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必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象、俺のために婚約破棄する  作者: 歩く魚


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7/11

お前がいるだろ?

 鷹狩りから一月ほど経った頃、俺は城の廊下で、悪い予感を背中に感じて立ち止まった。


「リンタロウ。今夜、時間あるか?」


 悪い予感の正体――ロンゲールが曲がり角の向こうからひょいと顔を出したからだ。

 この人は、こういう時だけ妙に軽い。

 いや、普段から軽いのだが、悪だくみを思いついた時の軽さは別格である。


「ございますが……どうされました?」

「町に行くぞ」


 短い命令。だが表情がやけに楽しそうだ。

 男が夜に町へ行く。その時点で嫌な連想がいくつも浮かぶ。

 俺は一応、臣下の顔を作った。


「差し支えなければ、目的を伺っても?」

「決まってる。女だ」


 秒で答えるな。


「……ロンゲール様」

「冗談冗談。半分な」


 半分は本気ってことじゃねえか。

 俺の頭の中には原作の知識がちらついていた。

 

 ロンゲールは女好きで、しかも妙に紳士だ。

 手は出さないが口は出す。

 悪質というより、女にモテたいタイプの陽キャラである。

 そのくせ、本気で惚れた女に対しては奥手になり、途端にダメダメ男に。

 

 こいつがアンリと結ばれるには――いや、その前にアンリが登場するまでに、どんな女が好みで、どんな言葉に弱いかを把握しておく必要がある。


(俺はあくまで、アンリとロンゲールを幸せにするためにここにいる……)


 そう、ここにいる。手を伸ばせる場所に。

 つまり、こいつの変な行動を止める役目も俺にある。


「……夜の町は危険です。護衛を増やして――」

「増やすな。今日は二人がいい」


 妙に爽やかな笑み。

 悪い予感が確信に変わる。


「それに、お前がいるだろ? 頼りになる臣下がな」

「……はい」


 推しに「お前がいるだろ?」と言われて断れる人間が存在するなら名乗り出てほしい。俺は弱い。



 日が落ちた頃、俺たちは城内の人々にバレないように城門を出た。

 ロンゲールはいつもの正装ではなく、地味な上着にフード付きの外套を羽織っている。

 俺も同じように、従者らしさが出ない服に着替えた。


「こういうの似合わねぇんだよなぁ」

「目立たないことが目的ですから」


 こちらの返答に、ロンゲールは不満そうに鼻を鳴らす。


「俺はコソコソするのは嫌いなんだよ。俺の筋肉も目立ちたいって言ってる」

「王子がその自覚を持たれると臣下が困ります」


 そう言うとロンゲールは「ははっ」と笑った。

 この人は、こういう軽口を許してくれる。

 だからこそ臣下との距離が縮みやすいんだろう。

 フランクな大男というキャラだから俺も好きになった。


 やがて、俺たちは町に到着した。

 グレイフォードの城からほど近く、規模もそこそこな町は夜でも賑やかで、酒と焼き物の匂いが混ざっていた。


「で、どこへ?」

「湯屋だ」


 湯屋。 ああ、風呂か。

 汗を流したいのだろうかと一瞬だけ思った俺が馬鹿だった。


「女湯がある方のな」

「……ロンゲール様」


 俺の声が低くなる。


「覗かねぇよ。さすがにそこまで馬鹿じゃない。覗きたきゃあ呼べばいいだけだしな」

「さすがにという言葉が出る時点で不安です」

「でも……楽しそうじゃないか?」


 ロンゲールが俺の肩に腕を回してきた。


「互いにがどんな女が好みか、とか」

「――それは、まぁ」


 否定できないのが悔しい。

 俺はアンリにとって最適解を用意するために訊きたいだけだがな。


「ほら見ろ。お前も大人の男だ」

「……私はただの臣下です」

「臣下も男だろ?」


 この人の論理は雑だが、妙に通る時がある。


 湯屋は町の端、川の近くにあった。

 木造の大きな建物から湯気が立ち上り、灯りが漏れている。

 のれんの向こうから女の笑い声が聞こえ、俺は反射的に耳を塞ぎそうになった。


「観察だ、観察。ほら、行くぞ」


 ロンゲールが肩を押して進ませる。

 俺は半ば引きずられながら湯屋の裏手へ回った。


 そこには、見回りの男が一人立っていた。

 湯屋の主人か、雇われか。

 彼は俺たちを見るなり険しい顔になる。


「おい。裏手に用はねぇぞ」

「ある」


 ロンゲールは即答し、そして懐から銀貨を指先で弾いた。

 男が反射的に受け取る。


「最近、この辺りに覗きが出るんだろ?」

「……なんで知ってる」


 男の目が鋭くなる。

 ロンゲールはフードを深く被ったまま、落ち着きながら言った。


「噂になってるんだよ。女が怯えるのは気に入らねぇ。今夜、囮で捕まえるから協力しろ」

「馬鹿言え。余計に騒ぎになる」


 そこで俺は一歩前に出た。


「失礼。私どもは覗く側ではなく、捕まえる側です。もし犯人が現れた場合、こちらで取り押さえます。湯屋の評判も守れるでしょう?」

「……お前ら、何者だ」


 男が俺を見て、次にロンゲールを見た。

 俺は言い淀みかけたが、ロンゲールが小さく首を振った。

 名乗るな、という合図だ。


「匿名の善人、でいいだろ?」


 ロンゲールが言う。

 あまりにも堂々としていて、おそらく男は暗に悟ったのだろう。

 しばらく葛藤した末、低い声で吐き捨てた。


「……裏の板塀の傷が増えてるんだよ。そこから狙ってるらしい。だが、お前らも下手こくな。女中に見つかったら冗談じゃ済まねぇぞ」

「任せろ」


 ロンゲールの返事は軽い。

 しかし、その目は一瞬だけ獣のように鋭くなった。

 俺はそこで、鷹狩りの時の背中を思い出す。


(外のロンゲールは頼もしさが増すな……)



 裏手の板塀までは、湯屋の主人――名をガルドと名乗った――に案内してもらった。

 確かに板の一枚に妙に擦れた跡がある。

 人が何度も身体を寄せたのだろう。


「……ここか」

「ここだ。夜更けに来る。たぶん一人だが、油断はするな。お前みたいにデカい男に死なれちゃあ、処分が大変だからな」

「ははっ、違いない」


 いまだに警戒心もあるはずなのに、早くもロンゲールはガルドと打ち解けていた。

 ガルドが去る前に、俺は小さく手を挙げる。


「一つよろしいでしょうか。仮に逃げられたとしても、足跡を残せれば犯人が一人か複数か判断できます。灰か粉のようなものはありますか?」

「灰なら釜場にある。あとは……紐なんかも使えるか?」

「それで十分です。紐の先に小さな鈴を結べますか。塀に触れた瞬間、音が鳴るように」


 ガルドは胡乱げに俺を見たが、やがて頷いて踵を返した。

 少しして戻ってきた彼は、灰の入った壺と、紐と豆粒みたいな鈴を投げて寄越す。


「遊びじゃねぇぞ」

「承知しています」

「デカい兄ちゃんだけかと思ったが、お前さんも意外と頭が回るみたいだな」


 ロンゲールが紐と鈴を受け取り、にやりとした。


「お前、こういうの慣れてるのか?」

「田舎では鶏を盗む狐対策に……いえ、私の話など忘れてください」

「忘れねぇよ。面白いし」


 ガルドが去ると、俺とロンゲールは暗がりに身を潜めた。


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