第19話 空白、そして
「諸君らには《学園》にふさわしい生徒として規律ある態度を求め……」
講堂の中、大きな広間には今年入学する1年生がずらりと並べられていた。
用意された椅子に腰をかけ向けた視線の先では、ゲームで何度も見た記憶のある学園長が聞き覚えのない入学式の挨拶をしている。
そう『入学式』だ。
これが終わるなりゲーム本編とともに一週間のチュートリアルが開始される。
とはいえ、一週間と言ってもゲームの中では『クラスメイトと会話する』『塔への入り方と戦闘コマンドを覚える』『各種売店の使い方を知る』くらいであり、割と日付もサクサク過ぎていった記憶がある。
そうして、その一週間の最後。
チュートリアルのボス戦として、俺ことウィルは主人公と決闘を行い……そして、死ぬ。
《塔》の廃教会で戦い、ウィルが最後のあがきで魔法を使おうとして瓦礫に押しつぶされるのだ。
命のリミットは、あと一週間。
「……ふん」
学園長の挨拶にまぎれてしまうほど小さな声で吐き捨てる。
――かかってこい。
俺はそう吐き捨てると、内ポケットに入れた入学許可証を服の上から握りしめた。
準備は万端だ。入学式までの間に行った塔でのレベリングで、ルーチェの動きはある程度見切っている。マフィアたちの記憶によって覚えた白兵戦の技術も、モンスターとの戦いで形になってきている。
それになにより、ルーチェとの間にあったレベル差。
現状2つも離れているが、はっきり言ってこれでは勝負にならない。
どうやっても、俺の勝ちは揺らがないだろう。
「…………」
決意を固めて、俺は斜め奥にいるルーチェを見た。
彼女はリラックスした様子で《学園長》の話をただじぃっと聞いている。
ただ、1つ疑問に思うのは。
「以上を持って、入学式を終わりとする」
俺と彼女は、どうやって決闘になるのだろうか。
「久しぶりね、ウィル」
俺たちが案内された教室で自席につくと、隣の席に座っていたツリ目の少女から話しかけられた。
話しかけられたのだが……誰だか、分からない。
真っ白い制服に身を包んだ水色の髪をした少女。彼女は表情にやや怒りを見せながら、俺を睨みつけていた。
ゲームにこんな子いたっけ……?
記憶を探りながら、眉間が険しくなる。
思い出せない。少なくともメインのキャラにはいない。
「何、もしかして忘れたの? リアよ。リア・トロベリス」
「……リア?」
そう言われるのだが、本当に誰だか分からない。
リアなんてキャラクターは、ゲームには登場しなかったように思える。
少なくとも、ゲームに登場するヒロインではない。
これは明確に断言できる。
そう思って俺が訝しんでいると、リアはドン! と、大きく机を叩いてから告げた。
「あんた、もしかして……自分の婚約者の顔を忘れたの?」
「こ……。なんだって!?」
「婚約者よ! 婚約者。親が決めたとはいえ、結婚相手よ!? 顔忘れないでしょ、普通!」
そんなリアの叫びで教室全体が静まり返る。
静まり返ったのを気にもしないで、リアが続けた。
「ま、まぁ? 最後に出会ったのが10年前だから、顔が分からないってのは仕方ないかもしれないけど?? だとしても、写真とか送ってたはずだけど」
「…………あ、ああ。そう……だったな……。そうか、婚約者……」
「そうよ。そもそもあんたから婚約してきたんじゃないの。結婚したらウチに入るんだから、その辺分かってるんでしょうね?」
少し照れたようにいうリアだが、ウィルの部屋の中にそんな写真は置かれていなかった。
というか、そもそもウィルの婚約者ってなんだよ。
初耳だよ。そんな設定あったのかよ、こいつに。
いや、だが貴族だとすれば、婚約者がいるのは自然なことだ。
貴族たちにとってより強い血を取り込んで、家を強くしていくことそのものが仕事なのだから。特に三男なんて家を継げるわけがないのだから、婿に使えるなら使っておきたいという感じなのだろう。俺も育成ゲームで似たようなことをやるからよく分かる。
