第15話 出会い
一週間が経った。
その間、俺とメルサは魔法の訓練に明け暮れた。
メルサは石化の対象範囲限定。
俺は魔法で奪った記憶によるナイフと体術、そしてメルサの魔法を奪うための訓練を。
とはいえ、どちらもそう簡単に達成できるようなものではなく、そのストレスを解消するように俺たちはマフィアへの襲撃を繰り返した。
当初は俺たちに敵対心を燃やしていたマフィアたちだったが、連日にわたる襲撃とその度に増えていく石化者に手を焼いて、5日を過ぎた辺りですっかりナリを潜めてしまった。
良かったことは、2つ。
ウィルの身体が、絞れてきた。
体術の練習で身体を動かしていたからか、なんとかただのデブから動けるデブになってきた。
もう1つはメルサが魔法を少しだけ使えるようになったこと。
とはいえ、無機物と有機物の区別がつくようになったくらいだが、これは大きな進歩だ。
もしゲーム主人公との決闘にメルサも参戦できるのであれば、彼女にも十分に力を発揮してもらえるだろう。……本当は俺が彼女から奪って【石化】の魔法を使えるようになるべきなのだが、残念ながらそれはまだできていない。
そういうわけで、俺は未だにメルサ相手に【強奪】魔法の練習中だ。
そんな1週間で悪いことと最悪なことが1つずつ。
悪いこと、というのは石化の魔法練習に巻き込まれて解呪薬のストックがもう無いこと。この街中をメイドたちに探してもらったが、そもそも素材が無いのだという。次の入荷は1ヶ月後。
その間は石化するわけにはいかないので、メルサの練習は1人で実践してもらうことになった。
そして最悪なこととは、
「あの、ご主人。私は《学園》の仕組みをよく知らないのですが……入学式が早まるなどあるのでしょうか?」
「……さて、どうだろうな」
魔導車……という、ほぼ車みたいな馬車で、メルサと向かい合って座る俺は静かに首を振った。
最悪なこととは三日前に届いた《学園》からの新しい手紙。
そこに記されていたのは入学式を早める旨と、日付の誤りを謝罪することの2つだった。
なんでも事務方のミスで、入学日付が誤っていたのだという。
最初の感想としては「ふざけるな」というものだった。
消えた1週間。その1週間がどれだけ貴重なものか。その時間があれば、どれだけの練習ができたか。成長ができたか。地獄に垂らされた蜘蛛の糸を途中で切られたような喪失感と、怒り。
思わず俺はやってきた新しい手紙を怒りのあまりビリビリに破いて、燃やしてしまった。
だが、当然というべきか。燃やしたはずの手紙は、何もなかったかのようにテーブルの上に置かれていた。
それを見たメルサが腰を抜かすほどビビっていたが、俺はその瞬間に理解してしまった。
入学式が早まったのは、記載ミスなどではない。
俺に、死ねと言っているのだ。
これ以上、俺たちが成長すると、生き残ってしまうから。強くならないよう、魔法の訓練ができないように強い入学式の日付をずらしたのだ。
運命――という言葉が正しいのかは分からないが、この世界は明らかに仕組まれている。
あまりにも理不尽。
あまりにも暴理。
だが、それはつまるところ「俺たちのやってきたことが正解だった」ということの裏返しなのだろう。そうでもなければ、こんなゲーム内での大事なイベント日付をずらしてまで対応しないだろう。
思わず深く息を吐き出すと、ごとごとと、音を立てながら魔導車が森の中に差し掛かった。
鬱蒼と生い茂った木々が太陽の光を覆い隠して真っ昼間だというのに、夜だと勘違いしそうなほどに暗い。
俺は魔導車に乗せてあるランプに水をさした。
キーン、という高い音がランプから鳴ると光が灯る。水光石という水に触れたら光を放つ石だ。ゲームでも『暗闇』が発生するダンジョン探索には必須だったのだ。
そのランプが車内を照らすのを確かめてから、俺は胸元に入れた手紙を取り出した。
「メルサ。この手紙を石化できないか?」
「ち、ちょっと、そんなもの見せないでくださいよ!」
対面に座っていたメルサは、手紙を取り出すなりビビって身体を引いた。
「見えないだろ」
「見えなくても感じてますよ! 気持ち悪いからしまってください」
「………」
全く持ってそのリアクションは正しいと思う。
燃やしても破っても元に戻る手紙を見れば、そういう反応にもなる。
それを責めることはできないが、俺が引かれているみたいでちょっと傷つく。
そんな俺の内心を知るはずのないメルサは、佇まいを正すと、呆れたような表情で言った。
「それに、手紙を石化したって元に戻るでしょう」
「……まぁ、そうだろうな」
その尤もなリアクションにため息をついて、俺は手紙を胸元にしまった。
手紙をしまった瞬間、がくん! と魔導車が急停止。
「うッ!?」
魔導車はかなりの速度を出していたため、急停車によって俺の身体が座席に押し付けられる。
