第06話 運命の下ごしらえ
「今日からここがお前の部屋だ。好きに使うと良い」
「……随分と、広い部屋ですね」
メルサを屋敷に連れて帰るやいなや、彼女に部屋を下賜した。
俺がいま使っている部屋の半分くらいの大きさだが、それでも奴隷館で住んでいた場所とは雲泥の差だろう。
ウィルの住んでいる館は貴族の邸宅なので、屋敷の外には奴隷たちを飼うための小屋があるのだが現代日本人の感覚としてそういうところに人を住ませるのはかなりの抵抗がある。見た目はともかく中身は犬小屋とほとんど変わらない。
部屋の本来の持ち主は俺ことウィルではなく、ウィルの父親なのだが……まぁ屋敷の部屋は余っているから良いだろう。
ウィルの父親とは、こっちの世界で意識を取り戻した後に少しだけしか顔を合わせていないがウィルにだだ甘なので多分許してくれると思う。だだ甘だからこんな体形になるんだよ。
と、俺は出た腹を撫でながらそんなことを考える。
決闘は決闘でちゃんと準備が必要だが、体形の方もどうにかしないとな……。
正直、この身体だと動きづらい。
日本にいたときは下半身が動かせなかったから、動かせるだけ夢のような身体であることは間違いない。間違いないが、とはいえ主人公との決闘を考えると、それなりに動かせる身体にしておきたいのだ。
というのもウィルの死に方は、崩壊した天井の瓦礫に巻き込まれたことによる圧死である。主人公との戦いに負けたウィルは、それを認めず力の限り暴れ……その余波によって天井が崩落し潰されるのだ。
素早く動けるようにしておかないと、ゲームと同じように潰されてしまう気がしてしまう。
《学園》の手紙をどれだけ捨てても机の上に戻ってきたことからも分かるように、この世界には運命の強制力のようなものが働いているとみるべきだ。
それが一体どれだけ強いものなのかは分からないが、少しでも死ぬ可能性が下げられることがあるのであればそれをやった方が良い。
世の中は、準備も出来ない理不尽によって足を奪われることだってある。
準備ができる理不尽があるなら、俺はせめて備えておきたい。
そんなことを考えていると、メルサは目隠しごしに目を覗いてきた。
「あの……それで、私は何をすれば妹と会わせてもらえるのでしょうか。ご主人様」
「……ああ、そういえばまだその話をしていなかったな」
俺は頭をかきながら、メルサに伝えた。
「まず最初に言っておくんだが、俺はあと数週間後に死ぬ」
「…………いま、なんと?」
聞き間違いかと思ったのだろう。
メルサは俺に耳を傾けてきた。
白銀の髪の毛もアンテナのように数本が伸びている。
「言葉通りだ。俺は死ぬ」
「何故ですか」
「…………運命だ」
どうやって説明しようか考えたが、結局これ以上の言葉が見つからなかった。
細かく説明したって、彼女はシナリオを知らないのだから伝わらないだろう。
だったら、もっとも手っ取り早く説明できる単語で良いのだ。
「死なないために、お前の力を貸して欲しい」
「……私の?」
「やりたいことは、2つだ。1つ、お前の魔法をコントロールできるようにすること」
見えていないと思うが、指を1本立ててやる。
「【石化】魔法は強力だ。それを使いこなせるようにして欲しい」
「それは……そうでしょうが……」
メルサは目に見えて分かるほど困惑。
「【石化】魔法を使いこなせれば、ご主人さまが死ななくなるのでしょうか?」
「分からない」
メルサの顔は、さらに困惑に包まれた。
それを見て、そうだろうと思う。
自分を買ったばかりの主人は死ぬ運命にありながら、それを覆すために出した提案は『分からない』と来た。そりゃあ困惑もする。
「俺を疑っているな、メルサ」
「い、いえ……。あ、いや、その……疑っています」
「正直で良い。俺だって知らないのだから、やってみるしかないだろう」
そこまで言うと、メルサが小さく手をあげた。
「ご主人さま。1つ聞いても良いでしょうか?」
「許す」
「私が、その残り期間内に魔法を扱いきれなかったらどうするのでしょう?」
あまりに、順当な質問。
あまりに、真っ当な問いかけ。
「ご主人様は、死んでしまうのでしょうか」
淡々と、自分が納得するのに必要な問いかけを投げてくるメルサに俺は少しだけ好意を覚えた。ラスボスのときの『自らの感情に振り回されて、主人公ごと自分の妹を殺そうとする敵』とは思えぬほどに理性的だから。
そんな理性的な人間に俺の本音を告げるべきかどうかを悩み……嘘をついたところで見破られると思った俺は、本当のことを伝えることにした。
「先ほど、人さらいたちが倒れるのを見たな」
「はい。……いえ、目は見えないですが、感じました。私たち蛇の魔族には、目を隠しても周囲で起きている状況を知る方法があるのです」
「ほう」
そういえば昔に見たテレビ番組で、蛇は熱感センサーを持っておりそれで獲物を狙うということをやっていた。メルサもきっと、同じことが出来るのだろう。
それはそれで便利だな、と思いながら俺は彼女に教えた。
「あれが俺の魔法――【強奪】だ」
「強奪……。あぁ、なるほど」
それで、何がしたいのかが分かったのだろう。
メルサは理解したのか、目を見開いたように眉を動かす。
それでも、俺はあえてメルサに対して言語化した。
「お前が魔法をコントロールできないのであれば、俺はお前の魔法を奪う」
そう告げた瞬間、メルサの表情に浮かんだのは――笑顔だった。
ありえない、と一瞬思った。
魔法は1人つき1つだ。それを奪うということは、彼女自身のアイデンティティを奪うことにも等しい。それを奪うということが、笑顔につながるはずがない。だから、理性が理解を拒んだ。
しかし、彼女は喜びの感情を隠しきれない様子で続けた。
「ご主人様は……私から、この呪いを。【石化】を、奪えるのですか」
「それも、分からない。だが、不可能ではないだろう。なにせ、【強奪】だからな」
「……確証はないのですか?」
「ない」
確証が無いと分かった瞬間、メルサは露骨に落胆した。
しかし、落胆したまま尋ねてきた。
「確認させてください、ご主人様。私がこの呪いを操る努力をするように、ご主人様も私の魔法を奪うよう努力される……ということで、良いでしょうか?」
「そうだ。理解が早いやつは嫌いではないぞ、メルサ」
俺がそう言うとメルサは少し嬉しそうに微笑むと、
「そういうことでしたら、喜んでお力になりましょう。ご主人さま」
手慣れた様子で、頭を下げた。