そうやって俺がリアに圧倒されていると、その騒動を聞きつけた黒髪の少女が教室の端からやってきた。
「へぇ、ウィルの婚約者? だったら、ボクとも友達になってよ」
「あなた誰?」
「ルーチェだよ」
そう名乗った瞬間、ほんの僅か……リアの顔に険しいものが浮かぶ。
「姓は?」
「ないよ。ボクは平民だからね」
そう言った瞬間、俺たちに注目していたクラスメイトたちの中に息を飲む音が広がったのが分かった。
学園始まって、初めての平民入学者。
そんな彼女が注目を集めるのは当然で。
だが、その静寂をものともせずにルーチェは切り込んだ。
「何か問題がある?」
「……いいえ、ないわ。よろしく。それで、あなたはウィルのなんなの?」
「友達だよ」
「ふぅん?」
リアはそれに納得したのか納得していないのか。その中間の顔を浮かべると「あとでね」と言って別のクラスメイトに話しかけ始めた。
それを見ていたルーチェは俺の方に向き直ると微笑んで、口を開いた。
「や、ウィル。久しぶりだね」
「話しかけるな。まるで平民と俺が友人のように見えるだろう」
「友達でしょ? 一緒に塔にも入ったんだし」
嫌がって返したように見えただろうに、ルーチェは気にした様子もなくへらりと笑った。
そうして、それだけ言って満足したのか、他のクラスメイトたちにも絡みだした。
本当に人の気持ちが分からないやつだよな。
そうやって平然と他人に踏み込めるから、ヒロインが惚れるのかもしれないが。
しっかし、性別が反転したこの世界だとどうなるんだろうな。その辺。
まぁ上手いこと運命の強制力がどうにかするんだろう。
俺が手紙をどれだけ破っても意味のなかったように。
そんなことを考えながら、リアの席とは真反対に座っている奴隷に話しかけた。
「お前も友人を作ったほうが良いんじゃないか、メルサ」
「嫌ですよ。なぜ貴族と友人にならなければならないのですか」
無理やり絡みに行き、話しかける全員に気を使わせるというノンデリカシーコミュニケーションに勤しむルーチェと違って、魔族であるメルサはちょこんと自席に座ったまま動かない。
動かないどころか、誰からも話しかけられない。
当たり前だ。
魔族など忌避や差別の対象であって、そんなものを従者として《学園》に連れ込む貴族はいない。ワンチャン前例が無いからと入学許可が取り消しにならないかと思ったが、そんなことにはならなかった。
「役目を終えたら自由になる私と違って、ご主人さまこそ友達作りが必要なのでは? 3年間をここで過ごすようですし」
「死んだら意味無いだろう」
「……死ぬつもりなど、ないでしょうに」
固い声で呟いたメルサに何かを返そうとしたら、ちょうど担任が入ってきた。
それで教室内に広がっていた雑談が消えて、《学園》の説明が始まった。
聞き覚えのあるものだったからスキップしたかったが、それができないのがもどかしかった。
全部の説明が終わると、そのまま解散となったから「ご飯に行きましょ」と誘ってきたリアに断りを入れてから、俺とメルサは《塔》に向かった。
いかにレベル差があろうとも、油断はできない。
出来ることなら、さらにレベルを上げて安心がしたい。
その思いで、その日は日が暮れるまでレベリングに明け暮れた。
次の日も、その次の日も、次の次の日も。
来たるべき決闘の日に備えて、授業が終わるなり《塔》にこもった。
まだ《塔》の授業を受けていない1年生が《塔》にこもるのは珍しいらしく「上級生の間で話題になってるよ」なんて、マオ先輩に教えてもらいながら。
ようやく迎えた1週間後。
――決闘は、起こらなかった。
すみません。
少し体調不良でダウンしていました。
復活したので更新を再開いたします。