一方、眼の前にいたメルサは勢いそのまま席から飛ぶと俺のところに飛んでくる。
それを見た瞬間、俺は頭の中のスイッチを入れた。
がちり、と脳の回路が切り替わる感覚とともに時間がスローになる。
事故の時に、そして死の淵に見た、減速した世界。
それを自由にコントロールできるようになったのも、この一週間で手にした新しい能力だ。
その減速した世界で、俺はメルサの身体に向かって魔法の手を伸ばす。
そして彼女の勢いを奪った。
減速した世界でさらに動きを空中で止めたメルサの身体を受け止める。
ふわり、とロズマリア家のメイド服が宙に舞う。柔らかい身体が腕の中に収まる。
「大丈夫か?」
「……は、はい」
メルサは少し呆けたように俺の顔を見てから、ゆっくりと馬車の中を見回して、そのまま俺の顔を見た。見た瞬間、顔を真っ赤にして大きな声で、
「す、すみません……! お、重いですよね。降ります」
そう言うなり、するりと俺の腕の中から降りていった。
あ、なんか良い匂いがする……。
ふわり、と俺は腕に残った残り香に意識を持っていかれ――我ながらキモいなと思って、それを誤魔化すように魔導車の前に顔を向けた。
「おい、何ごとだ!」
「ぼ、坊っちゃん。野盗です」
「野盗……?」
運転手からそう返されて窓の外を見れば、確かにそこには俺たちの魔導車を囲んでいる数人の男たちがいた。
「おいおい、坊っちゃんだってよ」
「こりゃもしかして貴族のお坊ちゃんじゃないか?」
「金を置いていけば命は助けてやるよー!」
俺が窓から顔を出した瞬間に、次々と野次が飛んでくる。
思わず、ため息を吐き出してしまう。
このゲーム、治安悪すぎだろ。
「貴族の車に仕掛けてくるなど命知らずだな」
「ご、ご主人さま。私がやりましょうか?」
まだ恥ずかしさが抜けないのか、顔を赤くしているメルサを俺は手で制した。
「いや、良い。俺がやる。ちょうど良いものがあるからな」
「…………?」
首を傾げるメルサだが俺は《強奪》魔法の訓練を続けていく中で、1つ新しいものを掴んでいるのだ。
「《解放》」
静かに魔法名を唱えて、俺は今しがたメルサから奪った勢いを野盗に返した。
その瞬間、勢いを返された野盗がそのままひっくり返る。
ごっ、という嫌な音が聞こえてくる。
頭でもぶつけたか。その音に他の野盗たちが一瞬、意識を奪われる。
そこに魔法の手を伸ばす。
「《強奪》」
魔法の腕は男たちのHPとMPを奪う。
それにより、気を失った男たちが地面に倒れた。
「よし、出せ」
「あれ? 助太刀はいらない感じ?」
俺がそう告げるのと、よく通る女の声が聞こえてくるのは全くの同時だった。
思わず声の聞こえてきた方向を振り返ると、そこには黒髪の少女が立っている。
身にまとっているのはボロ布。だが、その内側に軽装の鎧が覗いていた。
背中に背負っている剣から判断するに、狩人だろうか? 一応、ゲームの中にそういう設定の存在はいたが、実際に見るのは初めてだ。
などと、俺が上から下までじろじろと見ていると少女は肩をすくめてから続けた。
「野盗に襲われてそうだったから、助けてあげようと思ったんだけど」
「ふん。庶民に助けてもらうほど、ロズマリア家は落ちぶれてない」
「庶民か。まぁ、そうだね。ボクは庶民だよ」
ウィルの減らず口に、少女がヘラリと笑う。
瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
……待て、このシーン。どこかで見たことある気がする。
どこだ……? どこで見た……?
少なくとも、俺の記憶にこんなボロ布をまとった少女の姿はない。こんなキャラクターはヒロインの中にはいなかった。だとしたら、どこで……。
「でも、これから友達になるんだから、仲良くしようよ」
「仲良く……? 俺と、お前が?」
少女の言葉をウィルが鼻で笑い飛ばす。
「貴族と庶民が交わることなどあるわけが無いだろう」
「ううん。そうでもないんだ。だって、ほらボクとキミは行き先が同じみたいだし」
そう言って、少女が俺の胸元を指差す。
視線を落とすと、 そこには、先ほどしまったばかりの赤い入学許可証が、ちらりと服の隙間から見えていた。
それを指摘した少女は、楽しそうにボロ布の中から真っ白い手で全く同じ赤い手紙を取り出した。
その瞬間。
その瞬間に、俺は脳が焼き付くような衝撃とともに気がついた。
これはオープニングだ。
間違いない。これは『蒼天に坐せ』のオープニングだ!
「はじめまして。ボクはルーチェ。庶民のルーチェだよ」
だとすれば、眼の前にいる人間が初見な理由も明らかだ。
こいつはヒロインじゃない。
「よろしくね、学友くん」
こいつは、このゲームの主人公だ!
■あとがき
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