第07話 努力の方向性
魔法を奪う、と言ったのはどうやらメルサにとってマイナスの評価ではなかったらしい。
彼女は少しやる気を見せた表情で胸の前にぐっと握りこぶしを作ると、そのまま体勢で首を傾げた。
「では、何からやりましょうか? ご主人様」
「まずはお前の風呂からだ。メルサ」
「……お風呂、ですか?」
「次に着替えだな。俺の従者だというのに、いつまでそのみすぼらしい格好でいるつもりだ?」
俺がそういうと、メルサは少しだけむっとした表情を浮かべて一歩後ろに下がった。
「私はあなたの奴隷になりましたが、従者になったつもりはありません」
「妹に会うのなら従者でいる方が都合は良いと思うが……まぁ、その話はあとだ」
《学園》に関する話となると、説明が長くなる。
「とにかく身体についた汚れを落とせ。服も着替えろ。こちらで準備する」
「……はい」
「お前、風呂入るときにその目隠し取るのか?」
「逆に聞きますが、ご主人様は目を瞑ってお風呂に入れるのですか?」
無理だと言いたいらしい。
俺みたいに遠回しなやつだ。
「分かった。じゃあメイドたちに近づかないように言っておこう。風呂から出るときにその目隠しをするのを忘れるなよ」
「私があなたを許可なく石化すれば、この首輪から電流が流れて死にますが」
メルサは自身の首についている黒い魔導具を指でちょんちょんとつつく。
そういえばそんなオプションが付いているとか奴隷商が言っていた気がするな。【石化】魔法の有用性に気が取られて、忘れていた。
「つけて出るつもりなら、ちゃんとそう言え」
「次からそうします」
「なら風呂に入る支度をしろ。……風呂は入ったことあるな?」
「……女性になんてことを聞くんですか」
確認のつもりだったのだが、怒られてしまった。
俺ことウィルが住んでいるロズマリア邸には風呂がついているが、これが貴族の特権なのかそれとも平民も風呂に入れたのかゲーム内だと分からなかったから聞いただけなのだが。
でもこのゲーム、一応ヒロインとの恋愛シーンがあるので当然というかお約束というかお風呂イベントがあったな……という、しょうもないことを今思い出した。
そのためメルサに返す言葉もなく、沈黙を誤魔化すためにメイドを部屋に呼ぶための呼び鈴を揺らす。
リィン、と高い音が鳴ると同時に廊下で待機していたメイドが部屋の中に入ってきた。
メイドは家族でロズマリア家に仕える侍従たちだ。彼女たちに頼めば食事の準備から着替えまで何でも手伝ってくれる。親も含めてこういう人たちが甘やかすからウィルはこういう身体になったんと違いますかね。
俺はメルサを風呂に入れるための注意事項をメイドに説明。
メモも取らずに大事な観点だけを聞き取った侍従は「案内いたします」と言って、メルサを連れて廊下に出た。
そんなメイドについて部屋の外に向かったメルサは、何を思ったのか出口のところでちらりと振り返ると不敵に微笑むと、
「ご主人様。覗きたければ覗いても良いですよ」
「お前が死ぬぞ」
それ俺が石化するやつだろ、というのを言外に伝えたつもりだったがメルサはさらに続けた。
「そんなもの……ご主人様が赦せば良いのですよ」
そういうメルサに何かを言い返してやりたくて、
「早く風呂にいけ」
何も思いつかなかった俺は、結局それを言うしか無かった。
「…………」
そうして誰もいなくなった自分の部屋の中で、1人考える。
考える内容については、魔法の上達方法についてだ。
俺はいま自分の【強奪】魔法と、メルサの【石化】魔法の2つを共に上達させなければならない状況にある。では、どのようにすれば魔法は成長するのか。これは簡単で、魔法を使って敵を倒し、経験値をもらうのだ。
敵、というのは平たく言ってしまえばモンスターのことである。
そうすれば『習熟度』という値が一定以上たまって、魔法のレベルを上げることができる。この世界でもゲームと同じかどうかは分からないが、まぁ反復練習は日本にいたときも大事だった。こっちの世界でも、無駄にはならないはずだ。
一応、ゲームの中には習熟度を上げるアイテムなどがあって、それを使えばレベルが上がるのだが……。
「……あれは終盤にならないと手に入らないしな」
後半のモンスターやダンジョンでレアドロップするアイテムに、そういうものがあるがいまは入手できない。
だとすれば、やはり敵を倒すのが最も早いだろうか。
そこまで考えて、ため息をつく。
敵つってもな……。
この街の周辺に、モンスターは出ない。
モンスターがよく出るようなダンジョンがあるわけでもない。
つまり、効率的な習熟度上げをするために、モンスターを倒すことができないのだ
「……どうしたものか」
どっかりと椅子に腰をかけると、頭をかいた。
モンスターをくれ、と父親にねだっても困らせるだけだけだろう。
