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第18話 確信

 バベルでレベリングをする前に持ってきた荷物を部屋に置こうということで俺たちは入寮。

 これから三年間を過ごす寮の部屋はゲームの中で死ぬほど見た『マイルーム』まんまであった。


 三年間と言っても、決闘は入学式から1週間後なのでもしかしたらあと2週間しか使えないかもしれないのだが、それは置いておいて。


 ゲームを何周もした俺からすると、特に面白みのある部屋ではないのでさっさとバベルに向かおうとしたら、メルサが意外そうに呟いた。


「この部屋、ご主人さまと二人部屋なんですね」

「従者と主人を同じ部屋で過ごさせるのが、《学園》の流儀だからな」


 簡素な木造りのベッドや机は、どれも2人分が部屋の中に用意されている。

 ゲーム主人公は従者がいないから1人で過ごし……シナリオ後半では、ヒロインが押しかけて半同棲みたいになったりすることもあるのだ。


 しかし、メルサも言った通り本来の使い方は2人部屋。

 2人部屋か。


「…………」

「どうかしましたか、ご主人さま」

「いや、何でもない」


 いや、めっちゃ緊張するんだけど???

 付き合ってもない同い歳の女の子と、2人暮らしだって言われて緊張しない方が無理じゃないか。ロズマリア邸にいたときは、メイドたちに全てのお世話を任せていたから2人だけで過ごしたことはない。


