選定
高い天井から差し込む光は、まるで天井の意思が降り注ぐかのように白く済んでいた。
それは自然光ではない。空間そのものが発光しているーーそんな錯覚を抱かせる、神殿にも似た異様な輝きだった。
ノアは、思わず立ち止まる。
目の前に広がるのは、厳かな円形の空間。
滑らかな白石で形作られた床には、幾何学的な魔導紋が精密に刻まれ、天を突くほど高い天井へと広がっていく。
中心には一段高い台座、そして円を描くように配置された椅子ーーそこに座す者たちは、皆、長いフード付きの外套を纏っていた。
誰ひとりとして名を名乗らず、顔も明かさない。
ただ沈黙のうちに、ノアを見つめている気配だけがある。
その空気には、言葉では表せぬ重圧があった。
ーーまるで、裁きを受けるような、あるいは魂そのものを覗かれているような。
だがその中心に立つ、ひとりの男だけは違っていた。
長く柔らかな淡い金の髪が肩を越えて流れ、端正な顔立ちはまるで彫刻のように整っている。
その瞳ーー蒼灰色の深く透き通るような瞳は、世界の始まりから終わりまでを静かに見つめてきたような、永劫の時を湛えていた。
彼の名は、グレイ・ヴォルター。
黒の教団の最高位に立つ存在。
だがその姿に「人間」という言葉を当てはめるには、あまりにも隔たりがある。
そこにあるのは、意思を持った“神の沈黙”のような存在感だった。
「……グレイ様。ノア・エルステッドをお連れいたしました」
ルカの声にグレイはゆっくりと視線を上げる。
その動きだけで、空間の温度が変わったような錯覚に包まれる。
グレイはノアの前に立ち止まり、その身をわずかに屈める。
そしてーー
何の前触れもなく、その右手がすっと伸びた。
指先が、ノアの胸元ーー心臓の上にそっと触れる。
一瞬で、ノアの全身にぞくりと寒気が走った。
血の流れが止まり、空気が焼きつくように感じた。
「……君は」
グレイの唇が、静かに動く。
「呪われているね」
その声は、囁きにも似ていた。だが、空間全体に染み渡るような響きを持ってた。
ノアは目を見開く。言葉にならない声が、喉の奥で詰まった。
「……それも、神に」
「……神?」
「その痣は、神に呪われている証拠だよ」
ノアの瞳が揺れる。
「神に、呪われている?」
その言葉が胸の内に落ちる音は、静かだった。
今まで、何度も自分を呪ったのは“悪魔”だと信じてきた。
ーー村では、そう言われてきたからだ。
あの夜、黒い霧に包まれ、化け物が現れ、家族が殺された日。
「悪魔の子がいるからだ」
そう、誰もが言った。
忌まわしい災厄の象徴。村を破滅に導いた呪われし存在。
だからずっと、自分は「悪魔に呪われた存在」だと思っていた。
そう思えば、少しは納得できた。理不尽な世界にも、理由を与えられた気がした。
ーーそれが神に、だなんて。
ノアは小さく息を吐き、肩をすくめた。
驚いたことは驚いたが、同時に、不思議と心が静かだった。
(悪魔だろうが、神だろうが……僕のやることは変わりないしな)
いまさら神だ悪魔だと騒いだところで、すでに失ったものは戻らない。
(人生とは、受け止めたもん勝ちだ)
ノア・エルステッドという人間は、状況に呑まれながらも笑みを失わぬ、稀有なほどの楽天家だった。