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第05話 貴族の血統

 周囲を見れば、完全に男たちに囲まれていた。人数は全部で7人。

 しかし、笑ってしまいそうになるのは全員が()()。ゲームに登場するモブで見覚えのある連中ばかりだ。


 そのうち3人が、あからさまな刃物を見せつけてきている。

 どういう治安をしているんだ、というツッコミは野暮というものだ。ゲームによっては、目があっただけで戦闘に発生するものだってあるのだから。


「へへ。兄貴、こいつ女連れてますよ」

「……は、離してください!」


 どこから崩そうかと考えながら男に視線を向けていると、メルサから悲鳴があがった。

 視線を外せば、メルサの両手を粗野な男が拘束しており、身動きを封じている。


「へぇ、貴族の坊っちゃんにもなれば、大した女を連れて歩いてるんだな」

「おい、ダズ。触るな。そいつは魔族だ。けがれが移るぞ」

「えぇ!? いいじゃねぇですか。女なんだし」


 ダズ、と呼ばれた男が抜けたような返事をする。

 モブにも名前はあるのだなぁ、などとつまらないことを考えながら、深くため息をついた。


「貴族に対しての襲撃、領兵によって家族ごと皆殺しにされても文句は言えんだろう。今なら見逃してやる。さっさと離せ」

「はっ、何を言うかと思えば」


 俺がそう優しく教えてやったのに、人さらいのリーダーは腹に当てていたナイフを引くと、そのまま俺の首に突きつける。そうして息のかかるくらいまで顔を近づけると、表情から笑みを全て取り消して、告げた。


「どうやら()この状況が分かっていないみたいだな。このままお前さんを動けなくなるくらいまで痛めつけてやっても良いんだぜ」

「息が臭いな」

「……何?」


 俺の……いや、ウィルの口角が持ち上がる。


「聞こえなかったか? 平民が、俺の前で許可なく呼吸をするなと言ったんだ」


 そしてナイフが首筋に当てられているまま、俺は一歩前に踏み出した。


 だが、刺さらない。

 刃先は俺の皮膚に食い込むことなく力に負けて人さらいの手が後ろに下がる。


「……ッ!?」


 ()()()()()()()

 この世界は、貴族が持っている魔法――その副産物として、平民が普通の方法で貴族を傷つけることができないのだから。


 呆れたまま息を吐き出すと、人さらいが怯む。


「どうやら、本当に分かっていなかったのは……お前らみたいだな。人さらい」

「ば、馬鹿いえ! 刃物で傷つかない人間がいるかよ!」

「人間? 俺と、お前がか?」


 右の手のひらを空に向ける。


「魔法も使えないのに、随分と思い上がったな」

「うるせぇッ! これ以上喋ると……」


 そして――魔法を使った。


「《強奪ロボ》」


 右手から何本も見えない腕が伸びると、男たちの心臓を握る。

 そうして握った心臓から、命を吸い取りあげた。


 他人の命を吸い取ったことによる活力と、相手の命を手のひらで転がしているような全能感。それらが全て入り混じった言葉にしようのないほどの高揚感が全身を包む。思わず声を出して、笑ってしまう。


