力だけではない男
森へと馬を進めながら、リンタロウの胸は緊張と高揚でざわついていた。
初めての鷹狩りに同行する機会を得て、しかもそれが推しであるロンゲールの傍でだなんて。
ゲーム画面越しに眺めていた推しキャラの勇姿を、今まさに生で拝める状況なのだ。
思わず頬が緩みそうになるのを引き締め、臣下として恥ずかしくない振る舞いをしなくてはと自分に言い聞かせる。
「リンタロウ、具合でも悪いのか?」
隣には馬に乗るロンゲール。心配そうに声をかけてくる。
その横顔は陽の光に照らされ、黒曜石のような瞳がリンタロウを映していた。
「いえ、申し訳ありません。ご心配には及びません。少々気が逸っていただけです」
リンタロウはハッとして首を横に振った。
「はは、そう緊張するな。今日は魔物退治も兼ねているが、楽しむ事も重要なんだぞ?」
ロンゲールは快活に笑う。
その笑顔につられて、リンタロウの肩の力も少し抜けた。
周囲にはイツヤと他の二名の従者も馬を連ねており、主君と臣下ながら和やかな雰囲気だ。
ロンゲールは時折振り返っては冗談を飛ばし、一行を笑わせていた。
「そういえばロンゲール様」
リンタロウは、ふと思い出したように口を開いた。
「鷹狩りとは申しますが、どのような魔物を狙うのでしょうか?」
「おっ、怖いのか? 意外と可愛いところがあるなぁ!」
ロンゲールが意地の悪い笑みを浮かべてリンタロウを見る。
「いえ、ただ心得を伺っておきたいだけです」
従者が慌てる様を見て、ロンゲールは「冗談だ」と軽く片手を挙げた。
「基本的には猪や蜘蛛型の魔物を狙う。猪は人里で畑を荒らすし、蜘蛛は森に迷い込んだ人をグルグル巻きにして喰ってしまうからな」
人を食べてしまう。ゲームでも人が襲われる描写はあったが、「どのように」という手段についてはほとんど明かされていない。
ロンゲールの言葉によってそれが明確に想像でき、さすが異世界は油断ならないと、想像以上のスリルにリンタロウはごくりと唾を飲んだ。
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「――んでな、その時にロンゲール様がいきなり樽を持ち上げて、酔っ払いの頭にぶん投げたんだよ」
「ははっ! そんな事もあったなぁ!」
「い、いくら王子といえど、そんな事をして大丈夫なのですか……?」
「面白いのはここからでな。実はロンゲール様がシバいた酔っ払いは、酔っ払いのフリをした盗賊の一人だったのさ!」
「いやぁ、アレは本当に驚いたよ。父上に叱られなくて済んだっていう意味でな」
「はっはァー! 違いないですね!」
ロンゲールの昔話……というより武勇伝をリンタロウに披露してくれる面々。
大袈裟に笑ってみせる第二王子だったが、リンタロウが視線を送ると他の従者にはバレないように小さくウインクした。
やはりロンゲールの観察眼に気付いている人間は少ない。
たとえ近しい間柄であっても、彼は悟られないようにしているのだ。
雑談を交えつつ森の奥へと進むと、朝露に濡れた下草の香りが漂ってくる。
木漏れ日が差し込む森の中で、ロンゲールの漆黒の鷹が腕甲にとまっている姿は絵画のようだった。
やがて適当な開けた場所に出た一行は、いったん馬を止めることにした。
ロンゲールが腕を前に突き出し、鷹に合図を送る。
「行け」と短く放たれたその声に応じて、鷹がシュッと音を立てて飛び立った。
羽ばたきで巻き起こる風がリンタロウたちの頬を撫でていく。
鷹は上空を旋回すると、目標を探すように森の方へ消えていった。
「さて、獲物がかかるまで待つとしようか」
ロンゲールは馬上から辺りを見渡しながら言う。
イツヤたちもそれぞれ警戒を怠らず周囲を確認している。
リンタロウも見習って弓を手に構え、いつでも矢を番えるようにしておいた。
実戦で弓を使うのは初めてではあったが、やるしかない。
そのまま十分ほどが経過した頃。「お、いたぞ」とロンゲールが小声で言う。
一同の視線の先、茂みから小さな茶色い動物が転がり出た。
「鷹が仕留めた森ウサギでしょうね」とイツヤが言った刹那、甲高い鷹の悲鳴が森の奥から響いた。
「――ッ!?」
嫌な予感が背筋を走る。まさか魔物の群れに襲われたのか?
