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第31話 掃討戦③

 落ち着け。状況を整理しよう。


 息を吐き出して、俺は目の前にいるモンスターを視界のど真ん中に収めた。

 

 そこにいるのは『レッドフード』。

 没にされたラスボスで七人以上で階層主ボス部屋に入ると登場するという設定だけの存在だ。


 そいつが血に濡れた巨大な鎌を持って、俺たちを見ている。

 モンスターは名前の通りに赤いフードを大きく被っているが、そのところどころか黒くなっていた。おそらくは、返り血でも浴びたのだろう。


 逆に、後ろにいるのがルーチェとメルサだ。

 ルーチェは俺をかばって、右腕を負傷した。大鎌に腕を斬られてしまったから、メルサに頼んで血を止めてもらっている。

 

 そうして俺たちがいるのは誰もいない静寂とした森の中だ。

 森にはすでに避難勧告が出ている。だからだろうか、何の音もしない。


 ということは、ここにやってきた軍や《学園》の生徒たちの協力はあおげないということになる。


「…………」


 無言で、ナイフを構える。

 『レッドフード』は何かをはかるように俺たちを見ていた。


 俺たちを獲物とするか悩んでいるのだろうか?


 ならば、その間に――。


「メルサ、逃げれるか?」


 このゲームには、当然ながら『逃げる』という選択肢がある。

 戦闘時にピンチになったとき、無駄に戦いたくないとき、プレイヤーには戦闘から離脱するための権利があるのだ。


「……私ひとりなら逃げれますよ」

「ルーチェが許せばいいぞ」


 俺がそう返すと、ルーチェが苦笑いしながら言った。


「……良いよ。ボクは置いて、いっても」

「言ってる場合ですか。血は止まってますから、あなたも連れて逃げますよ」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、俺は頭の中で思考を回した。


 果たして俺は目の前のモンスターをやれるだろうか?

 ……とてもじゃないが、胸を張って「やれる」などとは言えない。


 俺の刻位レベル()

 『レッドフード』の刻位レベルは分からないが……向こうがラスボスなのだとしたら、どれだけ低く見積もっても()()はあるだろう。下手をすれば()かも知れない。


 相手の刻位レベルが測れないのが、しんどい。

 さて、どうしようか――と瞬きした瞬間に『レッドフード』が消えた。


「……っ!」


 ぞわり、という悪寒が背中を走り抜けると同時に、反射的に首を下げる。

 頭の上を凄まじい速度で何かが駆け抜け、金髪が何本も刈り取られて地面に落ちた。


 駆け抜けたのは、大鎌。

 それを振るった張本人が目と鼻の先にいることに怖気づきながら、俺は『レッドフード』に対して、反射的に蹴りを入れる。


 だが、返ってきたのは鉄のような感触。

 ビリビリと震えるような足に重みが入って、ダメージを与えられているような感じがしない。


「……固ってぇな!」


 思わず舌打ちしてから、大きく後ろに下がった。

 しかし、『レッドフード』は追撃してこない。


 再び俺たちを警戒するように距離を取っている。

 だが、その距離は短い。わずか五メートルほどだ。


 こちらからは無理だが、向こうの大鎌からすれば残り数歩で間合いの中だろう。

 だというのに、向こうは動かない。ただ、フードの下から覗く髑髏どくろが見えているだけだ。


 なぜ、()()()()()

 

 思わず、内心で首を傾げる。


 ゲームで2回行動できないことがこの世界でも再現されている?

 いや。それはない。だとすると、ラスボスであるメルサが好き放題動く理由にならない。


 それとも何かしらの条件があるのか?

 たとえば一定の時間を開けないと、動けないというような制限が存在している?


 それとも、間合いの中に何かが入れば動くのか……?


 俺は背後に意識を向けると、魔法の腕を伸ばす。


 落ちているマフィアのナイフを拾う。

 そして、それを投げた。

 

 ひゅっ、という空気を切り裂く音を立てて直進したナイフは『レッドフード』に直撃。

 だが、カラン! という音を立てて、ナイフは弾かれて地面に落ちた。


 攻撃が、通らない。 

 いくら向こうが隙だらけだとしても、ダメだ。意味がない。


 俺は心の中で溜め息を付くと、後ろにいるラスボスに聞いた。


「メルサ。石化、いけるか?」

「……もう試してますよ」


 しかし、返ってきたのは諦めたような小さな声で。


「……でも、効きません。あれの周りに私の【石化】を()みたいなのがあります」

「膜?」

「はい。先程のナイフは、その膜に当たって落ちました」


 膜って、バリアってことか……?


「俺には見えないが」

「私には見えます。蛇なので」


 意味が分からん。

 だがメルサが、こんな肝心な場所で意味の分からない嘘をつくことはない。


 だとすると、メルサには見えているのだろう。


「その膜がある限り、向こうに攻撃は通らない……ってことか?」

「おそらくは」


 ……なるほど?


 俺は試しに【強奪】魔法によって大鎌を奪おうとしかけてみる。

 だが、俺の伸ばした不可視の腕は、何かに弾かれて宙を彷徨った。


 武器も、HPも、MPも、他の何かを奪うこともできずに魔法が拒絶される。


「……膜がある限りは無敵、か」


 再びの膠着こうちゃく状態の中で、俺は息を吐きながら前を見る。

 ラスボスとして設定されていたモンスターが本当に無敵なんてことは考えづらい。


 ……没モンスターならありえるのか?


 風が吹く。森自体が揺れたかと思うくらいの強い風だ。

 葉っぱが舞い上がる。俺たちの視界を覆っていく。


 眼の前にいる『レッドフード』から視線を動かさないように凝視する。

 飛んできた土が目に入り、思わず僅かに目をつむった。


 再び、殺気。

 足音が耳に届くのと、空気が変質するのは同時だった。


 俺は思わず反射的に手にしていたナイフを前に突き出す。それが何かに喰い込む感触が返ってくると同時に、俺は『レッドフード』に蹴り飛ばされて地面を転がる。だが、その痛みを無視して俺は前を見た。


 そこには、腹にナイフの刺さった『レッドフード』が立っていた。

 メルサとルーチェをわずかあと一歩というところで射程に納めて、固まった『レッドフード』の姿があった。


「ひっ……!」


 それに気がついたメルサが小さな悲鳴をあげると、ルーチェを引っ張るようにして後ろに下がる。だが、それを『レッドフード』は攻撃しない。いや、攻撃できないと言っても良いかもしれない。


 そうして動きを止めた、赤いフードの腹には――ナイフが1本刺さっている。


 俺は二人の身体を魔力の腕で掴むと、強引に手元に引き寄せる。


「メルサ。分かったぞ、あいつの攻略法が」


 そうやって引っ張られてやってきたメルサは、ルーチェを落とさないように抱きかかえながら返してきた。


「……聞きましょう」

「視線だ」

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