 俺が笑っていると、首に刃物を突きつけていた男が胸を押さえて地面に倒れた。


「う……ッ」

「あ、兄貴!?」


 そう言ったのはメルサを拘束していた男……ダズだったが、言葉に出来たのはそこまでだった。彼も同じように胸を抑えて、地面に倒れる。


 その2人だけではない。俺たちの周りを囲っていた人さらい7人全員がそのまま倒れた。


 ウィルの魔法――【強奪】。

 相手からあらゆるものを強引に奪う魔法だが、いまの俺が奪ったのは人さらいたちの命である。ゲーム的に言うのならHPだ。


「……クソ、が」

「まだ喋れるのか。随分と運が良いな」


 そんな瀕死になった男たちを見下ろしながら、俺の口がウィルの口調で続ける。


「幼いころ両親から教えてもらわなかったか? 貴族に流れている血と、お前ら庶民に流れている血は違うのだと」

「…………バケ、モノ」


 それだけ言った男はなんとか俺に向かってナイフを伸ばすが、それを蹴り飛ばした。

 カラン、と良い音を立てて石畳の上を転がっていった刃物を横目で見て、最後に告げる。


「次、俺の前に現れたら殺す。二度目はない」


 果たして、その言葉は届いたのだろうか。

 人さらいの腕からはだらりと力が抜けて、そのまま気を失ってしまった。


 それを見ながら、俺は頭をかいた。


『蒼天に坐せ』は街のエリアが大きく2つに分かれており、普通のアイテムを買ったり売ったりできる《拠点エリア》と普通に街の人間が襲いかかってくる《探索エリア》に分かれている。


 ちなみに探索エリアに登場する街の人間はどこから手に入れたのか貴族を傷つけることのできる出来損ないの魔導具だったり、火炎壺を投げてきたりする。冷静に考えれば『普通に生活している奴らは大丈夫なのか?』となりそうなところだが、深く考えてはいけない。


 このゲームはアクションRPGなのだ。

 あと当然だが、拠点エリアでは戦闘は発生しない。


 もう少し用心しても良かったな……と思いながら、俺はメルサに告げた。


「帰るぞ」


 そういって歩き出したのに、メルサがついてくる気配がなくて後ろを振り向く。

 すると彼女は倒れた男たちの中心で、ぎゅっと拳を握りしめて震えていた。


「何をやっている。早く帰るぞ」


 これ以上、こんなところにいて他のヤツに絡まれても面倒くさい。

 一応、ゲームだと戦闘が終われば経験値が入ってくるのだが、人さらいたちを殺していないので経験値が入っているかどうかは怪しいし、そもそもこの世界にはゲームシステムのようなものが存在していないので経験値なんてものが存在するのかも怪しい。


 そう考えると、無駄な戦闘は避けたいのだ。

 だから、一刻も早くこの場から立ち去りたいのだが、メルサからは問いかけが返ってきた。


「………1つ、申しても良いでしょうか」

「許す」


 短く、吐き捨てるようにしてメルサに告げる。

 告げてから、内心でため息をつく。


 いや、もう少し言い方どうにかなんねぇかな?

 ウィルの言動をコントロールする方法も探さないとなぁ……と俺が思っていると、メルサが小さな声で続けた。


「私と一緒にいると……きっと、同じことが起きます」

「ほう? また人さらいに襲われると?」

「……はい」

「何故だ?」

「私は……不幸を、呼び込むのです」


 真剣にメルサがそう言ったから、俺は一瞬それを信じそうになったがすぐに言葉を繰り返して首を傾げた。


 ……そんな設定あったっけ?


 不幸を呼び込む『不幸体質』というものは、一応このゲームの中に登場はしている。

 相手に与えるダメージが2倍になるクリティカルが出づらくなったり、ドロップアイテムが渋くなったりという状態異常バッドステータスで基本的にプレイヤー側が不利になる代物だ。あと普通に宿で一泊すれば治る。


 そんなものをメルサが持っていた記憶がなく、内心で首を傾げていると彼女は続けた。


「前に私を買った方もそうでした。屋敷は全焼し、商会は潰れました」

「……ふむ」

「私の家族も、そうです。私が生まれてから帝国は戦争に入り……私のせいで、一家が離散しました」


 そんなもの偶然だろうと思ってしまうのだが、メルサは至って真剣な表情で告げる。


「それでも、私を側に置きますか?」

「当たり前だ」


 メルサは本気で言っているのだろう。

 奴隷として売られるために離れるために適当なことを言っているようには見えない。


 だが、こちらにも事情というものがある。


「この俺が、お前の不幸ごときを飲み干せない器だと思っているのか?」


 それを説明しようとしたのに、俺の口から飛び出すのは挑発しているような言動。

 こんなんだからチュートリアルで殺されるんだよ。


 しかし、そんな俺の挑発じみた言動を聞いたメルサは少しだけ息を飲み込むと……小さく微笑み、そしてどこで習ったのか。メイドのお辞儀をした。


「……では、せいぜい後悔せぬように。()

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