第30話 掃討戦②
「襲撃と言っても、どうやるのです? まさか、扉を開けて中に飛び込みでもするんですか?」
「それで行くつもりだ。俺が森小屋の入口から中に入って全員に注目を集めるから、メルサが窓から中を覗き込んで全員を石にするんだ」
「えぇ……? 魔導具があったらどうするんですか」
「ちゃんと策はある」
「その策を教えて欲しいのですが……ご主人さまがやると言うのなら、任せます。私は奴隷なので」
などと、少しばかり投げやりになったメルサに対して、ルーチェが首を傾げた。
「ボクは何をすれば良いわけ?」
「他のマフィアたちが戻ってこないか見張っててくれ。もし戻ってきたら、倒して良いぞ」
「雑だね」
ルーチェはそう言ってから「それでも良いけどさ」と言って笑った。
2人の合意を得られたので、俺たちは行動に移すことにした。
まず、メルサが小屋の窓側に張り付く。別にそのまま覗き込んでも良いのだが、それだと彼女の一人が危険にさらされる可能性もある上に、視界に入らない場所にいた敵を石にすることができない。
念には念を、というわけではないが確実性が欲しいのだ。
俺はメルサが窓に張り付いたのを見てから、表側に回っていく。
必然、小屋の周りをぐるりと歩くわけだから、建物からの音が聞こえる。中では何かを喋っているように思える。和やかな雰囲気からして、雑談でもしているのだろうか。
俺はポーチに入れてきた『抗呪薬』に触れる。
メイドがいないから必要素材の収集に苦労したが、何とか2本は用意できた。万が一、石化したところで問題はない。
扉の前に回る。少し離れた場所にいるルーチェに視線を向けると、親指を立ててグッドのサインを送ってきた。他の構成員は来ていないらしい。
「……よし」
小さく息を吐くと、俺は扉を掴んで大きく引いた。
バッ! という音を立てて、扉が開く。
開いた瞬間、中にいた男たちの視線が一斉に俺を向く。いたのは4人。全員の首には、やはり構成員であることを示すタトゥーが刻まれている。
そんな彼らのうち2人は椅子に腰掛けて、非武装。だが、別の1人はハムを切るために小さなナイフを持っている。そのナイフには、見覚えがあった。
1Fにいるモンスターを倒すことで手に入る『疾風のナイフ』。ゲームだと素早さに補正がかかるナイフだ。魔導具でもある。そんなものでハムを切るな。
「誰だてめぇ!」
ナイフを持った男が叫ぶ。だが、ナイフ程度では脅威ではない。
脅威なのは、最後の1人――ベッドに腰掛けている男が持っているものだ。手に持っているのは短刀に見える。ただ、全てが黒い。刀身も、柄も、鞘も。
見覚えのないものだが、明らかに普通の武具ではない。魔導具だ。
だったら、
「――【強奪】」
魔法の腕を伸ばす。彼らの手に持っている魔導具たちを掴む。
そして、奪った。
ひゅ、と彼らの手元にあったナイフと短刀が自分の手に収まる。
どちらかというとこれが【強奪】魔法の本来の使い方だ。チュートリアル時に主人公の持っている回復アイテムや他のアイテムを奪って妨害してくる。とはいえ、成功率はそこまで高くないが。
奪ったナイフを強く握りしめる。小屋の中にいる男たちの殺し方が頭に浮かぶ。
これまで奪ってきたマフィアたちの記憶が、身体を突き動かそうとする。
だが、ナイフで殺すのは悠長だ。
だから、その衝動を飲み込んで叫んだ。
「やれ、メルサッ!」
「てめぇ、なに言って……」
ナイフを奪われたことにも気が付かない男が一歩後ろに下がった。
下がった途端に、石になった。彼だけではない。部屋の中にいた全員が一瞬で石になる。時間が凍りついたように静寂が訪れる。
窓の外には、目隠しを外したメルサが立っている。
彼女は無表情でこちらを見ながら、窓ガラス越しに聞いてきた。
「まだ見ておいたほうが良いですか?」
「念の為な」
俺は動きながらベッドの下や棚の裏などを探す。
その間にも机と、その上に転がっていたハムやチーズ、パンや水の入ったボトルが石になっていく。このままだと木の小屋を石小屋にされかねないので急いで索敵。
四人が全てであることを確認してから、俺はメルサに目隠しをはめるように指示をした。
「ご主人さま。何を手に持ってるんですか?」
「こいつらの持っていた魔導具だ。奪った」
「……魔導具が出てきたら奪うのがさっき言ってた策ですか?」
「そうだ」
「それ策って言うんですか?」
「知らん」
メルサに突っ込まれながら、俺はナイフを机の上に置いてから黒い短刀を見た。
奪ってから気がついたが、柄と刀身の境目に青い宝石がはめ込まれている。明らかに尋常のものではない。
「なんの魔導具だろうな、これ」
「記憶を奪いますか?」
メルサがそう言ってベッドに腰掛けた男を見る。
その考えが頭に思い浮かばなかったわけではないが、いまは殲滅作戦中。時間が惜しい。さらに言えば、彼らも使い方を知らないことだって考えられる。
『黒い影』は幹部クラスでないと魔導具を支給されない。だが、こんな小屋に残っている彼らは……流石に幹部ではないだろう。どちらかというと、《塔》で手に入れたものを勝手に使っている方が可能性としては高いのではないだろうか。
俺はメルサの提案に首を振ってから答えた。
「いい。帰ってから【鑑定】にかけよう」
俺はメルサにそう返すと、石になった男から鞘を奪って刀身をしまい込んだ。
