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第27話 王都のルール

 王都にある工業地区。

 そこをマオ先輩が先導しながら、俺たちは歩いて抜けていく。


「ウィルくんは『黒い影(ラ・ソンブラ・ネグラ)』を知ってたの?」


 先導するマオ先輩に尋ねられて、俺は「ああ」とウィルっぽく頷いた。


「ロズマリア領で麻薬の売買をしていたので、壊滅させた」

「そんなことしてたの!? だから、刻位レベルが高かったんだ……。危ないことするんだね……」


工業、とはいっても現代日本でイメージするような複雑な工業機械を作るようなものではない。


 この世界にあるのは産業革命以後にすぐ生まれた紡績や製紙工場だ。

 それが、もくもくと石炭の煙を吐き出しながら、動いている。


「『黒い影(ラ・ソンブラ・ネグラ)』は王国の端の方にいたマフィアだったんだけど最近、王都にやってきてね」


 どうして、俺たちがマオ先輩と一緒にそんなところを歩いているのか。

 これは簡単で、マフィア討伐が《学園》の依頼クエストとして掲示板ボードに張り出されたからだ。


『蒼穹に坐せ』はゲームなので、当然サブクエストが存在する。

それはお使いをこなしたり敵を倒すことで、お金やアイテムを手に入れるという救済策である。


 で、今回のマフィア討伐で手に入るのは授業の単位。

 俺が一週間眠り続けて《学園》を欠席していた間に、どうやら一度だけの特別授業が差し込まれていたらしく、その単位を取るためにこうしてマフィア討伐に向かっているというわけなのだ。


 とはいえ、それはあくまでも目的の1つでしかない。

 本当の目的は、全くの別である。


 ちなみにマオ先輩はお願いしたらついてきてくれた。優しい。


「彼らは他のマフィアと同じように臓器や死体の売買。麻薬や禁酒の密売なんていう王国からしたら絶対に潰したい犯罪を片っ端からやってるんだけど、王都のルールを知らないみたいで警邏けいらが見逃せないレベルで暴れてるんだよね」

「……犯罪を、見逃すことがあるのですか?」


 メルサが意外そうに尋ねる。

 それにマオ先輩は疲れたように肩をすくめると、続けた。


「まぁね。例えばお酒の製造ってウチの国だと、一部の許可された貴族しかできないんだけど」

「え、そうなんですか?」

「うん。酒税は、とっても固い税収になるから。でも、そうなるとお酒は高級品になる。でもさ、大人たちはみんな飲みたがる」

「そう……ですね」

「そんなときに、禁酒とはいえ格安でお酒が手に入るってなったら……それは見逃しちゃうんだよ。人は高潔じゃないからね」


 マオ先輩はそう言って、疲れたように微笑んだ。


 メルサは酒を飲んだことが無いのか、半分納得と言った微妙な顔をしていた。

 俺も酒を飲んだことは無いから『そんなに飲みたいものか?』と思ってしまう。だが、日本にいた周りの大人たちのことを思い出すと、確かに酒が高級品になったら困る人もいるだろう。


「繰り返すけど、それでも禁酒の販売は犯罪だよ。税収を確保したい貴族からしたら、自分たちの利益が少なくなるからね」

「……そう、でしょうね」

「勘違いしてほしくはないけど、私たち貴族も別に私腹を肥やそうとは思ってないんだ」


 マオ先輩はそう言うと、こちらに振り返って続けた。


「その手にした税で新しい産業を作って、雇用を守らないといけない。教会に献金をして、民の冠婚葬祭がとどこおらないようにしないといけない。もし不作が起きたら民を守るために穀物を買い付けないといけない」

「…………」

「それは全部、貴族――領主の仕事だからね」


 そう言われると、貴族というのは政治家みたいなもんなのかもしれない。

 現代日本で習ったヨーロッパの貴族たちは、なんか戦争ばっかりしていたイメージがあるが、もしかしたら戦争していない時代の貴族たちは、こっちの貴族と同じように民を守っていたんだろう。しらんけど。


「話を戻すけど彼ら『黒い影(ラ・ソンブラ・ネグラ)』は、拠点がいくつも分散してるみたいで、どこかを1つを潰しても意味がないんだ。だから、王都から彼らを追い払おうと思ったら全部の拠点を潰さないといけない」

「全ての拠点を?」

「うん、全部。じゃないと、報復されるから。徹底的に、だよ」


 マオ先輩の口から彼女に似つかわしくない言葉が出るが、よく考えたら彼女は《バベル》の中でモンスターと戦う《学園》の先輩。武闘派なのが、本当の姿かもしれない。


 そんな武闘派マオ先輩がさっき口に出した『報復』という言葉。

 それこそ、俺が今回のマフィア討伐戦に参加した理由だった。


俺の部屋に置いてあった『Why(なぜ) Alive(生きている)?』の手紙。

割られた窓。不自然に荒らされた同級生の部屋。


それらから考えるに、今回の手紙は運命シナリオの強制力なんていう大それたものではなく……俺が壊滅させたマフィアが復讐のためにやってきたのではないか? と、考えている。


そのために、マフィアのメンバーを捉える必要があるのだ。


 なんてことを考えていると、ちょうど俺たちの横を甘い臭いのする男がすれ違った。

 嫌な臭いだ。ぴりぴりとした、刺激臭にも似た甘さ。


「ウィルくん」

「……ああ」


 マオ先輩にそう言われて、俺は振り返る。 

 男の後ろ姿だけを見ていると、普通の工場労働者に見えた。丈夫なリネン製のジャケットを羽織はおり、平らな帽子を被っている。見失ったら、そのまま工場の風景に溶け込んでしまいそうなほどに特徴がない。


 だが、臭いが明らかに異常だった。

 ロズマリア領の貧民街スラムで、嫌というほど感じた麻薬の臭い。


 彼は街の風景に溶け込むように淡々と歩くと、そのまま入り組んだ工場の間に入っていく。俺たちがその後ろを追いかけようとしたら、マオ先輩が「ちょっと待って」と言って足を止めた。


「【ラルピス】」


 そう詠唱した瞬間、俺たちの身体が淡い光に包まれる。


 ラルピスって、【姿消し(ラルピス)】か。

 ゲームだと一定時間、敵とエンカウントしなくなる探索時によく使われていた魔法だ。こういう魔法をさらりと使えるところが、マオ先輩がゲームでの使用率が1位になる所以ゆえんだったりする。


「これで、他の人から見えなくなったよ。追いかけよう」


 マオ先輩が微笑むと、小走りで男の後を追いかける。

 俺も先輩の後ろを追いかけて路地裏に入ると、思ったよりも奥の方で別の男からなにか小さな小包を受け取っていた。


「……売人ディーラーか」

「どうするウィルくん。捕まえる?」

「いや、試したいことがある」


 そう言うと、俺は売人ディーラーに向かって魔力の腕を伸ばし、


「――【強奪ロボ】」


 彼の記憶を、奪った。

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