腹が立ってきた
全身マッサージという言葉を聞いてリンタロウは眉を寄せた。
言葉自体に一種のいかがわしさというか、下卑た思考が過ってしまうが、そこではない。
ロンゲールはバリバリの女好きだった。
リンタロウがどちらかというと女性的な雰囲気を持っていたとしても、同性にマッサージさせることなど考えられない。
もしかしてこれは自分を試しているのでは?
あまり自室に他人を寄り付かせないロンゲール。
この田舎出身の男を認めてしまうと、自らの自由が脅かされるかもしれない。
だから、比較的穏便に、リンタロウの方から職を退かせようとしているのかもしれない。
ロンゲールのニヤニヤとした顔に挑戦を感じ取ったリンタロウ。
彼が返す言葉は一つしかない。
「承知いたしました」
「あっ……マジで?」
リンタロウと対面してから初めて、ロンゲールの顔に戸惑いの色が滲んだ。
「マジです。ソファではなくベッドの方が良いでしょう。移動していただけますか?」
「あぁ、はいよ……」
自分から言い出した手前、やっぱり無しとは言えない。
ロンゲールは言われるがままにベッドに寝転び、リンタロウは一言断ってから自分も上がった。
「では、まずはうつ伏せでお願いいたします。上半身から下半身へ、最初は弱い力でほぐしていきます」
前世でのリンタロウは多少のマッサージの心得があった。
と言っても専門的な知識ではなく、幼い頃から多忙だった両親の疲れを癒すべく、書籍に目を通して学んだ我流のもの。
ロンゲールの肩の辺りを手のひらでさすり、マッサージの入口へと入ろうとした時、リンタロウは息を呑んだ。
骨格からして日本人よりも遥かに強靭な異世界の男。
加えて日頃からトレーニングを欠かさないロンゲールの身体は、あまりにも雄であったからだ。
名ばかりの筋肉ではない。
中身がしっかりと詰まっていると主張され、リンタロウの手は、熱い湯に触れた時のように跳ねる。
(俺の推し、ムチムチ過ぎるぜ……!)
どの部位を触れても否応なく示される生物としての強度に、本能が従属しろと告げる。
だが、あくまでリンタロウの目的はロンゲールとアンリが幸せになること。
肉を触って色気を感じている場合ではない。
これからも陰ながら活躍してもらい、アンリとの出会いまでに一人前の恋愛を身につけてもらう。
そのために今は彼の身体を癒す。
全身を揺らすようにしてほぐした後は、部位ごとに指圧を始めていく。
「それじゃあ、圧していきますね」
返事はない。
リンタロウが押し込んだ親指は、鉄板のような硬さに阻まれる。
ロンゲールとの心の距離を表しているようだった。
「――か、硬いですね」
「そうか? 自分じゃ分からん」
筋肉なのか凝りなのか判別できないほどの硬度。指がへし折れそうだ。
しかし、力任せではなく徐々にほぐしていくことで、だんだんと指が通るようになっていった。
「…………んっ……」
肺が圧迫されることで意図せずロンゲールの声が出る。
とはいえ、その声には寛ぎの色が浮かんでいた。
「どうですか? 少し軽くなった感じとか、ありませんか?」
「あぁ……確かに……重石が、外れたようだ……」
「良かったです。腰から足へと移動していきますね」
肩部と同じように腰もほぐしていく。
こちらも最初は石のように硬かったが、少しずつ柔らかさを取り戻していった。
「あっ……あぁ……いいぞ、そこ……」
声が色っぽくなっていることに本人は気付いていないのだろう。
リンタロウは内心で戸惑っていた。
異性が好きな自分が、なぜ悶々とした感覚を抱えているのか。
古今東西、違う文化であっても美しいものを美しいと感じるように、イケメンの喘ぎは昂らせるものなのだ。
そう納得し、施術を続けることにした。
「――もう、いい」
二時間が経とうという頃、出し抜けにロンゲールが言った。
リンタロウには、その声は満足というよりも不快が含まれているように聞こえた。
「……はっ、何か無礼を働いてしまいましたでしょうか」
ベッドから降り、姿勢を正して問いかける。
「急に腹が立ってきた」
ロンゲールは巨体を翻し、胡座をかきながら言った。
「それは……申し訳ございません。私の不手際でロンゲール様に――」
「そうじゃない」
リンタロウは首を傾げる。
「自分に腹が立った」
「ご自分に……ですか?」
「あぁ。俺はてっきり、お前が金のために俺を利用しようとしているんだと思っていた」
ロンゲールは深くため息を吐いた。
肺の中に充満していた、他人への疑念を消し去ろうとしているようだった。
「俺の臣下は、兄貴たちのに比べたら仕事も少ない。王位を継がなくとも生涯楽に暮らすことはできる。その恩恵にあやかろうって魂胆だとな」
そんなことはない。リンタロウは言おうとしたが、その前にロンゲールが言葉を紡ぐ。
「だが、お前の手はまっすぐだった。一つの確たる信念のため、俺を応援してくれるようだった。お前は俺の行動を言い当ててみせたのに、俺の才を見込んでくれたのに、俺はお前の心を見誤っていた」
ロンゲールは小さく「それに腹が立った」と言い、黙り込んでしまう。
「それは違います。私のような田舎者、普通はロンゲール様の想像通りの愚考を持っているでしょう。ロンゲール様のような身分の高いお方は、用心するに越したことはないのです。
……そのように思ってくださったことは、私にとって一番の収穫でしたね」
茶化すようにリンタロウが言うと、ロンゲールはつられてクスリと笑った。
「……そうか。なら――」
ロンゲールはベッドから降りると、リンタロウの正面に立つ。
二十センチほどの身長差。
第二王子は見下ろす形となっていたが、その目には親愛の色があり、右手を差し出した。
「今日からお前は俺の臣下で、友達だ。俺を支えてくれ。よろしく頼むぞ、リンタロウ」
「この身を賭して、ロンゲール様をお支えしたいと存じます」
二人の手が重なり、固い握手が交わされた。
女好きなロンゲールがどうしてリンタロウに想いを寄せることになるのか。
次回から徐々に明らかに。
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