第29話 掃討戦①
マフィア掃討作戦は、順当に進んだ。
《学園》にいるのは貴族の子どもたちで、そんな連中相手に魔導具も持っていない一般人が太刀打ちできるはずもなく、見つかっては生け捕り。《学園》に搬送された後で【自白魔法】を持っている上級生の手によって、全ての情報を吐き出されたらしい。
そして、彼らが王都で中心拠点にしている場所もすぐさま明らかになった。
場所は《塔》の3F。森林エリアと呼ばれる階層で、鬱蒼とした針葉樹林がエリアのほとんどを覆い尽くしている。彼らはこの中に森小屋を作り上げて拠点としているらしかった。
《塔》の中には《学園》があるものの入口は別な上、《塔》には割と簡単に誰でも入ることができる。そうして誰でも入れる《塔》の中は《学園》を除いてある種の治外法権になっている。
とはいえ、彼らの行動は王国からして目に余った。
そのために殲滅作戦が実行されたのだ。
可哀想ではあるが、彼らは王都のルールを守れなかった。
それが全てということなのだろう。
そして、殲滅作戦に参加する生徒には追加で単位が発生する。
また授業に参加できなくなっても良いようにと、俺は《塔》内でのマフィア殲滅作戦に参加することにした。
このゲームは『青春リプレイ』とジャンル名にもある通りに、普通に学園生活をおくることが出来る。俺は失った高校生活を普通に送りたいのだ。
「作戦説明は以上で終了とする。くれぐれも、ボスエリア内に7人以上入らないように」
3F入口の開けた森の入口で行われていた全体ブリーフィングがその掛け声によって終わった。
作戦実行の合図を切った王国軍将校を片目に、俺は胸元にしまった入学許可証に意識を向ける。
……あれから捕まえたマフィアたちに手紙の文面を見せて回っていたが、結局誰一人として『Why Alive』の文字を読めた人間はいなかった。
メルサだけではなくマオ先輩にも見せたのだが、少しだけ心配そうな表情を浮かべて「……白紙に見えるけど」と言われてしまった。だから俺はひとまず入学許可証についてはいったん考えないことにしたのだ。
流石に、ここまでおかしなことが起きると手紙に浮かび上がった文字はマフィアの復讐ではなく運命の強制力によるものだと確信してしまうが、この先シナリオの中でウィルに存在しているイベントはない。イベントが無いのだから、強制されるものもない。入学前とは話が違うのだ。
そもそも『Why』というのがおかしな話である。
なぜもクソもあるわけがない。
手に入れた足を失わないように、立ち回っただけだ。
だというのに、こんなことを書かれているとこちらが自分の人生を手に入れるために行ってきた努力と、魔法の訓練を全て無視されたような気がしてくる。お前には生きる価値もないと言われているような気がしてくる。
そう思うと、腹の底からふつふつと怒りが湧いてくるのだ。
「……ふぅ」
しかし、紙切れに怒っていてもしょうがない。
俺は深くため息を吐き出すと、手渡された『極律コンパス』というアイテムを開いた。
ヴン、という重たい音を立てて、すでに地図化された《塔》3Fの地図が立体的に表示される。それだけではなく、自分たちのいる場所を示す光点が立体地図の中心に光っていた。
「……これすごいですね、ご主人さま」
「レンタルなのが悔やまれるな」
この『コンパス』はお察しの通り、ゲームが始まると同時に主人公が持っているマッピングアイテムだ。歩いた場所を自動で地図にしてくれたり、アイテムの場所を書き込んだり、目的地まで案内してくれる便利なアイテムである。残念ながら王国軍からの借り物ではあるが。
ぶっちゃけ、このゲームの低階層エリアであればマップは全て頭の中に入っているのだが、あって困るものではないので一応借りておく。
「ここが俺たちの捜索範囲だ。ちょうどライン引いてあるな」
「どういう技術なんですかね?」
「魔導具だぞ。魔法に決まっているだろう」
立体地図には、俺たちが捜索すべきエリアが分かりやすく四角形状に線が引かれている。
その内部が、俺たちに課せられた探索エリアである。
《塔》内のエリアは基本的に広大なので、通常の探索では捌ききれない。
そのため本作戦は各々パーティーがマフィアの捜索を行い見つけ次第叩き潰すという大変に知性を感じられる仕上がりとなっている。一応、他の作戦案としては針葉樹林に火を放ってマフィアを丸ごと焼き殺すなども考えられたらしいが、被害が大きすぎるということで没にされたらしい。マオ先輩が教えてくれた。
俺は極律コンパスを閉じて、後ろにいるもう1人のパーティーメンバーに目を向けた。
「準備は良いか、ルーチェ」
「……うん。大丈夫」
覇気のない表情で彼女は首を縦に振った。
初めて出会った時のように、ボロボロの外套を羽織って長い剣を背中に差しこんでいる。
彼女は少しだけ緊張したように、他のパーティーメンバーを見回していた。
おそらくは久しぶりに《学園》にやってきたから、気後れしているのだろう。
どうせこれから人と会わない森の中に入るのだから、
「他の奴らなど気にするな。俺たちは、俺たちのやるべきことをやるぞ」
「……君は、強いね。ウィル」
「俺は、自分を持っているからな」
「君らしいよ」
ルーチェは少し呆れたように、そしてそれ以上の笑みで持って答えた。
「お前にも自分を持ってもらいたいが……ひとまず、移動しよう。いつまでもここにいるわけには行かないからな」
「うん。そうだね」
彼女には、主人公として他のヒロインたちを救ってもらわないといけない。
だからこそ彼女を勇気づけてから、俺は『灰霧の薬』を二人に飲ませて森の中に一歩踏み入れた。
灰霧の薬は【姿消し】と同じ効果をもたらすことのできるアイテムである。ゲームだとマオ先輩がいるので使われることはほとんど無かったが、今日みたいに彼女がいない場合には役に立つアイテムである。ちなみにマオ先輩は普通に一軍パーティーに行ってしまった。
俺たちは姿を消して森の中を移動していると、ルーチェが不思議そうに聞いてきた。
「ねぇ、ウィル。さっきの将校? の人が言ってた7人以上でボスエリアに入ったらいけない理由って何?」
「災厄だ」
「災厄?」
「《塔》に7人で入ると、神の怒りを買う。だから、パーティーは最大で6人なのだ」
「へぇ。物知りだね」
「……俺は貴族だぞ」
災厄……などと言っているが、要はゲームで組めるパーティーメンバーが6人までになる言い訳みたいなものだ。実際のゲームは7人で攻略をすることができないので、何が起きるのかは俺も知らない。そもそも起きるのかどうかまで含めて分からないのだ。
そんな話をしていると、後ろにいたメルサが俺の手を引いた。
「お二人とも、お静かに」
「……どうした?」
囁くような声で言われて、俺は思わず足を止める。
ルーチェも黙り込んで周りを伺うように視線を動かす。
「あそこに、小屋があります」
目隠しで見えないはずのメルサが、まっすぐ小屋を指す。
「中に3人、動いている人がいます」
「分かるのか?」
「蛇なので」
なぜ蛇だから分かるのかは分からないのだが、メルサがそう言っているのであれば信じる価値がある。
俺は小さく息を吐くと、2人向かって続けた。
「……よし。襲撃するぞ」




