第21話 決闘
「決闘だッ! ウィルム・ロズマリア! キミが姉さんたちの仇なら、ボクはキミを殺さなければならないッ!!」
「なんの、話を……」
俺がルーチェにそう言い切るよりも先に、彼女の長剣が一気に引かれる。
喉元を支えていた短剣、その力の矛先を失って俺の右腕が宙を舞う。
その最中、ルーチェが跳躍。
――まずい。
そう判断した俺が頭のスイッチを入れる。世界全てがスローになる。
ぐるり、と宙で反転しながら頭を地面に持ってきた彼女は、そのままギリギリと全身を振り絞ると――力を解放。
ヒュドッ! まるで銃弾のような音を立てて、俺に向かって刃が迫ってくる。
「人の話を」
その刃を短剣の腹で逸らす。
ギャリギャリと火花を散らしながら長剣が逸らされ、真正面にルーチェの顔が迫ってくる。
「聞けッ!!」
俺はその勢いのまま頭突き。
ゴッ、と鈍い衝撃がおでこに広がると、そのまま彼女の身体を吹き飛ばした。
草原を転がっていくルーチェは、三回転すると手で地面を押して飛び上がる。
そうして、ようやく俺と距離を取った。
「貴様が何を読んだのかは知らんが、それは俺の『入学許可証』だ。そもそも森で出会ったばかりのお前と、その姉の仇など知ったことではない」
「……ふざけないでよ、ウィル。ずっと黙っていたんでしょ?」
剣を持ち上げ正眼の構えを取ったまま、ルーチェが俺を睨む。
やはりその両目は、赤く染まっている。
「キミが指示して、ボクの孤児院を襲撃した。そうして連れ去った子どもたちをマフィアに売り飛ばした。その一部始終が乗ってたよ、この手紙にはね」
ルーチェがそう言って、俺に『入学許可証』を見せつけてくる。
「……全く持って、話にならんな」
ウィルの身体でそう呟くが、俺は心のどこかでこの状況に納得をしていた。
――なるほど。
どう決闘にもつれ込むのかと思ったら、手紙を使ってきたわけか。
心の奥底で舌打ちを一回。
しかし、この状況には入念に備えてきたわけで。
「ご、ご主人さま! ルーチェさまは、何を……」
「おそらくは錯乱状態にある。モンスターの攻撃でも喰らったんじゃないのか。そういう状態異常をしかけてくるモンスターも中にはいるからな」
「さ、錯乱……」
メルサは、いまだこの状況が飲み込めていないみたいだったが……ルーチェの言っている『俺が孤児院の襲撃を指示した件』については、信じていないようだった。まぁ、そりゃそうだろう。メルサは俺がマフィアを壊滅させたことを知っている。
だったら、活路はあるのだ。
俺1人ならともかく、メルサがいるのであれば確実に乗り越えられる。
「ルーチェを止めるぞ、メルサ!」
「は、はい……!」
俺がそう言って短剣を取り出すと、ルーチェが地面を蹴り出すのは同時だった。
再び脳のスイッチを切り替える。時間が減速する。
だが、その減速した世界でも分かるほどに――速い。
速いから、まずはそれを奪う。
「――《強奪》」
がくん、と目に見えてルーチェが減速した。
前につんのめるようにようにして、彼女の身体が地面に吸い込まれていく。
「何をしたか分からないけど」
しかし、彼女は地面にふれる寸前で身体を起こした。
「無駄だよ」
体幹と背筋を使った強引な体勢起こし。さらに、その状態から思い切り刀を逆袈裟に向かって斬り上げてくる。その刃の軌道は、俺の脇腹から入って心臓を抜けるコース。殺意が高すぎる。
それをナイフでいなして、ルーチェの上体に手を触れて先ほど奪った勢いを返した。
「《解放》」
彼女は彼女自身の勢いを打ち返されて、そのままひっくり返った。
その瞬間に、彼女の利き腕を踏んで刃物を取りこぼさせると、彼女に馬乗りになってナイフを突きつける。
「俺の勝ちだ」
「――いや、まだだよ」
しかし、その状態でルーチェが告げると同時。
ジリ、と頭部に熱を感じて慌てて彼女から降りる。降りた瞬間、俺に向かって飛んできたのは1つが3mほどある4つの巨大な火球だった。
火属性魔法!
