最終話
ところ変わって、ここは山奥にある小さなボロ小屋。まるで、バブル崩壊を漂わせるようなうっそうとした廃墟です。
そんなボロ小屋へ人影のようなものが中に入って行きました。
「女将さん! 山姥の女将さん!!」
鼻の長い妖怪が、呼びかけました。すると部屋の奥から、ぬっと老婆が現れてきました。
「なんじゃ天狗か! お前はこの前偵察を頼んだはず。偵察の様子はどうだったかのう?」
どうやら山姥は天狗に偵察を頼んでいたようです。天狗は威勢の良い声で「はっ!」と返事をし更に続けます。
「聞いてください女将さん! お寺のライブスケジュールが変更となりました! 『The would tour in Japan ~Love & Peace ~』から急遽『Autumn Live 3days ~The Kights of The Temple~』へ変更になりました。すごいですよ、三日連続ライブになるなんて!」
目を輝かせる天狗。老婆は「たわけ!!」と即座に一喝しました。
「ライブスケジュールの話じゃない!! 寺の偵察についてお前に任せたんだろう! 何か動きがあったのか?」
「はっ、失礼しました。女将さんの仰る通り、和尚は時間通り寺を出発しました! 今現在寺には小僧しかおりません!」
それを聞いた山姥は「そうかそうか……」としたり顔。
「予定通りじゃな。でかしたぞ天狗」
「はっ、全て予定通りです! あ、嘘をつきました、ライブのスケジュールがサプライズで変更になった以外は予定通りです!」
どうやら天狗はあの小僧達のバンドのファンのようです。くまなく彼らの予定をチェックしているみたいですね。話を聞くとちゃんとグッズまで買っているそうです。熱心ですね!
「3日間の出張とは、間抜けな和尚。このワシが小僧どもを狙っていると知らずに……」
「流石です女将さん。全てが先を行ってますね! このまま作戦通り、寺に強襲を仕掛ける予定でしょうか?」
「その予定じゃ。昼は視界が良いから、夜あたりが狙い目じゃろう。寝ている間に一瞬で仕留めてやろうかの……ひひひ、うまそうな小僧で涎が止まらんわい」
山姥は口元を拭いながら続けました。
「これもお前さんの偵察あっての戦果じゃ。成功した暁には報酬もたんまりやるからのお」
「ありがとうございます! これで新しい下駄買えそうだ!」
大喜びの天狗。それを傍目に、山姥は「そういえば」と切り出しました。
「その他に何か、気になったこととかあるかのお?」
尋ねられた天狗は「んー」と顎に手をやり、考えるポーズを取りました。すぐさま「あっ」と何かを思いついたかのようなしぐさをとり、山姥に言いました。
「そういえば、あいつら、妙な物を用意していましたね」
「妙な物……??」
天狗の言葉に山姥は耳を傾けます。
「えぇ。あの和尚もなかなか頭の効くやつでして、留守の間に小僧共に『お札』を渡しておりました」
「お札……?? って、あのだいたいの『願いが叶う』とされる『あのお札』のことかい!?」
天狗は山姥に目をやり「えぇ、間違いないかと」と返しました。山姥は「ぐぬぬ……」と少し悔しそうな顔を浮かべます。あの寺の和尚が何かと面倒な人なので、腹が立ったのでしょう。
「流石のあの和尚も全くの無対策というわけではなかったか。面倒な奴め、相変わらず小癪なことを……!」
「本当、全くです。よりにもよって、あんな面倒なお札を準備するなんて!」
「ただ、ワシも全くの無抵抗であの小僧共に攻撃できるとは思っとらんかったからのお。この辺りはある程度『想定の範囲内』じゃ。で、天狗よ。そのお札は何枚ぐらいあったんじゃ?」
天狗は元気よく答えました。
「確か、3兆3枚だったと思います!」
「はあ!? もう一度言ってくれ!?」
「3兆3枚です!!」
しばらくの沈黙。山姥も反応に困ってしまったようです。
「さ、3兆3枚!? 天狗よ、お前は何を言っておるのじゃ!? 絶対ケタをミスしているじゃろ!?」
「いいえ、間違いないです。あいつら、3兆3枚も用意しておりました」
「はーあ!?」
山姥は全く信じられず、何度も何度も同じ質問を天狗に繰り返します。天狗もなんとか信じてもらえるように、粘り強く説明を繰り返し30分が経過……
どうやら、寺にはガチで3兆3枚のお札があったようです。
「う、嘘じゃろ!? 3兆3枚って」
「本当なんですって! あいつら、とんでもない量のお札を用意してました!!」
山姥は目を丸くし「はーーあ!?」と叫びました。ロックなソウルを感じますね。
「って、それをもっと先に伝えんかいたわけ!! なんでそんな重要な情報をいの一番に伝えんのじゃ!?」
「す、すみません。ライブのスケジュール変更でつい舞い上がってしまったのと、どーせ女将様には信じてもらえないかなーと思って黙ってました」
「た、確かに絶対信じないし、今でも信じておらんのじゃが、それがガチなら絶対重要だろうに! その情報は作戦の根本を覆すものじゃぞ」
「す、すんません……」
山姥は厳しい顔をしながら「そういえば……」と何かを思い出します。
「先日、下町の魚屋で派遣労働をしていたらクッッソ忙しくてのお。何を作ってるか知らんが、紙のようなものをひたすら作らされたわい。お陰様で腰も悪くなって……あれはもしかして……?」
「絶対それですよ女将さん!! 3兆3枚のお札が急遽寺から発注されて下町が大騒ぎになったんですよ!! それだと辻褄が合います」
派遣現場はとんでもない激務だったようで、山姥はその愚痴をこぼし始めました。下町が総出になりひたすらお札を作っていた現場はとんでもない状況だったようです。それでもしっかり納期に間に合わせたのだから、下町の強さを感じますね!
「あの現場はカオスじゃったぞ。下町にいる女子供、の労働は当たり前。それどころか、ワシのような妖怪まで総出で出勤しても徹夜続きじゃったわい」
「た、確かに、僕の仲間の天狗達もみんな魚屋に行って働いてきたと小耳に挟みました。それに、ろくろ首さんも、かっぱさんも、雪女さんも皆似たようなことを口にしてましたね。あれってやっぱりあのお札が絡んでいたんですね!」
「そうじゃぞ。流石に座敷童まで働かせるとはワシも鬼かと思ったぞ。現場が人手不足だったから仕方ないとはいえ……」
「マジで、文化文明種族を超えた魂の納品だったんですね……」
山姥はことの壮大さに気づき、ため息をつきました。まさか、自分に対抗するための武器をまさか自分自身が製造に関わっていたなんて思いもよらなかったからです。
「ってか、なんじゃあいつら!? ワシ対策になんで3兆3枚も用意する必要があるんじゃ! 絶対過剰防衛じゃろうに! ワシもそこまで強くないぞ」
「ですよね、それは僕も思いました。やり過ぎもいいところですよ! いくら女将さんが全力で戦っても2000枚ぐらい消費させるのがやっとだと思います」
それでもなお、果てしない量のお札を持っている小僧達。それを想像するだけでも、山姥は嫌になりました。向こうは無尽蔵に魔法とか呪文とか、あれこれやってくるのです!
山姥は「マジか……」と小さくこぼし、天狗にそっと言いました。
「3兆3枚もお札を準備されちゃ無理じゃろ。絶対」
「で、ですよねえ……」
過剰な防衛は時に抑止力になる。天狗は一つ学びを得ました。
結局寺には山姥の姿が現れることはなかったようです。
めでたしめでたし。