握る手の重さ
「……神に呪われているとは、不吉だ」
低く呟いたのは、円卓に座すひとり。顔は見えない。だが、その声は冷えた刃のような緊張を孕んでいた。
「カイルは……何を考えておるのだ」
「呪われし印を持つ者を、教団に引き入れろと」
「“神に呪われた者は……神を殺す。そう決まっているのだ」
その声たちが、断片的に、だが確実にノアを断罪するように響く。
そのとき、ルカの声が静かに割り込んだ。
「……“神に呪われし者は、神を殺す”」
球体から響いたその声には、感情ではなく事実のみがあった。
「起源を辿れば、幾つもの神話にそう記載されている。強大な力を受けた者が、その愛ゆえに神を裏切り、殺すに至ったと。呪いとは、愛の極致であり、拒絶の証明でもある。念が強すぎるがゆえに、呪いへと転じる……それが、“神の痣”」
誰かが、小さく息を呑む音がした。
だがそのとき、グレイがゆっくりと顔を上げる。
「……君たちは、呪いを恐れているようだね」
その声には、静けさしかなかった。だが、場の空気が一瞬で変わる。
「確かに、“神の痣”は呪いだ。だが、それは同時に“強く愛された証”でもあるよ」
ノアの瞳が、わずかに見開かれる。
「強く願い、強く念じた。だからその思いは、刻印となって宿った。それが呪いに見えるのは、受け手のあり方次第さ」
グレイの瞳が、そっとノアを見つめる。
「いつの時代も、呪いと愛は紙一重。その念をどう扱うかはーー君次第だよ。ともに、悪なき世界にしていこう」
その言葉に、周りのざわめきが静まる。
「はい」
グレイは、そっと手を差し出した。
ノアもまた、その手を取る。
互いの拳が静かに重なった瞬間ーー空間の緊張がふっとほどける。
【闇夜、闇夜と舞い落ちる。
花びら咲き散る浮世の絵。
腐った世界を、壊していこうじゃないか】
月の光が、石造りの回廊を照らしていた。
ノアは与たれた部屋の窓辺に立ち、黙って空を仰ぐ。
あの場の熱も、言葉も、まるで夢のように遠く感じる。
それでも、確かに手のひらにはーーあの人の温度が残っていた。
***
静まり返った円卓の間。
ノアが去ったあと、再び重い沈黙が場を支配する。
その静寂を破ったのは、再びひとりのフードを被った声だった。
「……本当に引き受けてよろしかったのですか、グレイ様」
その声には、恐れと疑念、そしてほんのわずかな焦りが滲んでいた。
別のひとりが口を開く。
「あの少年は……異質だ。まるでこちらの世界を見ていない。次元の異なる存在のようにすら感じられる」
だが、グレイはわずかに微笑を浮かべたまま、静かに言葉を返す。
「君たちは、“神に呪われた人間”を恐れているようだけど……」
彼の声が、少しだけ深くなる。
「それは逆だよ。“人間を呪った神”のほうが、よほど恐ろしい」
沈黙が、再び深く落ちた。