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第03話 奴隷と貴族

 破ったばかりの入学許可証を再びゴミ箱に捨てながら、頭の中で考える。


 生き残る、と決意したのは良いが案が無いのだ。

 どうやってゲーム主人公に勝つのか、という案が。


 何か無いか? 何も無いのか?

 俺は自分にそう問いかけながら、目を瞑ってゲームの画面を思い返す。

 主人公に難癖をつけ、いざ決闘が始まったときのウィルのセリフから、最期の天井の崩落までを。


「……ん?」


 そうして、思い返していると引っかかるものがあった。


 それは、ウィルのセリフだ。

 ウィルが決闘の際、魔法の発動に失敗するたびに言うセリフがある。


『クソ。魔法はなかなか盗めねぇか』


 いかにも噛ませ役っぽいセリフ。

 だが、そこにヒントがある気がしたのだ。


「……魔法は、盗めるのか?」


 一人、部屋の中で呟く。


 この世界の魔法は、一般的に言われているような魔法とは違う。

『蒼天に坐せ』の魔法とは各キャラが1()()()()持っている特殊なスキルのこと指すのだ。


 そして、俺ことウィルが持っている魔法は【強奪】。

 相手からHPや、アイテムを盗むことができる魔法である。


 他にもヒロインによっては【太陽の加護】という攻撃力・防御力を高めてくれる補正バフをかけられる魔法や、【貪欲】という敵を倒したときにドロップする金・アイテム・経験値が良くなるという魔法がある。


 これらの魔法は、基本的に1人につき1つまで。

 それが『蒼天に坐せ』のゲーム設定であり、ヒロインたちの差別化を図るために使われていたギミックだ。


 とはいえ攻略サイトやYouTubeなんかには『これが攻略最強魔法10選!』みたいなアクセス稼ぎの記事がいくつも出回っていたし、実際プレイをしていると明らかに優遇されている魔法があるので、そのキャラとパーティーを組んでばっかりだった。


 そんな『魔法』だが、何事もそうであるように例外というのが存在する。

 この世界には、魔法を複数使える人間がたった1人だけいるのだ。


 何を隠そう、それがこの世界の主人公。

 ゲームの主人公は『万能オールマイティ』という魔法を持っており、なんとこいつ複数の魔法を使うことができるのである。


 ゲーム的には『状況に応じて魔法を付け替えて戦おう!』というシステムなのだが、冷静に考えてみるとやっていることがおかしい。完全に人外だ。


 そんな魔法だが使えるのは()と言った特殊な血筋の人間だけだ。


 例外は平民出身の主人公なのだが、こいつはずっと例外なので一旦置いておこう。


 もし魔法が盗めるのだと仮定した場合、


「……貴族から盗むわけにはいかないだろうな」


 そう、そんなわけにはいかない。

 そもそも魔法とは貴族が神から与えられた特権――というのが、このゲームの世界観だ。おいそれと簡単に渡してくれる貴族はいないだろうし、そもそもウィルは他の貴族に嫌われているから誰も力を貸してくれないだろう。貴族なのに取り巻きもいないし。


 だとすれば、残るのは魔族になる。


 この魔族の方だが……ここが本当に『蒼天に坐せ』の世界なら、アテがあるのだ。


 俺は1つ息を吐くと、鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。




 呼び出したメイドに道を聞き、俺が向かったのは奴隷館だった。


「ここか。意外と近いんだな……」


 屋敷を出て、歩くこと20分。

 てっきり街の辺鄙へんぴなところにあるのかと思っていたら、普通に街の中心を走っている大通りに店を構えていたので、ビビった。日本で例えるなら国道沿いに奴隷館が建っているような感じだろうか。


 しかし、それを不思議に思っているのは、どうやら俺だけのようで通りを歩いている普通の市民たちは買い物や談笑に明け暮れている。マジでここは日本ではないらしい。


 そうやって俺が店の前で立ちすくんでいると、館の中から1人の男性がやってきた。


「これはこれは、ウィル様。護衛もつけずに、お一人でしょうか?」

「ああ、護衛は足手まといだからな」


 そう言うとまるで強がっているみたいだが、実際にはメイドに半泣きで断られただけである。まじで人望ないんだよな、ウィル(こいつ)