俺の【強奪】や、メルサの【石化】のように【属性魔法】を持っているキャラクターがこのゲームには存在している。これはその魔法の産物。
なぜこのタイミングでルーチェが使えるのか、という疑問が生まれたがすぐに消え――俺は距離を取ろうと地面を蹴った瞬間に、
「キミの魔法はこれか」
自らの勢いを、奪われた。
ルーチェの魔法、【万能】。
「……ッ!」
蹴った自分の慣性は働くのに、勢いを唐突に失ったせいで俺の身体が真後ろに倒れていく。そこに火球が迫ってくる。
「メルサ!」
俺が叫ぶと、メルサはその意図を読み取って目隠しを外した。
火球が一瞬で石化する。どどん、という音を立てて4つの石化した火球が地面に落下。しかし、視界内に入っているはずのルーチェが石にならない。
俺はごろごろと地面を転がりながら、ルーチェと距離を取る。
「それ、効かないよ」
俺と同時に立ち上がりながら、彼女は黒い髪を風にたなびかせた。
舞い上がった髪の内側に隠れていた彼女の耳についているイヤリングが目に入る。
見覚えのあるそれに、思わず歯噛みした。
「――『お助けイヤリング』か」
「『身代わりイヤリング』だけど」
正式名称はそんなんだったな……と、思いながら俺はゆっくりとナイフを構えた。
『身代わりイヤリング』。
難易度Easyであれば初期装備としてもらえるアイテムで、戦闘中かならず1度目の攻撃を無効化する。主人公だけが持てる特殊装備。
それ、ズルだろ……という声が喉元まで出かかって、ぐっと飲み込んだ。
落ち着け。初撃は無効化されるが、2回目からは効くはずだ。
だったら、もう一度メルサの【石化】に巻き込んでしまえば……!
そこまで考えた瞬間、真正面にいたルーチェが叫んだ。
「『ブラスト』ッ!」
ごう、と目も開けていられないほどの風が吹き荒れる。
俺の身体が真後ろに吹き飛ばれるのと同時に、ルーチェが暴風の中を突っ切って俺に向かって迫ってくる。
メルサを見る。彼女も俺と同じように目を隠しながら、俺たちから距離を取る。
暴風は石化した火球たちすらを上空に持ち上げるほどの、竜巻となって俺たちとメルサを分断する。
だが彼女は蛇の魔族だから目が見えなくても動ける。
目を開ける位置で、再度【石化】魔法を使ってくれる――はずだ。
それに賭けて、俺はルーチェの攻撃を防いだ。
「なぜッ! なぜ、キミのような貴族がボクたちみたいな孤児を狙ったんだッ!」
「……知らない話をされても」
食い止められたルーチェは、そのまま刃を後ろに下げると舞うように2連撃。
俺の足を蹴り飛ばして体勢を崩させると、そのまま振りかぶった長剣をまっすぐ下ろす。
「困るな」
――《強奪》。
心の内で詠唱を唱えると、ひゅ、とルーチェの握っていた長剣が消える。
盗まれた長剣が、一瞬で俺の手元に移動してくる。
「ボクの剣を……っ!」
「頭に乗ったな、ルーチェ」
それをルーチェに【強奪】されるよりも先に、手放す。
誰のものでもなくなった彼女の長剣が地面に落ちていく。丸腰になった彼女は、空振った腕を持ち上げると徒手格闘に切り替える。
切り替えたルーチェの後ろに、距離を取ろうと走るメルサの後ろ姿が見える。
「――《強奪》」
そうして、俺はメルサの魔法を奪った。
ぱちり、と瞬きする。
目を見開いた瞬間、視界に映る全てが固まった。
だが、石にはなっていない。あくまで動きを止めただけだ。
「……チッ」
刻位がⅣになったから、行けると思ったのだが完全に奪えてはいなかったらしい。しかし、ルーチェの動きも固まっている。その隙に俺は強引に身体を動かして、ルーチェを再び押し倒す。
――解放。
魔法をメルサに返すのと、ルーチェの動きを完全に拘束するのは全く同時だった。
「……はぁっ、はぁっ」
互いに肩で息をしながら、見つめ合う。
ルーチェは地面に倒れた状態で大の字になり、俺は彼女に再び馬乗りになったままナイフを突きつける。
「次に魔法を使ったら問答無用でお前を殺す」
まだルーチェは決闘の敗北を認めていない。
だからまだこの戦いは終わっていないのだ。
これだけ晴天広がるバベル2Fの中で、ウィル本来の死因である瓦礫の崩落に巻き込まれることなどあるわけ無いが……それでも、彼女が敗北を認めるまで俺は彼女を自由にするわけにはいかなかった。
「お前の勘違いで俺を殺しに来たことは、この敗北で不問としてやる。負けを認めるか、ルーチェ」
「でも、ボクは……」
力なく答えるルーチェの顔から、だんだんと焦りのようなものが消えていく。
目に灯っていた紅い光がゆっくりと消えていく。
「ボクは……いったい……?」
ふと、いつものようなルーチェが顔をのぞかせた瞬間――はっとした表情で、ルーチェが真上を指さした。
「ウィル! 上ッ!!」
俺がそう叫んだルーチェによって目を持ち上げたときに見たのは、風魔法によって舞い上げられた4つの石化した巨大な火球。
それが、上から降ってくる瞬間だった。