魔法の習熟度を上げるため、と説明すれば納得はしてくれるだろうが……魔法のレベルを1つあげるのに一体どれだけのモンスターがいるかを、俺は知らない。
これもゲームの中だったらステータスを見ることで一発だったんだが、どうにもこの世界にそういうステータスを見る方法はないらしい。
不便なものだ……と思っていると、コンコンとドアがノックされた。
「入れ」
もうメルサが戻ってきたのか? と、内心首をかしげていると扉を開いて中に入ってきたのは、ティーポッドやお菓子を乗せたトレー棚を押すメイドだった。
「ウィル様。食間のおやつです」
「……いまは、良い」
確かに小腹は空いているがこれ以上、無駄な肉をつけるわけにもいかない。
そう言ってメイドを返そうとすると、彼女は「いいえ!」と言ってお菓子を前に持ってきた。
「ぜひ、ウィル様に食べていただきたいのです」
「……何故だ」
「先ほど、ウィル様の奴隷より人さらいを撃退したという話を聞きました」
「それがどうした?」
その話はまだメイドにしていないのに、良くしっているな……と思っていると彼女は深く頭を下げた。
「あの人さらいたちは、父の仇なのです」
「ほう?」
「酔って騒ぐ彼らを注意した父は、彼らにリンチされて……その時に、頭を強く打って亡くなりました」
淡々と起きたことだけを説明するメイドは、しかし俺の前にお茶を用意しながら続けた。
「父を喪い、母が働きに出るようになりましたが……それでは、家族も食べていけれず、私もロズマリア家で働かせていただくこととなりました」
「それで? 俺にお前の身の上話を聞いて同情しろと?」
なるほど。と相槌を打とうとしたら、口を出てきたのはこれ。
こいついつか人に刺されて死ぬんじゃねぇかな。
などと、俺がウィルの口の悪さに辟易としていると、メイドは「いえ」と首を横に振ってから頭をあげた。
「ウィル様があの人さらいたちを討伐してくれたというのは……私にとって、父の仇を討ってくださったのと同義なのです」
「俺はあいつらを殺してはいないが」
「それでも……! 私は、胸がすくような思いがしたのです!」
そう言い切った彼女に気圧されるように一つ呼吸を挟むと、彼女の持ってきたお菓子を見た。
「それで、それが何故菓子を食うという話に繋がるのだ」
「私の出来ることで、ウィル様が喜ぶことと言えばこれくらいかと……」
「……ふむ」
それは分かったのだが、無理やり食べさせるのは感謝の押し売りというやつじゃなかろうか。まぁ、でも、彼女の言っている内容は理解できるし、共感も出来るので、俺は頷いた。
「良かろう。食べてやる」
「……っ! ありがとうございます!」
そうして、メイドがお茶を用意しているのを眺めていると……ふと、ある疑問が浮かんだ。
「そういえば、人さらいたちを折檻したが……あれで、街の治安は少しでも良くなるのか?」
「……それは」
俺の問いかけに、少し迷った表情を浮かべたメイドだったが、意を決したような表情を浮かべて続けた。
「それは、難しいでしょう」
「何故だ?」
「この街には、他にも色々といますから」
「ふむ?」
「人さらいだけではありません。貧民街の方に、ですが……暴力団、麻薬カルテル、騎士団崩れ。他にもいくつかいると思います。彼らは潰しても潰しても湧き出てくるので、キリがないのですよ」
……この世界、治安悪くないか?
「……ふうむ」
「あっ、で、でも! この街は普通に歩いていて殺されないから安心です!!」
治安維持は領主の努めなので、その子どもである俺に告げ口をしていると思ったのだろう。慌てたようにメイドが訂正してくるが、それが訂正になっているかも怪しい。
とはいえ、治安が終わっている国では大通り以外の道を普通に歩くことができないのは元の世界も同じだ。安全だと思っていた宿屋で寝ていると、手首を切断され腕時計を盗まれた……みたいなのが、現実の話として出てくる。
日本で生活していると、この世界がおかしく思えるが……真におかしいのは日本の治安なのかもしれない。
「潰しても潰しても湧き出てくる、か。まるでモンスターだな」
「ウィル様の仰る通りです」
そういって、こくこくと頷くメイドの入れた紅茶を一口だけ口に含む。
含んだ瞬間、気がついた。
「待て。モンスターだと?」
「……え、あ、はい。物の例えとして適切かと…………」
「いや、そうか! その手があった!」
思わず立ち上がる。
そうだ。何故、気が付かなかった。
このゲームの敵は、モンスターだけではない。
「ど、どうかされましたか?」
「魔法の相手だ! 最も適した奴らがいるじゃないか!」
驚いた顔を浮かべたままのメイドに、俺は更に続けた。
「はははっ! なんでこんなことに気が付かなかったんだ! マフィアや、騎士団崩れが潰しても潰しても湧いてくるのなら、習熟度上げにちょうど良いではないか!!」