 だが、これからはそうなるというわけで。

 流石に緊張するだと、そんなもの。


 という話をメルサの前では言えないし、そもそもウィルの言葉で言えるとも思えないので、俺は咳払いをしてから隣にいる従者に告げた。


「マオが待っている、行くぞ」

「せめて先輩はつけましょうよ……。年上の方ですよ」


 俺も先輩ってつけたいんだけど、この口が勝手に動くんだ。許してくれ。




 神殿前に戻ってくるとマオ先輩が待っていた。

 バベルをレベリングするという話をしたら「だったら、私が案内するよ」と言ってくれたのだ。優しい。神。


 そんなマオ先輩は、寮から出てきた俺たちを見つけると小さく跳ねて手を降ってくれた。


 そうして、向かってきた俺たちに対して開口一番、


「どうだった、これから過ごす部屋の中は。良い部屋だったでしょ?」

「ああ、過不足のない部屋だった」

「それなら良かった」


 屈託なく微笑むマオ先輩。

 ウィルのぞんざいな口ぶりも気にしていないような態度は、マオ先輩の心の広さがなせることだろう。俺が後輩からそんな舐めた口を効かれたら普通に怒りそうなところだ。


 俺がマオ先輩の心の広さに感服していると、先輩はさらに続けた。


「《学園》の部屋は私物持ち込みOKだから、好き勝手にいじっていいんだよ。あ、ものを壊したりしたら当然お金を払わないといけないけどね」

「石にしたらどうなりますか?」

「それはメルサちゃんの魔法で、かな」


 先輩に問いかけられたメルサは、深く頷いた。


「石化でも流石に弁償かなぁ?」


 そんなケースは想定していなかったのか、首をかしげながらマオ先輩がそう言うと、メルサがこちらに向き直って、


「では、大船に乗ったつもりでいます。ご主人さま」

「現金なやつめ」


 そうやって軽口を叩いていると、俺たちのもとに走ってやってくる足音が聞こえた。

 視線をそちらに向けると、ボロ布――彼女いわく、コートらしい――を脱いで、軽装の鎧と剣を背中に背負ったルーチェが走って戻ってきた。


「ごめ〜ん! 遅くなっちゃった!」


 そういうルーチェに、俺の口が勝手に動いた。


「先に入っていても良かったんだがな」

「もう、ダメだよ。ウィルくん。これから、クラスメイトになるんだから」


 マオ先輩にたしなめられた俺は「ふん」と鼻息でルーチェを威嚇。

 今のも勝手に体が動いた。これ、いつになったら俺は普通に喋れるようになるの。


  俺がウィルの態度の悪さに辟易へきえきとしていると、マオ先輩が「まず最初に!」と口火を切って、全員の注目を集めた。


「みんなの刻位こくいを見ようか」


 集めてから、言った言葉に思わず反応してしまった。


刻位こくいを測れるのか!?」

「こくいってなに?」


 間髪入れずに問いかけた俺と違って、ルーチェが初めて聞いたと言わんばかりに尋ね返す。


「ウィルくんは刻位を知っているみたいだね。ルーチェちゃんははじめてかな。だったら、やってみるのが一番だよ」


 そう言って歩き出したマオ先輩の後ろを追いかけて、俺たちは神殿の奥に向かった。


 向かっていると、隣にいたメルサに袖を引っ張られたので何事かと思って振り向けば……メルサは、合点が行ってないという顔をして尋ねてきた。


「ご主人さま。刻位というのは何なのでしょうか?」

「……刻位というのは簡単に言ってしまえば『魔法の成長度合い』だ」

「成長?」

「そうだ。それを10段階で表している」


 一般的に、それを()()()()()()と呼ぶ。


 ゲームではメニュー画面を開けばいつでも確認できたが、こっちの世界にやってきてから確認する方法がなく、どうしたものかと思っていたが……どうやら、ちゃんと見れる方法があるらしい。


 思えば、ゲームでもステータスが分かるのは《学園》入学後だったな……。


 などと俺が昔を懐かしんでいると、マオ先輩が案内してくれたのは神殿の奥の奥。

 巨大なパイプオルガンにも見える何かのの前だった。しかし、根本にあるのは鍵盤の代わりにゴテゴテとした良く分からない金属塊と、1mくらいはありそうな巨大な水晶。


 なにこれ。見たことないんだけど。


「さ、誰からやる?」


 そうして、マオ先輩が振り向く。

 それにいち早く手を上げたのは、俺だった。


「俺からやろう」

「やる気だね、ウィルくん」

「どうすれば良い?」

「ここに手をおいて」


 マオ先輩が指さしたのは、1mはある巨大な水晶――を支えている柱にくっついている、四角いプレートだった。


 言われるがままに俺がそこに手を置くと、ブゥン、という重たい音が水晶から鳴る。

 鳴った瞬間、水晶に文字が表示される。


 ――Ⅲ、と。


「わぁ! すごいよ、ウィルくん。新入生で刻位こくいがⅢなんて聞いたことない」

「……ふむ。まぁ、こんなもんだろう」


 隣でマオ先輩が驚きの声を上げる中、すかしたような態度を取るウィルだったが……内心、俺も驚いていた。


 レベルⅢは、1年目が終了するときの刻位こくいだ。

 ぶっちゃけマフィアへの襲撃を繰り返している間に成長している自覚はあったからⅡくらいにはなっているだろうと思っていたが……そうか、Ⅲか。


 確かな成長を感じて、嬉しくなっているとメルサが手をあげた。


「次は私が」

「どうぞ」


 俺が後ろに引くのと代わりに前に出てきたメルサがプレートに手を触れると『Ⅰ』という数字が灯った。


「……む。なんか、納得いきません」

「まぁまぁ、メルサちゃん。1年生はそんなもんだよ」

「私の魔法の方が強いから数字が上がりづらいに決まってます」


 ナチュラルに自信を持ってるメルサと、それをなだめるマオ先輩。

 そして、それを見ていたルーチェが手を上げた。


「はい! 私もやってみる!」

「元気がいいね。1年生はそうじゃないと」


 そうして、ルーチェがプレートに手を触れると、


 メルサと同じように『Ⅰ』という数字が表示された。


「メルサさんと同じかぁ」

「じゃあ、ご主人さまだけがおかしいってことじゃないですか」


 少し落ち込んだように後ろに下がるルーチェ。


 それを見て、ふと思った。


 ……俺は()()()()()()()()


