視線の思惑
白と金の光が降り注ぐ食堂の一角。ノアとリリィは長テーブルの席に腰を下ろした。
「……美味しそう」
目の前には、ノアが注文した甘味の数々がずらりと並ぶ。甘い香りがふんわりと鼻をくすぐり、思わずノアの目が輝き、眼福であると言わんばかりに拝んでいた。
ひとつひとつを手に取り、丁寧に味わいながら、しかし驚くほどの速さで平らげていく。
リリィはその様子をじっと見つめ、目を丸くした。
「……え?もう食べたの?」
ノアは満足げに笑いながら、皿を積み重ねる。
「はい。師匠との旅で早く食べることが習慣づいてしまって……」
リリィが不思議そうに顔を傾けると、ノアは少しだけ苦笑いを浮かべた。
「……旅の途中で、盗賊や獣に襲われることが多かったから。食事の時間も油断できなかったんです」
「……それは大変だったわね」
ーー師匠との旅は、楽しいだけじゃなかった。むしろ命懸けの場面が多かったな。
「そんな思いにふけっていると、近くの席からくぐもった声が耳に届いた。
「……あいつが噂の新入りだろ?」
「神に呪われてるんだって?大丈夫かよ」
くすくすと笑いながら、数人がこちらを横目で見ている。
ノアは何も表情を変えず、慣れた様子で無視して甘味の皿を片付けた。
「……ねぇ、やめなさいよ」
リリィが振り向き、鋭い声でたしなめる。
だがノアはそっと手を伸ばして、彼女の肩を軽く押さえた。
「いいんです、慣れてますから」
「そんなの慣れるものじゃないでしょ」
「こいつらのいう通りじゃねぇか、リリィ」
唐突に割り込む声。
振り向くと、鍋を片手に持った青年がひょいと現れた。
湯気を立てるその鍋は、香辛料の匂いと唐辛子の赤色がやけに目立つ。見ただけで舌が痺れそうな辛そうな鍋だ。
鍋をテーブルに置き、灰色の瞳がノアを鋭く射抜く。
「神に呪われてるなんて……気味悪いだろ」
薄藤色の髪が光を受けてふわりと揺れる。
「ちょっと、シオン!」
リリィが即座に声を荒げる。
しかし彼は肩をすくめ、今度はノアではなく陰口を叩いていた者たちに視線を向けた。
「まぁ、でも……何の力も持たないテメェらよりは、こいつの方が役に立つだろ」
挑発的な言葉に、ひとりが椅子をガタンと鳴らし立ち上がる。
「……何だと?もう一編言ってみやがれ!」
「や、やめとけよ、トマ……」
仲間が慌てて静止するが、トマと呼ばれた男は耳まで真っ赤だ。
「俺たち探索部隊は、お前ら《SAVIOR》のために命懸けでサポートしてんだろうが!」
「サポートしてるだぁ?サポートしか出来ないんだろうが」
シオンの声が一段と低くなり、食堂の空気がぴんと張り詰めた。
その瞬間、肌を刺すような静電気が走る。雷の気配ーー彼が力を解き放とうとしてた。
「……やめてください」
ノアがすっと間に入り、シオンの手首を押さえる。
「……止めるな」
「やりすぎだと思います」
「あ?」
「それは守るために使うものでしょう。仲間を傷つけるためじゃない」
灰色の瞳と紅い瞳がぶつかり合い、数秒の沈黙が落ちた。
「仲間だ?陰でこそこそ言われてんのに、お気楽だな」
「僕はまだ、ここにきて間もないので問題ありません」
「……偽善だな。お前みたいなタイプ、嫌いだわ」
「それはどうも」
二人の間に火花が散るような殺気が走り、リリィはオロオロと視線を往復させる。
その時――
「お主ら、喧嘩ならよそでやってくれんかのぅ」
柔らかながらも底知れぬ圧を帯びた声が響き、食堂のざわめきが一瞬で消える。
振り向けば、淡い藤色の着物を纏い、黒髪を端正にまとめた女性が立っていた。
切れ長の瞳は、笑っているのか睨んでいるのか判別できない。
彼女こそ、《SAVIOR》を束ねる元帥の一人――レイ・カザミだった。