破壊の中にあるもの
「ばばぁ……帰ってきやがったのか」
シオンが毒づくと、周囲の空気が一瞬凍りついた。
「シオン、レイ様に失礼でしょ!」
リリィが慌てて咎める。
「よいよい。元気だったかの」
レイはふわりと微笑みながら、シオンの悪態を軽く受け流すように声をかけた。
「はい! あ、ノア。こちらが元帥のレイ様よ。元帥の中でも格段に強いお方で、カイル元帥の師匠でもあるの」
リリィは口を小さくし、声を潜めて続けた。
「……ああ見えて、200歳は超えているんじゃないかって噂なの」
ノアは驚きと共に、その凛とした佇まいに改めて緊張を覚えた。
(師匠の、師匠……)
レイはゆっくりとノアを見つめ、細めた瞳に鋭い品定めの光を宿す。
「ほぉ……そなたがカイルが言っていたノアか。あのガキが弟子を取ったと聞いた時は、正直驚いたわ」
その声には、どこか含みのある軽い皮肉が混じっていた。
「そなたはどうして、ここにきたのじゃ?」
ノアは一瞬言葉に詰まったが、静かに答えた。
「……」
「人に感謝されたくてかの?それとも英雄になりたくてかの?」
「……どちらでも、ありません」
(……そんなのは、綺麗事だ)
レイは一歩前に進み、さらに鋭く問いかける。
「では、何故ここにきたのじゃ?」
ノアの胸の奥にある言葉を探りながら、目が揺れる。
「僕はただ、壊したいだけです」
その言葉を聞いたレイは、一瞬驚いたように眉をひそめる。
「壊したい……悪魔をかの? 憎しみでここに来たというのかのう?」
「それも違います」
「では、なんじゃ?」
ノアは拳をぎゅっと握り締め、紅の瞳に揺るぎない光を宿した。
「守れなかった自分への怒りを忘れたくないだけです。だから壊したい」
一瞬、食堂のざわめきが遠のいたように静寂が落ちる。
レイはその言葉を噛みしめるように目を細め、やがて腹の底から笑い声をあげた。
「……合格じゃ、笑!」
その笑いは豪快でありながら、どこか晴れやかだった。
笑い終えると、レイはすっきりとした顔でノアを見やる。
「嫌なことを思い出させて悪かったのぅ」
「……いえ」
「己のためじゃと、はっきり言えるものはここでやっていける。英雄だなんだと夢語るやつほど、早々に消えていくからのう」
そう言ってレイはふっと表情を緩め、空気を和らげるように両手を軽く叩いた。
「さて、妾は食事の続きを楽しむかの。……そういえば、主ら、ルカが探しておったぞ」
シオンは小さく舌打ちし、リリィはほっと息をつく。
ノアは短く頷き、胸の奥で小さく何かを確かめるように目を伏せた。
レイの言葉に促され、ノア、リリィ、シオンの三人は食堂を後にした。
廊下を抜けると、空気は食堂の温もりから一転して、ひんやりとした無機質なものに変わる。
壁面に並ぶ魔導計器が淡く光り、耳には一定の振動音が響いていた。ここは研究区画——戦術・魔導開発部門が集まる場所だ。
扉が開くと、薬品と金属の匂いが鼻をかすめた。
その中央に、ふわりと宙に浮かぶ白銀の球体がある。
直径は人の頭ほど、完璧なまでに滑らかな真円。
正面には赤いレンズのような単眼が一つだけ輝き、じっと三人を見つめていた。
「やっと来たね、君たち三人に任務だよ」
球体——ルカは、金属的な響きにほんのりと感情の抑揚を混ぜた声で言った。
機械でありながら、不思議と表情を持っているように感じさせる声だった。
赤い目が、まるで笑ったかのようにわずかに細くなる。
だがその奥には、確かな観察と計算の光が潜んでいた。