ロンゲールは険しい表情で音のした方向を睨んでいた。
「イツヤ、他の二人は鷹を頼む! リンタロウ、お前は俺から離れるな!」
ロンゲールは即座に指示を飛ばし馬を走らせる。
リンタロウも慌ててそれに続こうとした――が、その瞬間、ガサリと背後の茂みが揺れた。
反射的に手にした弓を引き絞る。
現れたのは、土色の体躯に二本の角を持つ猪型の魔物。
体長は優に二メートルを超えていた。
「なっ……」
「リンタロウ! 下がれ!」
口から驚きを漏らしたリンタロウ。
彼が矢を外すと同時にイツヤが怒鳴る。
その声にハッとすると、慌てて馬を後退させようと手綱を引いたが、焦りのあまり馬が興奮してしまい、前脚を高く上げて嘶いた。
「うわっ——!」
振り落とされる。視界がぐるりと反転し地面に叩きつけられた。
全身に衝撃が走り、一瞬息ができなくなる。
しかし、弱肉強食の世界に待ったは存在しない。
幸いと言わんばかりに猪が鋭い牙を剥き出しに突進してくる。
(や、ヤバい。身体すくんで――)
リンタロウは衝撃に備えて強く目を閉じた。
耳元で風を切る音。何かが空を裂いた。
いつまで経っても痛みは襲ってこない。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、猪の巨体がリンタロウ目の前でドサリと崩れ落ちる。
何が起きたのか理解できず、呆然としてしまう。
「立てるか、リンタロウ!」
駆け寄ってきたロンゲールの声で我に返る。
見ると、猪の眉間には一本の矢が深々と突き刺さっていた。
正確無比な射撃。
「怪我はないか!?」
ロンゲールは馬を降り、リンタロウの傍に膝をついて覗き込む。
その表情は心配一色。いつもの余裕ある笑みは影もない。
「だ、大丈夫です、軽い打撲程度かと……」
リンタロウは身体を起こしながら答えた。
実際、背中が痛むものの骨が折れた様子もない。
ただ、少し擦り剥いたのか、手のひらに血が滲んでいた。
ロンゲールがそれに気づき、そっとリンタロウの手を取り上げる。
「無事でよかった。新人とはいえ、お前が怪我をしたとなれば俺の責任だからな」
そう言ってロンゲールは自身の袖を引き裂くと、手早くリンタロウの手に巻きつけて応急処置をする。
「ロンゲール様……その、先ほどの矢は……」
「もちろん俺が放ったものだ。お前にとって誤算であり幸運でもあったのは、俺が力だけの男ではなく武器の扱いも上手いという事だな」
ニカっと笑ってみせるロンゲール。
明らかに、死に直面した臣下を落ち着けるためのものだった。
「助けていただきありがとうございます」
リンタロウは心の底から感謝と敬意を込めて礼を述べた。
「私のような付き合いの浅い者も本気で救おうとしてくださるロンゲール様。やはり懐の大きな方です……!」
自分でも驚くほど真っ直ぐな賞賛の言葉が口をついて出た。
だが、それは紛れもない本心だった。
ロンゲールは少しばかり目を見開き、そして柔らかな笑みを浮かべる。
「お前は……この前から褒めすぎだ」
不意に紡がれたロンゲールの言葉に、リンタロウはどきりとした。
その声音は決してふざけた調子ではなく、かと言って叱るような厳しさもなく。
むしろ噛みしめるような優しい響きを孕んでいた。
「わ、私は当然のことを申したまでです」
照れ臭さに視線を落とす。
心臓がさっきまでの恐怖とは別の理由で高鳴っているのは、きっと無事だった安堵からだろう。リンタロウはそう思うことにする。
「おーい!」
振り向くと、イツヤたちが鷹を無事に保護して戻ってきていた。
幸い鷹は軽傷で済んだようで、従者の一人が腕に留まらせている。
続けて、討ち取られた猪を見下ろして「お見事です!」「さすがロンゲール様!」と興奮気味に称賛の声を上げた。
ロンゲールは「大袈裟だ」と苦笑していたが、決して本心から自惚れはしないものの、褒められるのを嫌がる方でもない。
「しかしリンタロウ、さっきの対応はいただけんぞ」
イツヤが声をかける。
「緊張するのは分かるがな、落ち着いて状況を見極めるんだ。まあ若いうちは失敗も経験のうちか!」
「申し訳ありません……精進します」
リンタロウが項垂れて謝ると、イツヤは「はは、素直でよろしい!」と笑い飛ばした。
「ロンゲール様」
従者の一人が声を上げる。
「まだ付近に他の魔物が潜んでいる可能性もあります。このまま留まるのは危険かと」
ロンゲールは「猪も仕留めたことだし、こいつを持ち帰って食っちまおう」と決断すると、リンタロウたちは猪を縄で縛り、馬に括り付けた。
「リンタロウ、もう歩けるか?」
ロンゲールが尋ねる。
リンタロウは頷くと、再び馬に乗ろうとした。
腰にまだ鈍い痛みはあるが、このくらいでへこたれていられない。
何より、先ほど助けていただいた恩に応えるためにも、最後まで仕事を全うせねば。
しかし、いざ鐙に足をかけようとすると痛めた背中が軋んだ。
「いたっ……!」」
思わず声が漏れる。
「まったく……お前は細いから。無理をするな」
いつの間にか隣に来ていたロンゲールが優しく言い、「細い」と言われたことにリンタロウが抗議するより早く、ひょいと身体を持ち上げる。
気付けばリンタロウは宙に浮いていた。
正確には、ロンゲールが軽々と彼を抱え上げ、自分の馬に乗せたのだ。
そのまま前方に座らされ、背後からがっしりと支えられる形になる。
「ロ、ロンゲール様!? 自分の馬に戻れます!」
「初めての狩りで疲れたろ。帰り道は甘えろ」
耳元で低く落とされた声に心臓が止まりかける。
ロンゲールの息遣いがすぐ後ろに感じられて、頭が真っ白になる。
「お、お供が主君に甘えるなんて――」
自分は大丈夫だと、なんとかアピールしようとするものの、背後から大きな手が手綱を握る拍子に、リンタロウの両手ごと優しく包まれ、その言葉は風に消えた。
「硬くなるな、落ちはしないさ。帰ったら猪の肉を食って、一緒に筋トレだな」
ロンゲールの朗らかな声に、リンタロウは観念して頷いた。
イツヤたちが「可愛がられてんなぁ」とニヤついている気がするが、今は気付かないフリをした。
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