第08話 レベリング
「魔法の習熟度を上げるために、この街にいるマフィアを壊滅する」
「……はい?」
風呂上がり。
さっぱりした様子のメルサに対し、俺がそう口火を切ると『何いってんだこいつ』みたいに口を歪められた。
その顔がちょっと怖くて、思わず黙ってしまったが……この程度で怯んではいられない。
魔法の習熟度上げには、俺の命。さらにはメルサの命もかかっているのだ。
「簡単に言うとだな、魔法は使えば使うほど手慣れてくるだろう」
「そうですね。それがどうしてマフィアを壊滅させることに繋がるんです?」
「マフィア相手に魔法を使うのだ。相手は潰しても潰しても湧いてくるらしいからな」
「相手を人間と思わぬその態度、さすが貴族ですよ。ご主人様」
「何を言っている。領地の治安維持だぞ、これこそ貴族の仕事だ」
俺がそう返すと、メルサは深くため息をついた。
「マフィアがこの土地にやってきた理由、あるいは生まれた理由の根本を対処しなければ治安の解消にはならないでしょう」
そうやってサクサクと返してくる辺り、メルサも流石は元お嬢様と言ったところだろうか。
確かに彼女の言っていることも一理ある。マフィアや、騎士団崩れになってしまうのは、普通に働けないような環境や、経済の問題だってあるだろう。しかし、こちらには返し文句を用意している。
「それを考えるのは領主である父上の仕事だ。俺は動かぬ騎士団に変わって、犯罪者を取り締まる対処要員にすぎん」
「……失礼ですが、ご主人様はこの家の長男ではないので?」
「言っていなかったか? 俺は三男だ」
「…………そうですか」
メルサは納得したように頷くと、「それならそれでも良いのでしょう」と言ってきた。
さらっと馬鹿にされた気もするが、どうせ俺はロズマリア家を継げないし、そもそも数週間の命である。そんな難しいことを考えている余裕もなければ、考えたところで将来に繋がらない。
そんな俺がまず一番に考えなければならないことは、生き残るための魔法の習熟度上げ。
そして、上げるためにはマフィアを狩るのが手っ取り早いのだ。
「ご主人さまのやりたいことは分かりました。ただ……」
メルサは喉奥に何かが引っかかったような言い方をしながら、黙り込むと……やや時間をあけてから、口を開いた。
「ただ、私の魔法で事故が起きたらどうするのでしょうか?」
「それも考えてある」
彼女の【石化】魔法は凶悪だ。
そして、ついうっかり彼女の視界に入ることで俺自身が石になってしまう可能性は当然ながら考慮しなければならない。
だからこそ、準備が必要なのだ。
「だが、その方法は後で教える。いまは外に出よう。……そろそろ出なければ、夕飯に間に合わんからな」
俺はそう言って会話を打ち切ると、外に出る支度をメルサに促した。
さて、どこにマフィアたちはいるのだろうか。
自分でメルサに言った話だが、この世界の領主の仕事の1つに治安の維持がある。
まぁ、ざっくり言うと騎士団を抱えて、領地で起きる犯罪者を捕まえて裁く仕事だ。元の世界で例えるなら、警察と軍隊を足したような組織が『騎士団』。裁判官が領主である。ちなみに騎士団の統帥権も当然ながら領主が持っているので、この世界の領主は警察と司法がくっついちゃってるのだ。すごい世界だな。
そうして、それだけの強権を持っているのにも関わらず、ウィルの父親はこの街にいる暴力団を壊滅できていない。
それは、何故か。決まっている。
彼らが騎士団の入れない場所に巣食っているのだ。
ウィルの部屋に貼ってあった地図によると、この街は敵の襲来に備えて大きな円形になっている。街の発展にはいくつかの種類があるのだが、城や領主がいるような都市だと円形になるのが普通らしい。
そこから考えると、手出しできないのは街の外……という答えになるのだろう。
