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第22話 決着

 ……死んでない?


 目を開いた瞬間に思ったのは、それだった。

 ルーチェの魔法によって舞い上げられた巨大な岩たちが空から降ってきた瞬間に、俺は死んだと思った。だが、こうして考えることができる。


 だから、そう思ったのだが……。


「どこだ、ここ」


 眼の前に広がっているのは、無限に続く暗闇だった。

 まっすぐ腕を伸ばすと指の先が闇の中に溶け込んでしまって見えなくなる。


 そんな暗闇の中に俺はいた。


 もしかして、さっき降ってきた巨大な岩の隙間に閉じ込められたのか?


「メルサ! ルーチェ!」


 試しにそう叫んでみるが、俺の声は際限なく遠くに消えていく。

 閉じ込められたというにしては、どうにも広い場所にいる気がする。


 マジでどこにいるんだ、俺。


 何か、この場所の手がかりを掴もうと歩き出そうとして、


「……うっ!?」


 ()()()()()()


 そんな馬鹿なと思って自分の身体を見下ろすと、座っているのは車椅子の上。


 試しに足を叩いてみる。どん、という鈍い音が暗闇に吸い込まれていく。

 けれど、足の感覚は何も無い。痛みも、座っている感覚も、何も。


「馬鹿な……」


 自分の足を殴ったことで、じんじんと痛む自分の拳の痛みだけが嫌に強調される。


 よく見てみれば、自分が着ている服もウィルのものではない。

 いつか入院したときに着ていた病院服だし、身体もやせ細っている。やせ細っているというのはあくまでも、ウィルと比較すれば……という話になるが。


「……なんで」


 せっかく足を手に入れたと思ったのに。

 もう一度、歩けるようになったと思ったのに。


「なんで、足が戻ってるんだ……」

「なぜだと? 元のお前には、その姿のほうがふさわしいだろう」


 吐き出した弱音に、返ってくると思っていなかった声が投げかけられたので俺は腰が抜けそうなほど驚いてしまった。

 特にこんな暗闇なものだから、他に誰がいるのかなんて分からないから。


 だから、俺は闇の中に向かって誰何すいかの呼びかけを投げた。


「誰だ……!?」

「人の身体を好き勝手にした不届き者の言葉だとは思えんな。まさか、俺が誰かを忘れたのか?」


 そう言って、暗闇の中から現れたのは――()()()()()()


「……ウィル」

「ウィルだ。平民風情が敬称もなく名前を呼ぶな。汚らわしい」


 本気で嫌そうに顔をしかめるウィルは確かにゲームの中でみた悪役そのものであり、ここしばらくの間、鏡越しで見ていた自分の姿でもある。


 車椅子と対面すると、ただでさえ高い背がさらに高く見えるものだから高圧的な態度に拍車がかかっていた。


 だが、どうして車椅子の俺とウィルが対面しているのか。

 それが全く分からずに、俺は口を開いた。


「……どうして、ここにいるんだよ」

「なぜ? だれ? どうして? お前の口から出てくるのは疑問ばかりだな」


 ふん、と鼻で嗤ってウィルは続けた。


「お前から身体を取り戻すために決まっているだろう」

「…………」

「それとも、ずっとお前が自由に使えるモノだとでも思っていたか?」

「……レンタル制でも、無いだろ」


 そう返したものの、ウィルは俺の発言を無視して更に続けた。


「勝手に《学園》の手紙を燃やし、平民ルーチェに良いようにされ、婚約者リアの挨拶を無視して魔族なんぞにうつつを抜かす。これでは、貴族の面目など保たれんではないか」

「貴族の面目? お前に無いだろ、そんなもの」

「貴様に俺の何が分かる」


 俺の反論に、しかし今度はしっかり噛みついてきた。

 苛立ちを隠しもせず、俺を見下ろすように真正面に立つと両腕を伸ばすと俺の首を掴んで持ち上げた。


「俺はロズマリア家の人間だぞ。貴様のような平民とは流れている血が違うのだ」

「……は、離せッ!」


 ぎゅ、とウィルの指が俺の喉に食い込んでくる。

 強く骨を掴まれて呼吸ができない。だらりと足が垂れたまま、俺の身体が宙に浮く。


「お前を殺せば、俺の身体が元に戻るかもしれん。やってみようか」


 そう言って笑いながら、俺の喉を握りしめる力がどんどん強くなっていく。

 ただでさえ暗い目の前が、もっと暗くなっていく。声も出せずに、喉の奥から軋んだ家のうな、おかしな音が漏れた。


 必死にウィルの手を掴んで自分の首から離させようとするが、力が強くて叶わない。

 いや、俺の力が弱いだけなのかもしれない。機械か何かで締め上げられているかのような錯覚。


 ウィルも俺がどうやっても勝てないことを知っているのか。

 余裕ぶった態度を見せながら、片腕だけで俺の喉を締め上げ続けた。


 このままだと死ぬ。

 死んだらどうなる? 日本に戻るのか? それとも本当に死んでしまうのか?

 何も分からない。けれど、どれも嫌だ。


 日本に戻ったって、足が動くようになるわけじゃない。

 またあのリハビリの日々が待っているだけだ。


 死ぬのは嫌だ。

 せっかく交通事故から生き延びた命を、こんなところで無駄にしたくない。


 どうして。

 どうして、みんな俺からこんなに奪っていくのだ。


 足も、命も。


 自分のものじゃないからか?

 それとも俺だからか?


 俺から奪えば、俺が何もしないと思っているからか?


 ふつふつと、腹の底から怒りが湧いてきた。


 怒りに身を任せたまま、ウィルの腕を振り払う。

 そして、その腕を掴んだまま俺は彼の喉元に噛みついた。


「……貴様ッ!」


 ウィルが息を飲む音が聞こえる。

 それを無視して、さらに強く顎に力を加える。


 ここで死ぬのは俺じゃない。

 ――()()()()


 そうして、ごき、という嫌な音と骨の砕けるような感覚が口いっぱいに広がった瞬間に。


「……っ!」


 俺は、目を覚ました。


「……生きてる」


 真っ暗な部屋の中だった。

 天井は、この一週間で死ぬほど見慣れた貴族寮のそれ。窓からは月の光が差し込み、メルサが用意した花が風にゆらりと揺れている。


 それを見ると自分が生きていることを強く、強く実感した。


「変な、夢だったな……」


 日本の時の俺が、ウィルをこの手で殺す夢。

 決闘で死ぬという思い込みが強すぎてあんな夢を見てしまったのだろうか。


 理由は分からないが、生きていれば何でも良かった。


 喉の渇きを癒やすべく身体を起こそうとすると、自分にかけられた布団がベッドサイドに引っ張られる感覚がある。そちらに視線を向けると、椅子に座ったメルサがベッドにもたれかかるようにして眠っていた。


 静かに寝息をたてる彼女のそばには、濡れたタオルと水の入った桶が用意してある。

 額の上に載せられた濡れタオルの感覚からして、どうやら彼女は俺を看病してくれていたようだった。


 濡れタオルを取るべく手を伸ばすと、俺は不思議なものを見た。


「……ん?」


 腕が、細くなっていたのだ。

 身体を起こす。あれだけ出ていた腹が、いまではすっかり凹んでいる。

 顎を触ると、たぷたぷだった肉がなくなっていた。


 俺はメルサを起こさないようにそっとベッドから這い出すと、喉の渇きも忘れて姿見に向かって足を進め、


「……誰だよ、こいつ」


 そこで見たのは、ゲームでも見たことのない金髪イケメンの姿だった。

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