 現時点でルーチェと俺の間には、埋めがたいレベル差がある。

 レベルが1つ違うならまだしも、2つ違えば……ゲーム中でいう1年の差があるわけだ。だとすれば、まず負けない。俺は勝てる。


 仄暗ほのくらい勝利への、確信。

 それが、ゆっくりと首をもたげて、心のうちで大きくなっていく。


 その確信をおくびにも出さないように、ぐっと飲み込んでいると、少し落胆した様子のルーチェが口を開いた。


「ねぇ、先輩。どうやったら刻位こくいってあがるの?」

「魔法を使えば使うほどあがるよ。《学園》のみんなはモンスター相手にしてるかな。ウィルくんは刻位のことを知ってたし、たくさん練習したから数字が高いんだと思うよ」


 そういって微笑むマオ先輩。

 それに俺は『マフィアを襲撃してレベルをあげました』とは言えず、「ああ」と唸るような声で返すしかなかった。


「じゃあ、次はバベルに入ろうか。あそこは、モンスターがたくさんいるからね」


 マオ先輩がそう言って微笑むと、俺たちは全員揃って頷いた。




 ゲームだとメニューから『バベルに入る』を選択すれば、勝手に画面が切り替わっていたが、こちらの世界だと門番に入場許可証を見せなければいけないらしい。


 少し面倒な手続きを踏まえてから俺たちがバベルの中に入ると、さんさんと空から降り注ぐ太陽とどこまでも広がる草原が出迎えてくれた。遠くの方には湖や、針葉樹林もあった。


 ……懐かしい。


 バベルの1Fなんてゲームに慣れれば走り抜けるようなエリアだ。

 ボスの場所くらいしか覚えていなかったが、この一面に広がる草原を見るとこのゲームを初めてプレイしたときのことを思い出してしまう。


「ここがバベルの1階。授業でも入ることになると思うけど、まずはここでモンスターを殺すことに()()ところからやるかな」

「慣れる?」


 マオ先輩の言っていることが分からなかったのだろう。

 ルーチェがそう尋ねると、マオ先輩は苦笑しながら続けた。


「うん。だって、みんな貴族でしょ? お家のイベントで狩り(ハンティング)をしてるなら話は別だけど、生き物を殺したことない人だっているからさ」

「……ふうん。変なの」


 納得いってないようにルーチェはそう呟く。

 一般人育ちの彼女からしてみれば、モンスターを殺したことのない貴族というのはおかしく見えるのだろう。俺もゲームに毒されていたが、言われれば生き物を殺す……というのに慣れが必要なのは、そうかもしれない。


 そんなことを考えていると、マオ先輩が眉をひそめた。


「……ん。来たね」


 先輩が視線を向けた先を見れば、向こうから走ってやってくる2体のウサギがいた。


「あれはフェアリーラビット。人を見れば、問答無用で引っ掻いてくる面倒なやつだよ」

「私、倒したい!」

「素早いから気をつけて」


 1Fで出てくる弱いモンスターを相手にしたルーチェは背負っていた剣を引き抜くと、フェアリーラビットに向かって走り出す。


「わぁ、早いね。ルーチェちゃん」

「……ですね」


 マオ先輩の言葉に、メルサが頷く。

 魔導車に追いついていたときから感じていたことだが、ルーチェは()


 そのまま目にも止まらぬ速さで駆け抜けたメルサは、まっすぐ振り下ろした剣でウサギの首を跳ね飛ばすと、返す刃で2体目を斬りつけた。しかし、2回目の刃は空振りに終わる。


「ありゃ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、剣を振り切った体勢でつんのめったルーチェに深くため息をつくと、


「……世話の焼ける」


 俺はフェアリーラビットに向かって【強奪】魔法を使った。


 瞬間、ウサギたちの身体を見えない腕が掴む。

 モンスターの身体に指の痕が深々と刻みこまれると、そのHPを奪い取った。

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