だが、それではマフィアとは呼ばれない。野盗や、山賊と呼ばれる。
全く別の犯罪集団になるのだ。
街の中で、騎士団の介入できぬ場所。それは、不可触民……簡単に言えば、差別をされている人たちが住んでいるエリアである。
彼らはあらゆる汚れ仕事――屠殺、排泄物の処理、死刑の代行――などを請け負うが、そのために市民たちからは忌避されている。彼らは普通の市民たちに触れ合う権利がない代わりに、領主側も干渉しないという不文律が生まれているという。
というのは、全てメイドからの受け売りだ。
という話を延々と、歩きながらメルサに説明する。どうして歩いているかと言うと、ダイエットだ。少しは身体を動かさないとな。
そうして、長く続いた俺の話が終わると、ちょうど二歩遅れて歩くメルサが呆れたように口を開いた。
「……ご主人さまは、変な人ですね」
「何がだ?」
「護衛もつけず奴隷と2人でスラムに入るなど、マトモな貴族だとは思えません」
「まともで余命が伸びるなら、まともでいてやるが」
「自ら残り少ない命を減らしているようにも見えます」
「馬鹿をいうな。魔法の使える貴族が、庶民の手で死ぬわけがなかろう」
俺の口をついたのは、ウィルの差別心がむき出しになった返答。
しかし、メルサはすっかりその返答になれたのか表情を動かさずに言い換えてきた。
「では、ご主人様はどうやって死ぬのです? 平民の手で死なないのであれば、貴族によって殺されるのですか?」
「いや、俺を殺すのは平民だ」
「……?」
メルサの表情が明らかに困惑に染まった。
そりゃそうだろう。だが、この世界がゲームであり、物語の主人公との決闘に負けて死ぬ……ということを説明したとて、彼女が分かってくれるとは思えない。
だから適当に話を打ち切ると、俺は胸元から一枚の紙を取り出した。
「これから壊滅させるマフィアは『黒い影』という名前で、首周りに同じような入れ墨を入れている。紙に絵を描いたんだが……見えるか?」
そう言って、俺は入れ墨の模様が書かれた紙をメルサに向けた。
「……逆に聞くのですが、見えると思いますか?」
「目が見えなくても感じると言っていたからな」
「あのですね……そんな便利のようなものではないのです。どこに物があるか、どこに生き物がいるか。分かるのはそれくらいです」
「ふむ。では、俺が何をしているかは分かるのか?」
「えぇ。ご主人さまが紙か布を私に見せてきているのは分かります。ただ、何が書かれているかは分かりませんよ」
メルサの返答に「そうか」と返して、俺は紙を胸ポケットにしまい込んだ。
「仕方がない。俺が見つけるから、合図をしたらメルサはその目隠しを外せ」
「……それは良いんですが、ご主人さまを巻き込んでも知りませんよ」
「その時は……」
その時だ、と続けようとしたところ……眼の前から、三人の男たちが歩いてやってきた。
その首には、一様に同じタトゥーが入っている。獣によって引き裂かれたような、三本の傷のタトゥーが。
「……見つけた」
そう呟くのと同時、彼らが俺に気がつく。
目を丸くし、瞬きを挟むと、刃物を取り出して握りしめる。
どうやら、ウィルの顔は相当に有名人らしい。
そんなことを思いながら、俺は三人に向かって魔法の手を伸ばした。
口の中で、静かに詠唱を唱える。《強奪》。
「……ふん」
魔法の手が男たちの心臓を鷲掴みにする。
そして、彼らのHPを奪う。奪った瞬間に、男たちが重なって倒れた。
「さて、この通りだ」
そんな男たちの手からナイフがこぼれ落ちるのを見てから、俺はメルサに向き直る。
「どんどん次に行こう」
「……何か思うこととかないんです?」
メルサは俺の行動に、やや呆れたようにため息をついたものだから俺は肩をすくめて答えた。
「次はメルサの番だ。準備をしておけよ」
「…………あなたに聞いた私が馬鹿でした」