2話
「うおおおおい! なんじゃこりゃああ!!」
野太い声が木霊します。部屋でお昼寝をしていたちんねんは驚いて目を覚まし、辺りを見渡しました。
「なんなんだ、これは!! ちんねん、お前の仕業だろう!!」
外に出れば顔を真っ赤にした和尚さんが立っているではありませんか。先の小僧達のライブ以上のシャウトを寺中に響かせていますがロックンロールソウルが感じられません。
これは只事じゃ無さそうです……
「どうしたのですかっ!? 和尚さん」
猿芝居が上手なちんねんはすぐ様怪訝そうな顔をし和尚さんに声をかけました。もちろん本心は何も心配していません。世渡り上手なちんねんの芝居は皆さんも見たらきっと舌を巻くと思いますヨ。
「どうしたもこうしたもあるか!! おめー、なにしくさってるんだ!! なんなんだこれは!!」
和尚さんが額に青筋を立てながら指を指しました。指先へ視線を辿ればなんと! 大きな、大きな紙の山が寺の目の前に置かれているではないですか。
「おふだであります! 先日、和尚さんに頼まれたおふだであります!」
「それは見れば分かるわ!! おふだ以外何物でもねーだろ!! んじゃなくて、俺が聞きたいのはこの量は何だという話だ!!」
「えーっと、ちょっと待ってください和尚さん…… 私も正直混乱しておりまして……」
慌てふためく和尚さんを前に、ちんねんは急いで現状を確認します。お札のそばにあった納品書を見つめ、ちんねんは顔を青くしながら「やべ」とこぼしました。
「す、すんません和尚さん! 私め、誤発注をしてしまいました。見てくださいこの納品書! お札の数が3兆3枚となっております!!」
「は? 3兆3枚!? 俺が頼んだのは3枚だぞ!! 一体どうなったらこんなことが起きるんだよ!」
納品書を渡された和尚さんは声を震わせました。なんと、本来3枚注文するはずのお札がなんらかの手違いで3兆3枚用意されてしまったようです。これは大変ですね!
「はぁ!? 頼みすぎだろ!! なんだこの量!! 物事には限度ってものがあるだろう!!」
「サーセンボス!! 不甲斐ない私め、発注ミスを致しました!! 本来3枚注文するところを誤って3兆3枚と誤表記してしまい、そのまま注文が通ってしまいました!」
「は、発注ミス!? にしてもこの量はエグすぎるだろ! 一体何枚あると思ってるんだ…… まじでこれ、ガチで3兆3枚もあるのか……??」
「わかりません和尚さん! とりあえず数えてみましょうか?」
「やめろちんねん!! ガチで3兆3枚あったら、数えるペースが1枚1秒だとしても95,000年はかかるぞ!! 日夜ぶっ通し、どんなに早く数えても10,000年は最低かかる。そんな苦行に俺が耐えられると思うか!?」
厳しい修行を経験した和尚さんも、これには流石に耐えられない苦行のようです。数えている間に仏になっちゃいそうですネ!
「いやあ、ですよね和尚さん。しかし、これはやばいっすね。3兆3枚って……あの魚屋どうやって調達したんだこの物量…… 確かに発注した時、魚屋が妙に怒ってたけどこれが原因だったのか……」
ちんねんがお札を発注した時、魚屋が「なんだこのお札の量は!? 俺らを殺す気か!? ていうか、そもそもお札を魚屋に頼むな!」とカンカンに怒っていたことを思い出しました。これは怒るのも頷けますね!
「むしろ、その場で殴られなくてよく済んだと言いたいところだぞちんねん。こんな無茶無謀理不尽な注文に耐えうる製造チャネルをよく「あの魚屋」が持ってたな」
巨大な紙の山を見つめながら和尚さんが眉を顰めました。
「和尚さん、これよく見ると一枚一枚手作りっぽいですよ。なんか妙に魚臭いし……きっとあの魚屋が本業放棄して、毎日徹夜で仕上げたんですよきっと!」
「無理に決まってるだろ、この量を1週間の間に一人で手作りなんて。おそらく下町の連中を総動員して用意したとかじゃねえのか?? それでも果てしない時間がかかると思うのだけどな……」
「確かに、シンプルに紙とか用意するのも大変ですよね……」
「単純計算で、3兆3枚に要する材料の木の本数は60億本分だ。日本列島の木を刈り尽くしてようやく用意できる量だぞ……下町の連中の底知れなさが浮かばれるな……」
脅威の生産力に、二人は閉口するばかりです。1週間で3兆3枚ものお札を作れるなんて、すごい製造能力ですよネ!
「た、確かに!! しかもそれを1週間で準備して届けるなんて……恐ろしいですね下町の連中」
「マジでここいらの生態系ぶっ壊れるレベルだぞ。この大量生産する力は一体どこからくるのか逆に気になるな……」
60億本の木を切り倒すなんて、現在のESGファンドは黙ってなさそうな事業活動です。
和尚さんは、納品書のそばに置いてあった「請求書」を手に取り「うーわ」と頭を抱えました。
「ふざけんなこの金額。見ろちんねん、請求された金額を!!」
ちんねんも請求書を見るなり目を丸くしました。
「さ、3,000兆両……!?」
なんと、請求書に書かれた金額は、3,000兆両!! 現在の日本円に換算すると300京円もの莫大な金額です!! 2024年の世界のGDP総計が約1京円と考えるとすごい金額ですよね! 魚屋はお金持ちになれそうです。
「なんか数字が大きすぎて、ちっともイメージが湧きません和尚さん! これは一体どれくらい大きな金額なのでしょうか!? 私めと小僧ABが死ぬほど働いてなんとか返せますでしょうか?」
「寺事業で支払える金額じゃねえよ、ここまで来ると!! こんな債務、寺が負えるレベルじゃねえよ!!」
和尚さんもこの金額を前にカンカンです! 流石のちんねんも、事のヤバさを察しその場で頭を下げました。
「ひぃ〜! ごめんなさいボス! まさか魚屋が誤発注の確認をせずガチで用意してくるなんて思わないじゃないですか! こんな借金、返せないです! 助けてくださいボス!!」
土下座するちんねんを前に、流石の和尚さんも冷静になったのか「はぁ……」っと一息つきました。大人の対応ってやつですね!
「まぁ、そのうち徳政令とか来るからなんとかなるだろ…… こんな借金、考えたって無駄なレベルだからな」
なんとか幕府が借金をチャラにしてくれるのを期待するしかないですね。前回の徳政令は庶民や御家人が対象であったため、次の徳政令において寺がその対象に入るかは謎ですが……まぁ、なんとかなるでしょう!
落ち着いた和尚さんを前にちんねんも少しほっとしました。その心を読まれたのか、厳しく「ただし、ちんねん!!」と和尚様から釘を刺されてしまいました。
「もう二度とこんなミスをするんじゃないぞ! 次やったらただじゃ済まないからな!」
「し、承知しております……」
ちんねんは額の汗を拭いながら返事をしました。次やったら明らかに寺を追放されるでしょうね。それ以前に、国の経済がぶっ壊れていると思いますが……




