俺を王にしたくないんだな
噂の質が変わったのは、秋風が城壁を撫で始めた頃だった。
最初は笑い話だったものが、いつの間にか政治の匂いを帯び始める。
――第二王子は第一王子を出し抜こうとしている。
――側近を増やして地盤を固めているらしい。
――あの登用制度も布石だ。
笑って済ませられない噂だと、誰より早く気づいたのはロンゲールだった。
「俺が王位を狙ってる、か」
執務室で彼は書類を閉じ、ゆっくり椅子に背を預けた。
窓から射す夕陽が黒髪の輪郭を縁取っている。
その横顔に普段の軽さはない。
「狙っておられませんね」
「ははっ、即答するな」
彼は少しだけ口元を緩めた。
だが笑いはすぐに消える。
「これは面倒なことになったなぁ」
第一王子・エドガーは穏健で聡明だ。
だが、彼の周囲には穏健ではない臣下もいる。
王位継承は血で決まるが、実権は支持で決まる。
噂は支持を削る刃になる。
「ロンゲール様が否定して済む話ではありません……よね」
「そうなんだよなぁ」
否定すればするほど図星と囁かれ、沈黙すれば肯定と取られる。
だからこれは、言葉ではなく態度で潰す必要がある。
全く面倒なことになったと、俺は机の上の地図に目を落とした。
「第一王子殿下の主導で進めている港湾整備の件、進捗が滞っていると聞きました」
「資材が足りんらしいな」
「第二王子殿下が補完されては?」
ロンゲールの視線がこちらを射抜く。
「俺が?」
「はい。公の場で第一王子殿下の政策を支持し、支援する」
沈黙が落ちる。
「それはつまり、俺が王位に興味がないと示すためか」
「半分はそうです」
「残り半分は?」
「殿下が王位に執着していないことは、私は知っています。ですが世は知りません。ならば王位を支える姿勢を見せるべきです」
ロンゲールは立ち上がり、窓際まで歩いた。
「俺は兄貴を嫌っていない。だが、兄貴の臣下は俺を警戒している」
「それを逆手に取るのです」
振り返り、長い黒髪が揺れる。
「第一王子殿下の政策が成功すれば王国全体が潤います。殿下が支えれば、その功績は兄上に帰る。王位を奪う意思があるなら、そんなことはしない」
数秒の沈黙の後、低い笑いが漏れた。
「お前は、本当に俺を王にしたくないんだな」
「ええ。殿下は王座よりも自由を望んでいるでしょう」
「……よく見てるな」
「当然です」
まぁ、俺は彼を王にしたくないというより、アンリと幸せになってほしい一心なのだが。
・
数日後、第一王子主催の評議会にて、予想通り港湾整備の遅れが議題に上がった。
資材不足、予算不足、労働力不足。
議論は停滞し、空気が重く沈んでいく。
そこでロンゲールが立ち上がった。
「俺の管轄下にある北方の木材を回す」
ざわめきが走る。
「だがそれは殿下の演習地の――」
「構わん。港が整えば交易が増える。兄貴の政策が成功すれば、王国全体が得をする」
第一王子・エドガーが静かに彼を見る。
「……いいのか」
「兄貴が王になるなら、土台は強い方がいいだろ?」
俺が何かを言うことは当然ながらなく、ただロンゲールの横顔を見つめていた。
会議が終わった後、廊下に出ると、第一王子派の重鎮が近づいてきた。
「第二王子殿下。先程の件、感謝いたします」
「礼はいらん。王国のためだ」
重鎮は俺にも視線を向ける。
「側近殿、貴殿の進言か」
否定も肯定もしない。
だが重鎮は小さく頷いた。
「……殿下が王位を狙っているという噂は、これで消えるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、肩の奥に溜まっていた緊張が、ようやくほどけた。
・
執務室に戻ると、ロンゲールは椅子にどさりと腰を下ろした。
「あー……疲れた」
「王位を狙っている方には見えませんでしたね」
「やめろ」
ロンゲールは笑っている。
「俺は王になりたくないわけじゃない。ただ――」
言葉が途切れる。
「自由でいたいんだ」
小さく零れた本音。
俺は机に手をついたまま、彼を見る。
「ならば私は、殿下が自由でいられるよう動きます」
「それは、逆にお前の自由を削るかもしれないぞ?」
「承知の上です」
こんな特等席で推しの幸せを観れるのだ。
多少の自由など喜んでくれてやる。
やがてロンゲールは、ゆっくり立ち上がり、俺の前に立った。
「なあリンタロウ」
「はい」
「……もし俺が、全てを捨ててここから逃げ出したいと言ったら?」
思わぬ問いに言葉を詰まらせたが、答えはすぐに出てきた。
「その時は、よろしければ私もお供させてください。仮に追っ手がいれば、そこはロンゲール様の出番ですね」
視線が絡む。
「……お前はアホか!」
げし、と軽く蹴られる。
「今の細さじゃあ、とてもじゃないが同行させられんな」
「干し肉を身体に巻き付けておきましょう」
「ちょっと実用的で嫌だなそれは」
二人で笑い合う。
よく考えれば、ロンゲールが添い遂げる相手はアンリでなくても良い。
アンリなら釣り合うというだけで、逃げた先にも器量の良い子はいるだろう。
なら、俺はその道を手助けするだけだ。
俺は呑気にそんなことを考えていたが、ようやく思い出すことになる。
運命の糸は確実に手繰り寄せられるということを。
次回、ついに…?
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