「流石でございます。ぜひ、中にどうぞ」


 しかし、そんな俺のイキった返事にも顔色一つ変えない男は、すっと頭を下げると扉を開いて俺を館の中に案内してくれる。


 そうして通されたのは待合室だと思われる、八畳ほどの小さな部屋。

 貴族の接待も手慣れているのか、俺を真っ赤なクッションの椅子に座らせると温かい紅茶を出してくれた。


「ウィル様。本日ご足労いただいたのは、どういったご要件でしょうか?」

「魔族の奴隷が欲しくてな」

「……魔族、でしょうか? 人間ではなく?」


 俺の要求に、きょとんとした顔をする奴隷商。


 その反応は、ある程度予想できていたものだ。


 というのも、魔族の奴隷はこの世界では忌避されているのだ。


 何故なら魔族は魔法を持っているうえに人に対して敵対的なので、言うことを聞かなかったり反乱されたりする恐れがあるのだ。その点、普通の人間は魔法も持っておらず魔族に比べて主人の言うことを聞きやすい。だから、一般的に貴族が買うのは人間の奴隷である。


 というか、そもそも『蒼天に坐せ』の世界では魔族に人権がない。

 だから人間だと思われていないのである。


 ちなみに、ルート分岐によっては魔族のヒロインが主人公と一緒に奴隷解放を行い最終的に魔族の国を立ち上げる『魔族の王』ルートを選ぶこともできる。流石は我らが主人公。一応、ゲームの説明にはどこにでもいる普通の平民って書いてあったんだけどな?


 そんな記憶がぽんぽん出てくるくらいには、このゲームが好きだった俺は奴隷商に意識を戻して再度切り出した。


「ああ、魔族だ。強い()使()()やつが良い」

「……なるほど」


 俺の要求を理解したのか、静かに頷く奴隷商。

 大方、他にも魔法の使える奴隷を求める貴族がいるのだろう。


 ウィルが他人の魔法を盗めるかどうかは俺にもちゃんと分かっていない。

 チュートリアル中に一度も主人公の魔法を奪えていないわけだし。


 だから、魔法が盗めない可能性はいまだ残っているのだ。

 そうなると奴隷に金を払うのは無駄な行為……とは、ならない。


 ちゃんと奴隷を買うことには意味がある。


 というのも《学園》には、1人だけ従者を連れていけるのだ。


 もしウィルの魔法で魔族の魔法が盗めなかったとしても、このゲームはパーティー制。

 だとすれば、一緒に決闘へのぞむことはできるはずだ。そんな時、強い魔法の使える味方がいれば、少しくらい生き残る可能性が増えたりするんじゃないかと思ってしまう。


 それに本編のウィルも取り巻きを2人連れた3:1のボスだったしな。

 ていうか、あの取り巻きたちはどこにいるんだよ。


 そんなことを考えていると、奴隷商が立ち上がった。


「では、こちらにどうぞ」


 若い奴隷商が立ち上がって向かったのは店の奥へとつながる扉。俺もその後ろを追いかける。


 奴隷商によって支えられた扉を手で持ち、奥に進むと()()()臭いが鼻をついた。


 ……くせぇな。


 思わず眉をひそめる。

 目を凝らせば、薄暗い廊下の両脇に鉄格子のはめられたおりが見えてくる。

 檻はいくつも並んでおり、その中に2人1組で魔族たちが手錠と首輪をつけられて拘束されていた。


 一番近くのおりにいたのは犬耳の魔族、猫耳の魔族のコンビ。

 顔や身体は普通の人間に見えるが、頭には獣耳がついている。この辺は、ゲームそのままらしい。どこかで見たことあるモブ顔だ。


 奴隷コンビはやってきた俺と奴隷商を睨みつけるものの、それ以上のことはしてこない。そんな彼女たちに視線をやると、どちらも片足だった。


「欠損奴隷も売ってるのか?」

「えぇ。足が無い分、お求めやすいですよ。3割引となります」

「持っている魔法次第だな」

「『身体強化』です」


 流れるような奴隷商の返答に、俺は無言で前を向いた。


 『身体強化』は物理攻撃力を1.5倍するバフだが、戦闘だと3ターンしか使えない。

 はっきり言って、そこまで強くない魔法だ。


 俺が何も言わなかったからか、奴隷商はそのまま前に進んだ。

 その後ろを追いかけて進めば、まさに魔族たちのバーゲンセール。ゲームに登場してくるリザードマンみたいな魔族やエルフのような魔族もいれば、一度も見たことがないクマ耳の魔族もいる。


