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アビス・ザ・エンド  作者: 御弓
第一章
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門を超えて



重力の揺らぎが収まったとき、ノアはすでに転移陣の中心に立っていた。


ほんの数秒の出来事のはずなのに、足元に感覚が戻るまで数呼吸の空白があった。

ミカエルがノアの方でふるふると羽根を震わせ、深く息を吐く。


「……転移って、何回やっても慣れないね……」


「うん……ちょっと気持ち悪いかも」


ノアは軽く頷きながら周囲を見渡した。


そこは、岩肌を削ったような灰色の回廊だった。

壁面には魔力の通路を思わせる光のラインが走り、規則正しく淡く瞬いている。

無機質な造りの中に、魔導技術が溶け込んだ異質な空間だった。


少し前を歩くユーリの足が止まる。


彼が立ち止まったのは、黒く重厚な金属の扉の前だった。

扉の中央には、銀の十字が深く刻まれている。

その形は、どこか祈りにも似て、封印にも似ていた。


「……ここだ。ルカの研究区画。技術班の本部でもある」


ノアが口を開く前に、ユーリはくるりと背を向ける。


「俺はここまでだ。中に入れば、アイツがいるから」


「え、あ……ありがとうございます!」


「……変なやつじゃなきゃ、まぁ、歓迎はされるだろ」


ユーリはそれだけ言うと、何も言いたさずに静かにその場を去っていった。


残されたノアとミカエル。


「……変なやつじゃなきゃ?」


「ノア、それ、褒められてるの?」


「……どうだろう……」


少し戸惑いながらも、ノアは重厚な十時の扉に手をかけた。


ぎぃ、と微かな音を立てて開かれた扉の先ーー


そこは、魔導と科学が交差する異様な空間だった。


部屋の天井は高く、魔力の光が満ちる灯光盤が空中に浮かんでいる。

数十本のパイプと配線が床から天井へと這い、白い光の柱のように立ち上がっている。

部屋の左右には無数のモニターと結晶盤が並び、それを囲むように白衣を着た研究員たちが慌ただしく動いていた。


「……わぁ……」


ミカエルがノアの肩で呟く。


その眼に映ったのは、魔導装置らしきものがいくつも稼働している光景。

巨大な魔力測定装置、空間定位の制御円盤、通信干渉を解析する球体の群れ。


まるで魔法そのものを“解析”し、制御し、武装する”ための工房だった。


だが、目を引いたのはその中央にぽつんと浮かんでいた一つの球体だった。


他の球体より一回り小さく、真円に近い白銀のボディ。

赤いレンズのような“目”がノアの方をじっと見ていた。


ノアが一歩踏み込むと、それはそっと近づいてくる。


《……ノア、エルステッドだね?》


声は、機械音でありながらどこか柔らかい。

だが、無感情ではない。不思議な知性を感じさせる“音”だった。


「……はい、そうですけど……」


ノアが答えると、その球体はふわりと宙を周回しながら再び口を開いた。


《さっきはごめんね。グレイ様が君のことを伝え忘れていたみたいで。改めて、初めまして。私はルカ。黒の教団技術班の責任者であり、情報管理と通信支援を担当している》


「えっと……あなたが“ルカ”さん……」


ノアの肩でミカエルがくんくんと鼻を鳴らす。


「これ、誰かの声が入ってるの?それとも、魔法で意識だけ投影してるの?」


《どちらでもあり、どちらでもない。私は“ここにいない”けど、常に“ここにいる”存在だと思ってくれればいい》


ノアは思わずポカンと口を開けた。

ミカエルは「わかったような、わからないような……」と困った顔をする。


球体ーールカは、まるでくすりと笑ったように、赤いレンズをわずかに光らせた。


《難しく考えなくていい。私は君の味方だよ、ノア》


その言葉に、赤いレンズがふわりと柔らかく明滅した。


「……味方、ですか」


《もちろん。今からグレイ様のところに案内するね》


ふわりと動き出す球体。


ノアはその後を追いながら、徐々に暗くなる通路を進んでいく。


《技術班はね、主に君たちSAVIORの治療や、力の研究を担っている部署だよ》


「・・・研究?」


(……研究、か。治療ならわかるけど……なんだ少し、不気味だな……)


思わずそんな疑問が胸を過ぎる。

だがルカは、まるでノアの思考を見透かすように続けた。


《君たち“神の使徒”ーーSAVIORは、ただの兵士じゃない。無限の可能性を持ち、悪や闇に対抗できる、我々人類の“盾”でもある》


「……え?」


「“知る”ことは、“備える”ことでもあるんだ。魔法は祝福でもあり、時には呪いにもなる。君自身の力も、制御しなければ牙を剥くかもしれない》


ノアは、黙ってその言葉を受け止めていた。

ルカの言葉はどこか遠く、自分の内にある“何か”を見ている気がしたからだ。


《……ところで、その首。怪我してるよ》


「……え?」


ルカの言葉に、ノアは思わず首筋に手をやった。

そこには、先ほどユーリの刀がかすめた場所ーー

わずかに切れていた皮膚が熱を持っていた。


「……気づかなかった……」


「ノア、大丈夫……?」


ミカエルの声に頷きながら、ノアは右手をそっと首に添えた。


《あとで、その傷も治してもらうといいよ》


「……これくらいなら、大丈夫です」


微笑みながら、ノアはそっと目を閉じる。


指先から淡い光が滲み、皮膚へと染み込んでいく。

それは祈りにも似た癒しの感覚。

数秒後、光が収まったとき、そこに傷の痕跡はなかった。


《……自己治癒?それとも魔法の一種……か》


ルカの声が、少しだけ興味を帯びた調子に変わった。


「いえ……癒しの魔法ではないんです。ただ、感覚的に“戻す”だけで……うまく言えないけど、自分の体がどうあるべきか思い出す、みたいな」


《……興味深いね。君のその力は“再生”ではなく、“構造の復元”に近いのかもしれない。研究のしがいがあるね》


ノアはそれ以上何も言わず、ただ苦笑いを浮かべた。


(……こんな風に見られるの、やっぱり慣れないな)


ミカエルがくすっと笑い、そっと囁いた。


「……やっぱり変なやつって、褒め言葉だったのかもね」


「……あんまり、嬉しくはないかな」


淡く光る通路の先。

ルカの球体が、またふわりと明滅しながら前方へと進んでいく。




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