曲がり、荷車の陰に滑り込む。

 背後から女中の足音が遠ざかり、俺は壁に額をつけて呼吸を整えた。


「……っ、はぁ……」

「死んだか?」

「生きてます……!」


 返事をしながら、俺はロンゲールを見上げた。

 暗がりでも分かる。笑っているが目は真剣だ。


「ロンゲール様には全てが見えているようですね」

「ん?」


 気付けば、口が勝手に動いていた。


「覗きの動きも、どうやって取り押さえるかも。最初から全てが読めているかのような判断の早さです」


 ロンゲールは少しだけ黙った。


「みんなの褒め言葉は、だいたい王子だからだ。立派だ、強いだ、偉いだ……困っちまうよな」

「……」

「でも、お前のは違う。俺を見て、俺のやったことを見て、それで言ってくれる」


 暗がりで、ロンゲールの笑みが少しだけ歪んだ。

 嬉しそうで困っているみたいだ。


「……だから今度は、正式に女湯に連れてってやろう」

「そこに行き着くんですか!?」

「ははっ! いいだろう、お前と胸のデカい美人をくっ付けてやる。お前みたいに気がきく奴は、きっと家庭に入っても上手くやっていけるだろうさ」

「それは……まぁ、お願い、いたします……?」


 俺はロンゲールとアンリをくっつけることばかり考えていたが、よく考えたらその後も人生は続く。

 第二王子パワーで美人と繋げてくれるのであれば願ったりだ。


 俺が頷くのを見て、ロンゲールは「俺の臣下になる素質はあったわけだ!」と愉快そうに笑った。


 だが、心なしか、何かに揺れているようにも見えた。

評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

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