「もし魔導具だったら、ご主人さまが使いますか?」
「性能が良ければな」
俺はメルサにそう返すと、短刀をポーチにしまい込む。
入れるときに『抗呪薬』が邪魔だったので薬を奥の方に押し込みながら入れると、その時胸に入れてた『極律コンパス』が震えた。
「……ん?」
「どうしました?」
「いや、いま振動が」
俺は不思議に思って、コンパスを開く。
ヴン、という起動音とともに魔導具が起動。3次元化されたマップが表示されるよりも先に『地図が更新されました』という通知が流れていく。こんな通知も確かにゲームにはあったが、コンパスの機能だとは知らなかった。
くるくると、更新アイコンがしばらく回ってから3次元化されたマップが表示される。
そこに表示されたのは、俺たちに決められた作戦領域ではなかった。
マップ一面が真っ赤に染まり『|退避勧告《Danger Zone》』と表示されている。
そして地図には俺たちがいる現在地からまっすぐ線が伸びていた。線を追いかけると、ある一点にアイコンが立っている。ここが退避先だろうか。
「な、なんですかこれ」
「……分からん。作戦中止か?」
残念ながら『極律コンパス』はあくまでも地図を表示するための魔導具だ。
スマホのように連絡を取りあうものではない。もし何かが起きて、作戦が中止されたとしても俺たちはそれを知るすべがない。
さらに言えば今回の作戦は魔法が使える貴族が、魔法の使えないマフィアたちを殲滅するためのもの。当然ながら、作戦中止は想定されていないのだ。
「ウィル! 何か変だ!」
索敵をしていたルーチェが、奇怪なものを見るように視線をあちこちに向ける。
「音が、しないんだ。みんないるはずなのに。動いているものもない。ボクの耳がおかしくなっちゃったのかな……」
「……引くぞ。退避勧告が出てる。逃げたほうが良い」
そう言って俺がコンパスを見せると、それを見たルーチェも目の色を変えた。
流石に地図一面が真っ赤になっているのは、誰がどうみてもヤバさが伝わるらしい。
とにかく逃げ出そうと俺はコンパスを閉じて視線を上げた瞬間に、森の奥で何かが光ったのが見えた。
「……っ!」
思わず、身体をひねった。
それは反射的な行動だった。
塾の帰り、横断歩道を渡っていた時に突っ込んできた車のライトにも見えた。
そんな光が俺たちに向かって突っ込んで来て、一拍遅れて何かが無理やり断ち切られる轟音が自分たちの背後で鳴り響いた。
後ろを振り向く。
そこにあった木の小屋は、何か巨大な刃物で切断されたかのように縦に両断されていた。
「……何だ、これ」
突然、起きたこの事象に意味が分からず一瞬、停滞してしまう。
その停滞していた俺は、ドン、と真横から突き飛ばされた。
それをやったのがルーチェだと悟るのと、彼女の右腕が空に舞うのは同時だった。
「逃げろ、ウィルッ!」
「……ルーチェ!?」
そう叫んだルーチェの姿は、見えなかった。
巨大な大鎌によって、視界がいっぱいに埋まっていたから。
鎌の持ち主が、素早く後ろに引く。ようやく敵を視界に捉えた。
ルーチェの身体が地面に倒れる音がする。いますぐ駆け寄りたいが――動けない。目の前にいる『何か』から視線を離せないからだ。離すと死ぬ。それが分かる。
おおよそ、2メートルの人型。
返り血が分からないような赤いフードを目深に被り、手には全長の倍くらいありそうな巨大な鎌を持っていた。
「……メルサ。俺が時間を稼ぐから、ルーチェの治療を」
「分かりました」
ナイフを取り出しながら、俺は小さく構える。
眼の前にいるやつが何なのか。
俺はその死神の姿を見た瞬間、脳裏に閃くものがあった。
こいつは『蒼天に坐せ』で没にされたラスボスだ。
デザインと、設定周りが作られて実装手前まで行ったが……何かしらの理由で、ボスとしては没にされた。その理由は知らない。
だがせっかく作ったのだからと、設定だけを開発者たちは残したのだ。
《塔》の攻略に7人以上で挑むと現れる『災厄』として。
出現したら最後、《塔》の中にいる生命体を全て殺さないと消えないため絶対に呼び出してはいけない禁忌の存在。そのモンスターの名前を、
「……『レッドフード』」
そうだった。
あくまでも設定だけだが、このゲームには6人までしかパーティーを組めない理由がしっかりと存在していた。
呼び出された理由は、分からない。マフィアか、学生がヘマをしたのだろう。絶対に入るなと言われていた『ボス部屋』に7人以上が集まってしまった。だから、呼び出された。それは百歩譲ってよしとしよう。
問題は『どうしてここにいるのか』という話だ。
俺たちの捜索エリアには、ボス部屋はない。ボス部屋までの距離もそれなりにある。
『レッドフード』が設定通りに、同じ階層にいる連中を皆殺しにして回っていたとしても……俺たちのところに直線でやってくることなど無いはずだ。
なぜ、まっすぐ俺たちのもとに――という問いが胸の中にやってきて、それに答えるように、ぶるり、と再び胸元が震える。
俺の胸元に、何かがやってきた。
「…………ご主人さま」
メルサが引きつったような声を出す。
分かっている。いま、何がやってきたのかは。
楽しそうに、俺を嘲笑うように、胸ポケットに入ってきたものは。
――1枚の、便箋に決まっているのだ。