 それらを眺めていると、少しだけ自慢げに奴隷商が俺の方を振り向いてきたので何か言わねばと思いながら、適当に世辞を呟いた。


「よくここまでそろえたな」

「でしょう? 品揃えなら我が商会以上のところはありませんよ」


 嫌味で言ったのだが、褒め言葉だと受け取られてしまった。

 少し鼻高に奴隷商が答えたものだから、その顔を見たくもなく俺は視線を奴隷たちに戻す。


 ゲームだとどんなスキルやステータスなのかはメニューを開くだけで見れたのだが、こちらの世界にそんな便利なものはない。さて、どうやって探そうか……と思っていると、1つの檻に視線が吸い寄せられた。


「……ん?」


 檻の中にいたのは、痩せ細った少女だった。


 ボロ布を身にまとい、全身は薄汚れているが目を引くのはそれではない。

 彼女の両目を覆っている目隠し。アイマスクのように幅が広く、黒い文様の刻み込まれた布によって少女の目は覆い隠されていた。


 そんな少女の髪は汚れが1つもついていない白銀。まるでそれ自身が発光しているかのような髪は、触手のように動いている。その様子を見ていると、まるで蛇のように思えた。


 それらの不気味な光景は、魔族であるということでスルーはできるが……何よりも特殊だったのは、他の檻が2人1組であるのに対し、彼女の檻だけ1人ぼっちであることだった。


 明らかに特殊な扱いを受けているその少女が気になって、思わず奴隷商に声をかける。


「おい。こいつは?」

「……ウィル様。ソレは勧められません」


 しかし、呼び止められた奴隷商は開口一番苦々しげにそう返した。


「何故だ」

「『石化』魔法持ちなのですよ。以前の主人を石にし、そのため視線封じの魔道具で両目を塞いでいるのです」

「…………ほう」


 悪くない。

 奴隷商の問いかけに対して、最初に抱いた感想がそれだった。


 『石化』魔法は本当に悪くないのだ。

 魔族の王ルート、そのヒロインも同じように石化魔法が使える。石化は一部の敵には効果がないものの強制的に相手の動きを封じることができる有効な魔法なのだ。特にゲーム序盤の弱いころであれば『耐性』を持っていないため、通りやすい。


 ゲーム主人公との戦いに備えるのであれば、選択肢として持っておきたい魔法の1つだ。


 あと、何より少女の容姿が良い。

 蒼天に坐せに登場する『蛇の少女:アルナ』というヒロインに、とても見た目が似ているのだ。まぁ、向こうはもう少し小綺麗だったけれども。


 興味のそそられた俺は、思わず檻に近づくと少女に向かって呼びかけた。


「お前、名前をなんという」

「……メルサ、と言います」


 いまにもかすれそうな、とても小さな声。

 名前も良いじゃん……と思いながら、ふと俺の頭の中で何かが引っかかった。


 メルサ? メルサ……?


 どこかで聞き覚えがある。ゲームに登場するヒロインじゃない。もしヒロインだったら、一発で分かる。それだけ俺はこのゲームをやり込んだのだから。


 顔が『蛇の少女:アルナ』に似ていたから、引っかかったのか?


 いや、まさか。


 メルサ……。メルサ…………。


「おあッ!!!?」


 思い出したッ!!

 いま完全に思い出したぞッ!!!


 こいつ、ラスボスだッ!!!!!!!


■あとがき




ここまで読んでいただきありがとうございます。




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やっぱり面白いし、読みやすいなあ。
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